第11話 商館にて

 一流の仕事は正面から堂々襲撃、なんて言うのは物語の人物だけだ。

あくまで僕はこの闇の中の秩序、派手なのは結果だけで充分。


 幸い場所は商館、普段なら裏手から上がらなくても客として入ればいい、と言っても今日の得物は大袈裟な斧、こんな物を持ってくる客なんていない。


 今の僕の身の丈にあったやり方をするのが丁度いいだろう。

仮面の子供達の突撃が今になって効いてきていて、頭が痛いし。


 裏口から入ろうとすると、扉は勝手に開いた。


「ん?なんだお前…」


「こんにちは、そして、さようなら」


 すれ違いざまに斧で始末する。なかなかの切れ味だ。商館の護衛なんて歯応えがなくてつまらない。

もう少し強いのがいたらいいんだけど。


「し、侵入ッ…」


 奥へ進むほど警備は増えても、通路はとても静かだ、口を開く存在はいないか、いても直ぐに黙るせいだろう。

赤い壁に同じ色を重ね塗りしながら暫く進んで行く。


 赤い廊下を抜けると、薄暗い場所に出る。

小さな牢屋のようなものが通路の左右に並び、管が伸びて奥へ続いている。

牢の中は暗くてよく見えない。

そこからは呻き声が聞こえる、実に悪趣味な場所だ。


「哀れだな…」


 牢屋の中で管に繋がれたいくつもの人柱は唸るばかりで返事はない。


「こんなの倒せるわけない、に、逃げるんだ!」


 廊下の奥の扉が開き、黒服が走ってきた。

逃げろと言いながら此方へ向かってくる。

なんだ?錯乱してるのか?


「な、なんだお前!こんなところで何を」


 僕が切り捨てる前にそれは赤いシミになった。

それをやったのは、扉をぶち破って現れた者。

ゆらりと身を現したそいつの顔には妙なお面。


「お前がやったのか?」


「黒服の次はスプラッタのサイコキラーさんかぁ。何なのこの街、B級映画か何か?まあ何でもいいんだけどさ、この場合、私の役って何だと思う?」


 会話が通じない。

だけどこいつから出ている悍ましい闇の魔力、血塗られた仮面を見れば理解できる。

こいつが犯人だろう、もう1人の姿が見えないがこいつの後で始末してやる。


「よくもトッドを!」


「えっ?今のやつの友達だったの?」


 一気に間合いを詰めて斧を下から振り上げる。

しかし、そいつは何か言いながら掠る事もなく一歩引いて避ける。

そのまま踏み込んで振り下ろした斧は見もせずに躱された。


「本当に酷い店だ!何でこんな目に!」


「わけのわからない事を!」


 渾身の力を込めた斧はようやく相手を捉えた……筈のそれはそいつの肩の上で弾かれる。


「なっ!……魔力で弾いたか!」


 一体何者だこいつは、僕の攻撃が何も当たらないどころか、魔導具で増強している僕の腕力をただ魔力で弾いているだと?

ダメだ、実体を目で追っても当たらない。

もっと集中して魔力を見るんだ…


 相手の肩から漏れ出ていた紫色の魔力は、よく見ると身体から出ているわけではなく、近くの何かから出ているようだ。つまり、当たらないのは…


「その辺なお面に惑わされてたよ!その肩の上に乗ってるやつ!その身体は幻影だな!」


 タネが分かれば何という事はない。

身体の方を無視して魔力の方を攻撃すればいいのだ。魔力を足に集中して、飛び込みつつ、斧を振る。


「《地竜の剛力を我がー」


魔術も載せればひとたまりもーー


 詠唱は遮られ、拳が当てられていた。

その威力は僕の体を浮かして目眩を起こすほど。

その拳は幻影の筈の子供から放たれていた。


「あ、うん?…ボディがガラ空きだぜ?ミスタージェイソン?…ああ、いや変なお面は私の方か…」


 何が起きたのか理解できなかった。

幻影の筈じゃなかったのか?

それどころか幻影の方にも予備動作なんてなかった。まさか既に幻影魔術に取り込まれているのか!


