第13話 魔導国害獣図鑑が改訂された理由
エルマイス・アンダーレイク・ドラゴン、学名Erumaisu profundumsaurs。近年急激に目撃数が増えたこの竜は、凡そ全ての動植物を捕食する悪食、という事だけは最近の魔導国民の殆どが知っている。
食糧を食い荒らし、竜という名前を持ちながら、その姿は小さく、魔力を殆ど保有せず、魔術を使う事も無い。精々がその異常な繁殖力で町外れにコロニーを形成する害獣としか認識されていない。
だがそれは本当の姿ではない、本来の姿は恐ろしい巨体、力強い顎門、凄まじい俊足、強靭な尻尾。
本来の彼らは、対峙した者をほんの僅かな時間で無残な亡骸に変える捕食者……なのだが、何故我々の見る姿は違うのだろうか。
答えは簡単だ、彼らは地上の生物ではないからだ…
魔導国害獣図鑑改訂版より抜粋
◆◆◆◆◆◆◆◆
それは、静かに扉の先を見つめていた。
不完全な状態で生み出された彼が、意図せず本能的に行ったのは捕食であり、また営巣だった。
気絶していた元従業員を咀嚼し、肉を削ぎ落とし、戻ってきた蛮勇の持ち主達も同様に血祭りにあげ、骨の山で玉座を作り上げた。
排泄するようにいくつもの卵を産み落とし、それらは数分と経たず、殻を破る。
生まれ出た小さな竜達は部屋の外へ駆け出して行った。
営巣を終えた彼はある意思を持って外へと歩み始めた。
阻むもの全てをなぎ払いながら。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「次はどこに?」
「バックリーを倒す」
凛々しく斧を構えるサイコキラー君。
流石に流血沙汰は勘弁してもらいたい。
連れまわすのもやめて欲しい、怖いんで。
《そう言えば、お前、順応しすぎやしないか?何故そんなに落ち着いていられる?》
私はかしこいので。
パニック物のブロンドガールではないのだよ。
《相変わらず訳がわからんな》
第四の壁も破れない奴にはきっとわからないと思う。私も無理だけども。
「ほら、ボサッとしてないで、悪徳商人に正義の鉄槌を食らわせてやろう!」
鉄槌どころじゃ済まないと思う。
キラリと光る獲物は、どう見ても奴の言う正義の味方の道具には見えない。
「ちょっと休憩させてくれ、気分が悪くてな」
《あんなもの吸収するからだ、ほれ水だ》
手元にグラスが現れ、そこから水が湧きだすように充填される。
「器用なものだね。水属性と地属性かな?」
「まあ、そんなもの」
正直言って属性とかさっぱりわからんし、というかイヴは詠唱すらしてない。
少し残したグラスを置いて、一息つこうとすると、僅かに水面が揺れた。
その振動は一定のリズムを刻んで次第に大きくなっていく。
まるで大きな何かがズシリ、ズシリと近づいてきているような。
「どうやら悪の手先が現れたらしい」
ゆっくりと現れた姿は、私の古い記憶を呼び覚ました。
その映画は、とある"太古の生物"を蘇らせたテーマパークでパニックに巻き込まれる、というもの。
あの擦り切れたビデオテープを何度も再生したのをよく覚えている。
いちいち哲学じみた事を言う博士が印象的だった。
「神は恐竜を滅ぼし、人間を作った。人間は神を滅ぼし、恐竜作った……か」
目の前にいるのは多分もっと悍ましい何かだけど。
《あれは"地を這う者"だ》
そう言う言い方をすると、なんか強そうに聞こえるけど、恐竜じゃないの、あれ。
《お前は竜を見た事があるのか?》
まあ、何度も?映像だけだけども。
《竜の紛い物に過ぎない、大体な。》
イヴさんや、つまりは?
《我輩の力を持ってすれば赤子のようなものよ》
じゃあ早く片付けてくれないか?
《できたら…そうしているが……すまん。お前から送られてくる魔力が不味すぎる……意識を保っているのでやっとだ》
そんな事を言われてもわかんないぞ、大丈夫なの?
