第12話 すれ違う少女達
「『終劇だ!」
私の渾身の一撃はスプラッタモンスターを撃破……しなかった。
《時間切れだ》
オイオイオイ、死んだわ私。どうすんだよ!こんなイカれたヤツを前にして魔力切れとか!ってあれ?私何してたんだっけ?
《やっと酔いが醒めたか。まあ心配はいらないみたいだぞ?》
はい?
「殺さないの?何で……」
血塗れの子供が疲れたように笑う。
いや、怖いわ、何なの。
というかレモナとかモモはどこ?ここどこ?
《そこからか、逸れたんだよ、お前が酔っ払ってな。取り敢えずここから出るぞ?》
あ、うん。
「だんまりかい?困ったな。僕はこれからどうしたらいいんだ」
「あの、取り敢えず、出ませんか?そのここはちょっと、なんというか、」
気味の悪い呻き声、饐えた匂い。
暗い牢屋、得体の知れない液体。
《お前には魔力光が見えなくてよかったな》
え?ああ、うん。
「ああ、そうしよう。まるで人が変わったみたいだね。聞きたいんだけど。本当に君がトッドをやったのか?君ならあんな事をしなくても一撃で倒せるだろうに。」
「え?トッド?人違いじゃ?」
「お面。確かにあのお面をつけてた筈だ。」
「え、あっ」
牢屋の中に転がっている割れた仮面。
たしかレモナも買ってたような気がするし。
こんな変なの買うような奴が他にいるとは思えない、なんかやばそうだし、誤魔化すしかない。
「実はあの仮面は呪われた物で、意識を奪われるのです」
「そうだったのか、確かに今の君からはあの禍々しい魔力は感じない、クッ!僕の仇討ちは何だったんだ!」
「私達はバックリーにあの呪いの仮面をつけさせられて操られているんです。もし他に仮面をつけている人がいても、その人を恨まないでください。悪いのはビックリーなんです」
《バックリーな。演技するなら、最後までちゃんとやれ》
そう、そのドッキリーのせいにすれば良いんだ、全部。
《まだ酔ってるのか?流石に寒いぞ?》
「そうだったのか、僕に任せてくれ!今日から僕は闇の秩序じゃない!正義の光だ!」
やばい人っぽいぞこの人、それにしても私如きが倒せるなんて、弱かったんだな。
《何も言うまい》
「そうと決まれば善は急げだ!先ずは"黒鉄の杖"の製造ラインを破壊しよう!ついてきてくれ!」
「え、あ、はい」
帰りたい、すぐに帰りたい。
外に出ようって言ったじゃないか。
「どうしたんだい?君を誘拐して操ってた奴なんだろ?」
あ、これ私までバックリーを倒したい奴に含まれてる。撤回もできないなこりゃ。
《もう少し考えて発言するべきだったな》
先に歩いていくスプラッタ・モンスター君。そこはかとなく狂気を感じるのは気のせいだろうか?
なんというか、選択肢を間違えると斧でカチ割られそうな?
やばそうだから付いていくか…
あ、ところでトカゲ君?"黒鉄の杖"って何?重要アイテムなん?
《知らなくてもいい、あんな粗悪品はな》
さいですか、まあ魔法使いが言う事だから信じておこう。
そう言えば私も魔法とか使ってたような…?
《お前のは『魔法』に"使われた"だけだ》
後に続いて廊下を抜けると、赤黒い煙が立ち上る広い空間についた。
「ここは…?」
「やはりここで製造していたか!あそこの魔晶液をどうにかしたいんだが、下手に刺激すると危険だしな」
高い位置に粘度が高そうな液体が詰まっているタンクのようなものが見える。
除湿で吸い取れないかな?
《お前は本当にそれが好きだな》
あそこまで、ちょっと運んで。
《フン、我輩は乗り物ではないから》
とか言いつつ運んでくれる優しさよ。
いや呪いの所為か、なんかちょっと可哀想だな。
熱気が満ちる高所まで飛ぶイヴ。
《哀れむな。おい、ここでいいか?》
「あ、おい!危険だ!手を出すな!」
下でなんか叫んでいるが無視だ。
容れ物越しでもできるかな?
まあ、やってみよう。
「除湿」
液体が容器から飛び出し、手の中へ吸い込まれていく。何故か容器は無傷だ。
これなら破壊しなくても…って、うわっ気持ち悪っ!なんか生ゴミ食ってる気分だ!
《なんでいつも体内に吸収してるんだお前は?》
え?いや、その。
《死ななければ何でもいいが、この魔晶液の材料は……いや》
いいじゃん、よく分からないけど、これで材料はおしまいでしょ?
「次は?」
降り立った私を待っていたのは、何か恐ろしい物を見るような目。
「ああ…いや、うん。問題ないよ…そうだ材料さえなければ、何の問題もないさ…そ、そうだ。もうここに用はない、行こう」
◆◆◆◆◆◆◆◆
逃げ出したバックリー私達は追って薄暗い廊下に着きました。
牢が並んでいます。
中には蠢く何か、何か。
そして、いくつもの影、影。
「この牢屋って」
「み、見るんじゃないお嬢!」
濁った魔力光が部屋中に満ちて--
「--あ、」
目、目が、わ、私をそんな、こんな事って
「見るな!」
誰かが私の目を塞ぎました。
「モモ!あれって…あのお面って」
レモナ様の声、嫌な予感がします。
……お面、いえ、そんなわけありません。
「いや、そんな、嘘」
手を振り払うと、私の目に映るそれ。
どこかで見た仮面。
レモナ様とフーカさんの買ったお面。
それが牢屋の中に。
「フーカ、そんな」
「お、おいどうかしたのかお嬢」
誘拐、材料、エルマイス学園、濁った魔力光、あまり頭のよくない私でも分かります…この杖は、この黒鉄の杖は。
「--ッ!」
凄まじい振動。
建物が揺れたような……揺れてます!