「余程高位の闇魔術師と見受ける。僕をここまで翻弄するなんてね!それもここまでだ!」


 隠し持っていた"黒鉄の杖"で正面に魔術を放つ。

光魔術なら闇の魔力とは反作用を起こす。

幻術はこれで搔き消える筈だ。


--筈だった。


「危な!最近のサイコキラーは魔術も使うのかよ!ああ、そういえば超能力者とか出てたっけ。夢の中でフレディとも戦ってたし普通か」


 弾き飛ばしたのはお面だけだった。

そこにいたのは全く変わった様子のない子供の姿。


「あいにく三鞭酒はない…けど、"水ちゃん"ならあったんだよ」


ふらふらとした動きで近寄ってくる。

何かを投げ捨てたのか、ガラスの割れるような音が響く。


「『お前らがハリウッドなら…私は香港だ』」


 泥酔したような千鳥足の子ども。

見るからに隙だらけだ。

最早なにが幻術なのか実像なのかわからない。

だが、少なくともこちらに当たったという事は切れるという事!


「食らえ!」


「"今から攻撃します"というやつがどこにいる?」


子供は崩れ落散るように体を外らせ、横に振った斧は躱される。


「な!」


「あたらんよ、そんな泥斧」


動きは隙だらけに見えるのに何で当たらない!


「『酔八仙のーー忘れたァァァ!』」


酔ったような奇妙な動き、そして猿のような叫び声で迫る子供。

斧の反動で、この体勢からの回避は間に合わない。


「ぐっ…」


「突く、突く、突く!喉を突く!」


 喉を連打する強靭な指の力。

見た目からは理解できない斥力だ。

どれほどの魔力で強化しているのだろうか?

なんて、考える頭とは別に、痛みは激しく意識を保つので精々。このまま戦い続ければ…死ぬ…!


「『終劇だ!」


これはダメだかもしれない。

殺し回った分のツケはこういう風に精算されるのか。

もし生まれ変われるなら、今度は殺さずに何かを守れるように生きれるだろうか。

そんな真逆の生き方が。

例えば--



◆◆◆◆◆◆◆



 ゆったりとした歩き方で、奥から偉そうな人が出てきました。


「…フン、あのスクロールさえ書かせればこちらの……ん?何者だお前ら!そ、そいつらに何をした!」


 氷漬けになった人、手足が変な方向に曲がっている満身創痍のゴブリンおじさんを指差しています。

先に言っておきますが、冤罪です。


「ご、誤解よ!これには深いわけが!」


「そ、そうです!私たちはこの人をここに運んで来ただけで!」


「くっ!いったい何処から来た!」


「エルマイス学園からです!」


「やはりか!今回の"両刃の斧"の後ろいるのは!エルマイス学園と…その杖は!残党か!」


 話しが通じません、何を言っているのでしょうかこの人は!


 この訳の分からない状況を破ったのは、大人気ない悲鳴を上げて奥から逃げ出して来た人々でした。


「に、逃げろ!もうこんな所にはいられない!」


 犬です、もふもふの大きい犬が何匹も黒服の人達を追いかけています。黒服の人達は必死です。


「お、おいなんだ!どうしたんだお前ら!」


「バックリー様!大変です!魔術が犬で魚が竜巻に乗って襲いかかってきます!」


「はぁ?訳のわからん事を言うな!ちゃんと説明しろ!」


 黒服のおじさんは大きな犬に押さえつけられながら、偉そうな人に何かを一生懸命伝えています。

何事なんでしょう、ここは犬を売っている場所なのでしょうか?

珍しい姿ですので一匹くらい貰いたいですね。


「あいつにやられたんだ!もう戦える魔術師は殆どいない!ああ、犬になるくらいだったらあの悍ましい魚に食われて死んだ方がましだったろうに!」


「だから分かるように話せと言ってるだろうが!スクロールに名前を書かせたんだろ!?あの"フーカ"とかいう娘は始末したんじゃないのか!!」


……ん?今何と?一応聞いておきましょうか。


「あの、今"フーカ"とおっしゃいましたか?」


「ああ、そうだ……?そうだ!お前ら!こいつらもアレの仲間だ早く始末しろ!」


 フーカなんて名前は生まれてこの方、1人ぐらいしか知りません。つまりは。


「あなた達、誘拐犯ね!通りで見つからない訳だわ!」


 レモナ様が前に立って吠えます。

大丈夫でしょうか?


