第8話 駐在と注文

 夜間監視任務、朝も夜もあってないようなこの場所で夜間とわざわざ付ける必要があるのか?


そして何を監視しろというのか。

得体の知れない連中ばかりのこの街で異常な事が起きていない方がそれこそ"異常"だろう。


「ロイド三等監視官、異常はあるか?」


背後の尊大な声。

静かに過ごさせてもらいたいものだが、どうにもうるさくて仕方がない。


「いいえ、ありません。本日も街は気味の悪い霧と胡散臭い出店やら、下層から湧いてきた化け物が我が物顔で歩いております。というか」


「なんだ?」


「あんた階級同じなんだから、いい加減、堅苦しいの抜きにしましょうや、あと異常なんて報告するだけ無駄ですぜ?」


この面倒な仕事にわざわざ制服を着て来るなんて信じ難い事だ。

だが、こいつはわざわざカッチリと着込んで来た。


「何を言うか、私は誇りあるサドル家の名にかけて、職務を全うするのだ!」


「はぁ、まだ1日目だからでしょうな。ところで、その誇りあるサドル家の娘さんが何でこんな場末に?」


「ははは!栄転だ!ここの監視は王国の重要任務だからな!ここで結果を出せば階級は2階級上がると聞いたぞ!」


左遷か。面倒な貴族だからか?


「二階級特進の意味知ってますかね?」


「勿論だ!だから私は結果を出しに来た!」


「はぁ、じゃあさっきのはいいんですかい?大の大人が子供を連れてってましたぜ?あの方向は奴隷商で有名な…ん?」


「あぁぁあぁあ」


何かに乗った子供達が目にも留まらぬ速さで詰所の前を通り抜けていった。


「あれは…?」


「懐かしいな、私も奴隷を使ってやった事がある。すぐに使い物にならなくなるが…まあ奴隷だしな」


お貴族様にはよく見えていたようだ。


「…あんたも結構この街にお似合いの人材かも知れねぇな」


「どこであろうと私が来たからには、私の戦場だ!」


「そうですかい。それじゃ、サドル家の御令嬢殿、今日も異常なしって事で」


「おい、あいつらが来た方から警報が鳴っている。これは事件ではないか?子供達があんな速度で逃げるとは余程の事だ!行くぞ!」


「いや、いつもの事だ。最近あそこの警報機とかの魔導具は調子が悪くてな。ついに完全に壊れたんだろう…」


「行くぞ!ロイド三等監視官!」


走っていくお貴族様。俺たちの任務は監視であって、警察行為じゃないんだっての。

まあ寝る前の散歩か。


「了解しましたよ、御令嬢殿」


「私の事はティールと呼べ。堅苦しいのは嫌なのだろう?」


「あいよ、ティールお嬢様」



◇◇◇◇◇◇◇◇



いつまで経っても店主が戻ってこない。

割と待たされていると思うんだけど。


《当たり前だ。こんな商館にまで来て、入学準備なんぞ頼む者もいないだろうよ》


え?ここは幼気な生徒達の為の店でしょ?


《どこをどう見たらそうなる!》


よく磨かれた床、リノリウムの教室を思い出す。掲げられた肖像画これも学校みたいだ。


《それで?》


え?……?


《そうか、そうだな》


というかあのおっさんは何処に行ったの?


《此処まで案内したから仕事は終わりという事だろうな》


お礼ぐらい言わせてくれてもいいのに。


《……》


何で黙るんだ。


《お前にしては、いや、明日は雨が降るな》


どういう意味!?流石に私でもそのくらいは出来るよ!


「お待たせいたしました、バックリーに代わりに私がご案内させて頂きます。こちらの書類をご確認ください」


出てきたのは紙の束。うん、文字が読めない、日本語で書いてくれ。

というか今迄気がつかなかった。

この世界の文字がわからない事に。話し言葉は分かるのに。


《それでは教科書があったところで授業についていくこともできんぞ?》


イヴさんや?お主、文字は?


《我輩が使っていた文字とは書き方が違うな》


こう言う時は逆の発想を考える。チェス盤をひっくり返すんだ…!


《……?》


わからないならわからなくて良い。

聞けば良い、つまり私の生前培った営業テクニックを今こそ披露する時が来たのさ!

冴えない私でも中世ならやり手の--


《おい、どうするつもりだ、まだ酔ってるのか?》


任せときなさい。

こういう時は強気に振る舞った方が相手にとってもわかりやすくていいさ。


私は机の上で手を組み、なるべく落ち着いた雰囲気を演出しながら、言葉を投げかける。


「この条件では飲めない」


言ってやった!どうだこの威厳!

