第7話 "両刃の斧"

 俺は商館に"両刃の斧"を預けてからゆっくりと部屋を出て、窓から帰ってやった。


 幸い、誰にも見つかっちゃいない、右足は痛めたが。

バックリーのやつ、睨みやがって何がそんなに気に食わなかったんだ?俺だって命は惜しいさ。


 お前が"しっかりと"やってくれれば例え"両刃の斧"と揉めることになっても、何の問題もない。だが、今の店も潮時だ。


 "例の金"が手に入り次第、荷物を纏めてさっさと逃げよう。

次は何処がいいだろうか、身入りはあまり良くないだろうが、先ずは近い8番街あたりにでも隠れるか。


 とか呑気に考えていた俺を待っていたのは、無残な姿になった廃虚のような何かだった。


「は?一体だれだ!俺の店でパーティーなんて開きやがったのは!?ああ、無事でいてくれよ……」


 店の奥へ駆け込んでも、探し物の入れ物すら見つからなかった。


「畜生!持っていかれた!」


「何を?」


「そんなん決まってるだろ!"黒鉄の杖"だ!」


「"黒鉄の杖"?」


「知らねえのか?誰でも魔術が使えるようになる道具だよ!」


「それってこんなヤツ?」


振り返るとそこに奴はいた。


「ん?そう、それだ!ああ、気の狂った"両刃の斧"なんかに構わないで、もっと早く逃げるべきだったぜ……って何でそれをお前が持ってる?てか誰だお前?」


 ニコリと微笑むヤツの手には"黒鉄の杖"。

またしても子供だ、今日は祭りなのか?


「小僧なんて失礼じゃないか?これでも僕はれっきとしたお客様だよ?」


「なるほどな、お前がこのパーティの主催者って訳か、まあこの際それは売ってやる。だが高くつくぞ。殆ど生還者の居ない6層から来た品なんだからな、それに適性が無くても魔術を扱える反則級の魔道具だ」


「ああ、これは君のじゃない。僕の物だ」


「はぁ?6層の品がいくつもあるわけないだろう?」


「嘘は良くないな」


 瞬間、岩塊が俺の横を通り過ぎて、後ろで爆ぜた。


魔術か。いや、それだけじゃない。

こいつ"黒鉄の杖"の使い方を知ってやがる。


「俺を殺しても、何の得もないぞ?殺せたらの話だけどな!《従え、傀儡の手足よ》」


 手足の動きを補助する魔導具を作動させ、一足で間合いを詰め、招かれざる客の懐へ渾身の一撃を放つ。


「《爆ぜろガラクタ》」


 拳の一撃に魔導具の爆風を載せた一撃。

ウチで売っている戦闘用魔導具の中でも、最上位の物の合わせ技。


 上級の魔術師でも耐えうるものではない。

爆煙で周りが見えなくなるのが玉に瑕。

だがまあ、使う時は一撃で終わる時だけだ。


「伊達に魔導具を商っちゃいない。死なない程度に調整は……ッてあぶね!」


 爆煙を縫って、鋭い塊が振り下ろされる。

ギリギリのところで何とか回避すると、目の前のそれは一目で俺に理解させた。


--あの一撃は無意味だったと。


 煙は霧散し、視界は開けた。


「派手な魔導具だね、まあ威力はそれほどでもないけど。小手調べはおしまいかい?」


そしてそれは笑っていた、心底楽しそうに。


「本当にイかれてやがるヤツってのはそういえ目をするんだよな。久し振りにみたぜ」


「見た事あるのかい?」


「探せば直ぐに見つかる。ついさっき"両刃のの斧"にあったところだ」


「へえ、そうなんだ」


 そう言った奴の姿、動きは俺の目には見えず、叩きつけられた身体の痛みだけが、何をされたのか遅れて伝える。


「反応が遅いなぁ?さあ!早く何か見せてよ!そんな魔導具だけじゃないでしょ?《竜族の具足》は?《舞い踊る十三の劔》は?」


「あるかよそんなもん。あったとしてももうここにはねぇよ。ウチは最近儲かってなくてな」


「つまんないな。じゃ、いいや」


魔術は壁を穿った。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 この街で秩序と言う言葉を信じている奴は根っからの悪党くらいのものだ。