「あのクソ野郎」
レモナ様を包んでいる、風の鎧の中にほんの少し、水滴が舞っています。
私は会って1日も経っていないような人にそこまで感傷はできません。
こんな事になるなら……早く逃げた方が良いです、危険です。
「に、逃げましょう」
「なに言ってンだ?行くぞ?」
レモナ様は頭に血が上ってるようです。
まさか、まだあのおじさんを追いかけるつもりなんですか?
「一番頑丈な奴は此処に来い」
「俺が一番頑丈…だと思います」
「そこに寝ろ」
「え、はい」
大柄なおじさんの上にレモナ様が乗りました。
「何をするんで?」
「やめましょう、レモナ様、私達子供だけでどうにかなる事じゃありません」
「知らねェよ。私がクソくだらねぇ奴らに負ける訳ねぇだろ?」
さっき名乗ってる間にやられてた人が何をいうんでしょうか。
「も、また帰りましょう!フーカさんだって……」
「《風霊の暴威を--空の盾よ》」
「ぅぐぁぁぁがぁぁ」
レモナ様が廊下を抜けるのは、ほんの一瞬でした。
「あ、待ってください!」
「お、追いかけましょう!お嬢!」
「ですけど!」
「あの子がバックリーに勝てるとは思えません!早く止めないと危険ですぜ!」
「……わかりました!行きましょう!」
急いで気味が悪い廊下を駆け抜けると、着いた先は赤黒い大部屋でした。
レモナ様の前には狼狽えるバックリーがいます。
「な、何が望みだ?金か?物か?」
彼女が乗り捨てたボロボロの"乗り物"が端に転がっていました。
「お前ッ!フーカを!」
「なんの事だ!知らッ--ぐぅぅ!」
レモナ様は返事を聞くまでもなくバックリーを蹴り飛ばしました。
「もう終わりです!大人しく……」
勝手に魔術が発動して氷柱が放たれます。それは彼の顔の横を通り過ぎました。
……この杖はやはり危険かも知れません。
「そうか、そうか!ならば魔晶液を爆発させてやる!貴様らもろとも全て終わりだ!」
頭の上に杖を向けています。
その先には何やら透明な樽のような物。
「バックリー!そんな事をしても何の意味もない!お前も死ぬだけだ!もうやめるんだ!」
追いついてきたおじさんが、バックリーに叫んでいます。
「この私がタダで死ぬとでも?見よこれを!これぞ"閉じられた竜鱗"!いかなる魔力からも使用者だけを守る魔導具だ!死ぬのは貴様らだ!クハハッ!レイマンよ感謝するぞ!」
そんな便利な物を隠し持ってたんですね。
もしそれが本当なら私たちにはどうにもできません……これは……詰みでしょうか……
「さあ!消えてなくなれ!有象無象ども!《火霊よ放て!》!」
私達が何かをするのを待つ事なく、バックリーの放った火球は容器のような物を撃ち抜きました。
でも何も起こりません。
ガラスが割れ、多少の溶液が溢れてバックリーにかかっただけです。
「カラ……だと…?どうなっている!」
「知った事か、クソ野郎」
バックリーの持った鱗のような物を蹴り飛ばしたレモナ様。
それは壁にぶつかって砕け散りました。
「な!そんな!なぜ発動しない!」
円形に取り囲んで、バックリーにじりじりと詰め寄るおじさん達。
「さあ観念し、え?」
バックリーを捕まえるかというその時、彼は姿を消しました。
この世から。
私はすぐに後ろへ下がりました。
後ろの"それ"が見えたからです。
飛沫は凄まじい勢いで吹き出しています。
レモナ様以外の囲んでいた人々を濡らして。バックリーの足が頭の上で揺れています。
「バ、バックリーはどこに…」
「う、上に…」
元黒服達は言葉を失っています
《----》
巨大な顎門に鋭く尖った牙。
二本の脚で立ち、太く長い尾。
皮膚やその身体はまるで何かの肉塊を寄せ集めたように悍ましく、所々骨が剥き出しに。纏っている魔力光はまるでさっきの牢屋と同じ--
巨体は噛んでいた肉の塊を吐き出して、落としました。
もう誰かもわからない何かが、水音を立て、跳ねます。
「ば、化け物…」
誰かが呟きました。
《◼︎◼︎◼︎◼︎--》
悲鳴のような音がいくつも重なって聞こえます。
「脅かしやがって!」
レモナ様が飛び込みますが、それは尻尾を鞭のようにしならせ、彼女を打ちました。
レモナ様はそれを受け止め--吹き飛ばされていきます。
巻き込まれた数人と一緒に。
「ッ!!レモナ様?!」
「に、逃げましょう!こんなの手に負えませんぜ!」
「そんな訳には!!」
「ともかく今は!逃げましょう!命あっての物種ですぜ!」
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