今なら、合衆国の大統領だろうが黙らせられるだろうさ!


《黙らせてどうする!それに、どこの誰だか知らんが、酔っ払いに言い負かされる奴なんぞいるか!》


少し静かにしていろ、交渉の時間だ。


「何かご不満が?」


「わからないなら、ここの内容を読んでもらおうか、言っておくが、あまり私は冗談が好きではない」


知らないの?

ウラルの大地を生きる民はこういう時最初に出すのはお茶じゃなくて、"水ちゃん"なんだぜ?


《だから何だ、まさか水で酔っ払う訳でもあるまい》


無知だなぁ、まあ、いつか飲ませてやろう。


「"杖"は入れ物に収めております…数に限りがありましたので1つしか入っておりません」


「冗談は好きじゃないと、言ったはずだ。もう一度確認したいが用意したのは杖が一本だけか?」


散々待たせて杖一つだけ?

ふざけるのも大概にしろ。中身もわからないし。


「機密は守らなければなりません。ましてや詳細に記せば…お分かりでしょう?」


いや、あの質問は何だったの?

というか機密って?


《なあ、結局何もわかってないが、いいのか?》


良いわけあるか!私の軽快な話術はまだだ!まだ終わらない!この際何でもいい!


「先ほども言ったが、待たせている者がいると言うのを忘れてもらっては困る。それに、エルマイス学園とは仲良くしたいだろう?」


「確かに我々は"不運な行き違い"は望んでおりませんが……」


エルマイス学園、その名前を口にした途端に相手の雰囲気が変わった。

当たり前だろう。真上に学園があるのに、こいつらが全く関係ない筈がない。

学生相手に、こんな商売している事が知れれば、少なからず問題になるはずだ。


《こんな場所ではよく起こる事だろう》


明確に事件が発生したら、貴族の子息をいわば保護している立場の学園はどうする?

確かに学園側も面倒は避けたい筈だし、それ以上に立場が悪いのはこいつらだ。


《フン、先程の啖呵も強ちハッタリではないのだな》


いや、実際私は殆ど上とは関係ないから実際ハッタリだ。


「私としては確実な取引がしたいだけの話だ。そう、私は問題を複雑にしたい訳ではない。ここに全て用意してくれると、助かる」


「承りました。では品物をこちらへ」


代理の女性がそう言うと、後ろに控えていた男が部屋を出て行く。


やったぜ!ねえ聞いた?私は勝利した!


《我輩の部下にはできんな》


酔っ払いに言い負かされるなんて代理形無しだね!


《いや、ああ、いい。そうだな》


手持ち無沙汰になってしまった。

テンポが悪い。カチカチと時計の音が聞こえる。目線の先には机の上の飴。


「そこの飴食べてもいい?」


「ごめんなさい、お客様用ではないのです」


「じゃあなんで此処に?」


「さあ、バックリーの考える事は私達にはわかりません、っとどうやら来たようですね」


部屋に入って来たのは、娘が1人と鞄を持つ男が2人。


「お待たせいたしましたこちらが我が商館最高の品で御座います」


男が持つ鞄を開けると、中には黒い棒状の物体が幾らか収められていた。多分杖だろう。

それはともかくとして、頼んだはずのペンも魔術用の道具もないぞ?


「他の物は?」


「はい?これで全てですが?」


「なあ、注文どおりに用意するだけでいいんだ、それがなんでできない?それとも子供の言う事は聞けないか?」


「つ、"杖"は確認なさいましたよね!?残りは纏めて御座います!」


ん?ああ、残りはそっちの中か。

纏めたとか言ってたし、ちょっと気が短かかったかもしれないな。気をつけよう。


「ご注文の内容に問題がなければ、こちらにサインをお願いします」


まあ多分大丈夫だろう。

取り敢えずサインを--日本語で書いた。


「あら、古代語ですね。流石ですわ、ええと、すみませんあまり明るくないもので、この文字は何と読めば?」


日本語が古代語?何だそれ


「九頭龍風香、く、ず、りゅ、う、ふ、う、か、です」


「ありがとうございます」


《書けるではないか。それが書けるなら、今の文字も練習すれば問題ないだろう》


そういうもん?


《そういうもんだ》


促され、手続きを終えた私達は部屋を出る。

外にいたのは何人もの黒づくめの男達。


「出迎え?そんなのいいのに」


「ありがとうございました、またお越し下さい」


そして男達は杖を一斉に構えた。

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