「や、やはりエルマイス学園の手の者か!そこまでバレているならば仕方あるまい!貴様らも新しい材料になってもらおう!」


「馬鹿言わないでくれるかしら?私を誰だと思ってるの?」


馬鹿なレモナ様だと思ってますよ私は。


「地が呼ぶ、海が呼ぶ、天が…」


「《地霊の槌をここに》」


「がッ」


あ、変な口上言ってる間に、のされましたね。


「は、はは、大した事無いじゃないか。後は……お前だけだな。小娘1人大した事なぞあるまい。やれ、お前達」


 別にフーカさんもレモナ様もどうでもいいですが、あの人達がいないと、とてもじゃありませんが地上には、戻れそうもありません。


「それ以上近づかないで下さい。ここにいる人達みたいにはなりたくないでしょう?」


 杖は言う事を聞きませんし、ボロボロのおじさん達は厳密に言えば、私がやった訳じゃありませんが。


「そ、そうだ、こいつがあいつと同じような事をするなら、俺たちじゃ無理だ!手に負えない!」


「危険だ!月給100なんかじゃ、こんな危険な仕事やってられねぇ!」


「俺なんか日雇いだぞ?切り捨てられてから、やっとまともな職場だと思ったのに!」


「お、お前たち何を言っているんだ!早く始末しろ!」


 黒服の人達が騒いでいます。

それにしても月給…ですか。

レモナ様の鞄の中身が光ったような気がします。

取り出したるは大量のお菓子。

見た目は金貨です。バレないように手前に私の金貨を混ぜて…


「皆様に朗報です。その給料の三倍を支払いましょう。これを見てください」


「な、なんて量の金貨だ、あんな重量を一人で軽々と持つなんて……やはり化け物か!」


「えっ」


そういう話になるんですか?期待してたのと違います。


「いや、それはブラフだ。その重量を持ち歩くなんて、あり得えないね。どうせ"黄金クッキー"だろ、俺は詳しいんだ。前にエルマイス魔菓子に勤めてたからな!どれ、俺に1枚食わせてみろよ」


一歩前に出る黒服の人。


「なんで一流企業のがこんなところにいるんだ?」


「あの会社がピーターズバーグに乗っ取られた時に捨てられたらしいぜ?」


「そいつはロックだな」


 この緊張感で普通に会話している黒服さん達は何なのでしょうか?いやそんな事よりも。


「嘘だと思うならどうぞ?」


 私が差し出した本物の金貨を無視して、お菓子の方に手を伸ばします。


「大人相手にそこまでやったんだ、まあ及第点をあげよう。でも駆け引きをするのに大事なのは--」


耳打ちする男の人。バレてます。もうダメです。


「--嘘の中に本当も必要というこッ…硬った…!!嘘だろ!?」


「えっ?」


あれ?そんなに硬いお菓子でしたっけ?


「悪い嬢ちゃんだ、ミスリードを誘ったって訳か。だがな、そんな子供騙しに引っかかるような大人じゃ……」


また別の金貨に手を伸ばして、それを噛む黒服さん。


「そうだ。これは全部偽物だ。だからなんだ、そうだな。全てお前らは、俺に任せて帰ってもいいぞ、うん。バックリー様も問題ので、はい」


 急に挙動不審になり始めました。どういう事でしょう。試しにこっそり噛んでみると。


「あ」


これ全部本物です!なんでですか!?幻影魔術でも使われているのでしょうか?!


「嘘をつくな!それ本物だろ!俺にも寄越せ!」


「ああ!独り占めは許さん!」


 騒がしくなり始めた黒服さん達。ここはそうですね。よくわかりませんが、流れに乗りましょう。


「さあ!今すぐに私につくか!この人達のようになるか選びなさい!」


「お、俺でも雇ってくれるのか!?」


「はい」


敵対しないなら誰でもいいです。


「週休2日はあるよな!」


「はい!」


今だけなので後はずっと休みです。


「寮とかあるか!おれ家ねぇんだわ!」


「あります!」


お前のとは言ってませんが。


「ワンッ!ワフッ!ワンワンッ!」


「わんわん!わふー!」


犬は欲しいので問題なしです!


「では、雇用契約を結びたい方はこちらに来てください」


「お、おい、どうなってる!貴様ら!恥を知れ!恥を!プロとしての自覚はないのか!職人としての責任感は何処へやった!」


黒服と犬はゆっくりと歩き、全員こちら側に立ちました。


「そういう責任者向けの意識高い発想こっちに押し付けられても困るんすけど?、まあ?雇い主が可愛い女の子で、金があるならなんでもいいってか、マジで今までご苦労ってか?」


「グルルルル!」


 黒服を脱いだ金髪のお兄さんが派手なローブに着替えつつ言いました。

何で今?何の意味が?

それに何で私に筋肉を見せているのですか?


 というか豹変が早いです!何ですかこの人達!こちら側でも、ちょっと待遇が悪くなっただけども、メンドくさくなりそうです!


「形成逆転ね!」


いつの間か先頭に立ってるレモナ様。

寝てただけなのに何という気迫でしょうか!


「流石です!美味しいところだけ持って行こうとする何て!よっ!この恥知らず!」


「それほどでもないわ!さあ!フーカを解放なさい!」

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