やり過ぎれば、僕らの"予約"の中へめでたくリストアップされると言うことを理解しているから。


 僕がこの仕事をしているのは、生まれ育ったこの街での秩序を守る為に過ぎなかった。

だけど、それも今日でおしまいだ。

組織からは足を洗って普通の人間として生きていくつもりだった。


 ただ今回の依頼は面倒なもので、運び屋が失踪した所為でお使いまでしないとならない。


 "アレ"に関しての情報提供者に礼金を運んで、その後に対象の始末だ。


 支給された、《吹けば飛ぶ鞄》のお陰でまるで重くないから良いけども。


 根絶した筈の"アレ"が出回っているという話だから最後の依頼を受けた。


 依頼主は不明、襲撃先のバックリーの商館の情報だけ書いてあったらしい。


依頼主は恐らく……まあそんな事を考えるだけ無駄だ、仕事には関係がない。


「どいてぇぇ!」


 何かにぶつかって、星が見えたような気がした。

目眩がする、つい金貨が満載された鞄を手離してしまった。

全く重みを感じないというのも考えものだ。


 この僕が不覚をとるなんて、一体どんな速さで走ってきたらそんな事ができるのだろう?


「気をつけろ!」


「ごめんなさい!」


 取り落とした鞄を拾い上げると、その奇妙な光景達は通り過ぎて行った。

寝たまま道を滑る人とその上に乗る子供だ。


「ははは!掠ってますよ!」


「仕方ないわ!重すぎるんだもの!」


 乗られている方は、誰かは判別つかないが、外套は傷だらけで酷い有様だ。

乗っていたのは変なお面をつけた子供。

相変わらずこの街は訳がわからない。


 走り去っていった子供達は何かを落とした。

拾い上げるとそれは、相方のトッドの帽子に良く似ている。


「……まさか、まあ似た帽子なだけだろう」


 一抹の不安を抱えつつ、トッドと待ち合わせしていた情報提供者の店に辿り着く。

店にはけたたましく警報が鳴り響いている。

中は殆ど荒らされている様子だ。


 仕事の"相方"はいつまでたっても来ない。

まさか先程の子供達が乗っていたのは彼なのか?


 思案に暮れていると、ふとある物が映った。


 例の"アレ"、"黒鉄の杖"を収めた箱だ。

特殊な仕組みの箱に入っているものだから、見ればすぐに分かった。

適性が無くても魔術が使える優れた杖。

そして、書き置きが1つ。


"これは、置いておく"


 これは……ということは、他は持っていくという意味か?


 荒れようを改めて見ると、戦闘があったとしてもおかしくはない。


 つまりは、やれるものならやってみろ、一本程度くれてやる、という所か、舐められたものだ。


 バックリーは絶対に始末しなければならないだろう、それにトッドを殺し、この杖を置いていった奴らも。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 意識はその考えにばかり向かっていて、その後に現れた店主の言ってる事なんて気にも止めていなかった。


 だけど、タイミング悪く、店主がほんの少し、そう、ほんの少しだけ、癪に触る事を言ってくれたから驚かせてあげた。それこそ"死ぬほど"


「ま、まだ生きてるっ……!な、何故だ?」


「そんなもの決まってるじゃないか!関係のないお前をわざわざ殺すわけないだろ!僕は快楽殺人者とは違うんだよ!」


「す、すまん」


「じゃあ聞くけど、この杖の値段はいくらなの?」


「1000--」


 魔術が彼の真横で爆ぜた。


「もちろんタダでいいさ!なんなら、他の武器も持っていけばいい!」


"黒鉄の杖"から魔術が出ていたみたいだ。

意思だけで使えるのはこういう時に便利だとしみじみ思う、詠唱なんてしたら怖くない。


「ありがとう!気前がいい店主で助かったよ、……うん、じゃあこの斧なんてどうかな?」


「そんなんでいいのか?」


「ああ、勿論!それと約束の金だ!」


それだけ言って鞄を高く投げ、店を出る。


「は?どういう事だ?約束……まさか!?」


「ああ、最後に一つ、僕は正気だ。予約のリストは更新しないでおいてやる」


 背を向けて歩き出し、鞄が男の元に落ちるタイミング丁度に、土魔術で作った槍を後ろ手に放って、鞄ごと男の真横に突き刺す。


「うおっ!」


どうやら成功したらしい。


「精々普段の行いには気をつける事だな」


ちょっとカッコつけ過ぎたような気がしなくもない。

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