《無理だ。すこし眠らせてくれ》
! 肩に感じていたイヴの体重が完全に消滅した。
念話を送っても返事はない。このタイミングで寝るなよ、どうするんだよ。
「どうやら僕の出番みたいだね」
「やめとけ、君じゃ勝てない…」
「そんな事ないと思うけど、」
ただ斧を振り回すだけの雑魚専に勝てる相手じゃないだろう。
「いいか、落ち着け、彼らは目がとても悪い、音と動きで判断している。だからこのままジッと動かなければ、彼にはわからない」
「え、そうなの?」
「静かに……大きな声を出すんじゃないぞ」
「でもさ……」
「静かに……」
目と鼻の先まで来た恐竜もどきは私達の匂いを嗅ぐように頭を近づける。暫くすると頭を戻し、そしてーー
「……匂いって分かるんじゃないかな?」
「あ」
そして異形は咆哮した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ここが件のバックリーの店であってるんだな?」
「そうだ……」
ティールが訝しむようにレイマンに聞いている。
間違いないはずだ、いくら迷いやすいとはいえ、こんな有名な場所を間違えるはずもない。
商館ファンタズマゴリアと言えば、無駄に豪華な門で有名な建築だ。
だがそれは、もはや過去の様だ。
「あってるよ。なあ、ティールお嬢様?あんたは疫病神か何かか?」
商館は入り口がめちゃくちゃに破壊され、エントランスには死屍累々の光景が広がる修羅場だった。
こんな勢力的にも大きい所が襲撃されているなんて余程の事態だ。
両刃の斧はやはりとんでもない魔術師なんだろう。
「問題ない!事件はこの私が解決する」
力強い言葉と共に、一人で勝手に進んでいく。
「なあ、ロイド。あの嬢ちゃんはなんなんだ?」
「今日配属されたばかりの新人ですよ」
「おい!さっさと来い!置いていくぞ!」
その時だった、商館の奥から化け物が現れたのは。
《◼︎◼︎◼︎◼︎ーー》
悲鳴とも咆哮ともつかない不快な大音量を発しながら、それは壁をぶち破って来た。
「うおぉぉぉ!!」
足元には血塗れの子供が二人、こちらに走ってくる。見慣れない子供…あの背格好。
この惨状を作り出した両刃の斧だろう。
この状況で倒れていないんだ。間違いない。
「貴様らか!全ての元凶は!」
向かってくる巨体の前に出るお嬢様。
思ったよりも早かったな。
これでめでたく二階級特進か。
「えっ!何?!誰!?」
「問答無用!駆けよ!サドル家秘伝魔術!《七道巡る赤光》!」
とんでもない量の魔力光が集まるのが見えた。
俺まで二階級特進させる気か!?
「レイマン!盾だ!」
赤い閃光が落ち、その衝撃はあらゆるものを吹き飛ばす、瓦礫の山と化す商館のエントランス。
これじゃ捕獲どころじゃない。
「なんつう魔術だよ…これがお貴族様ってやつか」
間一髪、レイマンの後ろに隠れ助かった。
魔導具の盾をしまいながら、レイマンは吐き捨てる。
「跡形もねぇだろこんなの」
全くもってその通りだ。
こんなものを食らって生きてるなんざ余程の化け物か御伽噺の不死者ぐらいだろうな。
「おかしい、思ったよりも出力が……」
瓦礫の山を見て、驚いた様子のお嬢様。
なぜお前が驚く?
「さじ加減間違えたんじゃないのか?」
「ん?ああ、いや、何でもない、気にしないでくれ」
「この瓦礫から両刃の斧を掘り起こすのか?こんだけ壊しといて何の成果も無いとか、昇進どころか」
此処より下があってたまるかよ。
そんな場所があるなら教えて欲しいもんだ。
「見ろロイド三等監視官。魔力光が……あの辺りに隠れて」
ティールが指差した先の瓦礫が弾け飛ぶ。
「おい!いい加減にしろよ!」
「私じゃあないぞ?」
「は?」
《◼︎◼︎◼︎◼︎----!》
崩れた商館の中から、無傷の巨体が立ち上がる
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