第3話 三層目の恐怖
今更になって思い出す。誰しも子供の頃に咎められただろう。"知らない人について行ってはいけない"…と。
「止まれないんですか?」
「ええ!」
「どこまで行くんですかこれ?」
「わからないわ!」
私達は地獄への片道切符をつかまされていた。向かう先は不明。
ミステリーツアーだと言えば聞こえはいいかもしれないけど、この地下は入り口から人食いの化け物が徘徊してる場所。そんな所の深部なんて頼まれてもいかないと思う。
辛うじて見えていた輝かしい景色は水平線に消え、エレベーターは地底湖の中へと突入した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
出口はどこにあるのだろうか?その謎を解き明かすべく、我々はジャングルの奥地へ向かった。
冗談はさておき私達は雨の降る密林を彷徨っていた。
「何で地底湖の下に密林があるんですか?」
「あたりまえじゃないの、下に降りたんだから!」
つまりどう言う事だってばよ。
「レモナ様、地下なのに何でこんなに明るいんでしょうか…?」
「知らないわ!」
「ところで三層目には来たことが?」
「ないわ!」
「えっ」
自信満々に答えるレモナ。
前を歩く彼女の髪がふわふわと揺れている。
私は彼女の頭頂部でハネる髪の毛の束を幻視した。
この子は何というか、もしかしてその。
《アホだな》
私は賢いつもりは無いけどこれは危険なのでは?
先頭に立たせて大丈夫な子なんだろうか。
《言っておくが、三層から飛んで地上に上がるのは我輩でも難しい》
学園生活の最初が密林で遭難とか脈絡なさすぎない?
ギャグアニメじゃないんだから。
《降りた先にファファルが溜まってなくて良かったな。まだ命があるだけありがたいと思え》
そんな罠みたいな事あるの?
《ああ、そうだ……と、噂をすれば何とやらか》
「◾︎◾︎◾︎◾︎ーーー!!!」
周囲から続々と湧き出てくる醜い有象無象。
完全に囲まれているようだ。
待ち伏せする知能がある人喰い?
やばくない?
冷や汗が伝うのを感じる。
「邪魔!《風霊よ!荒れ狂う嵐の暴威をーー》」
レモナは周囲を円を描くように指でなぞる。
すると、巻き込まれた雨粒や枝葉が、放たれた暴風の軌道を描いて翔ける。
彼女の行く手を遮った醜き狼藉者達、その全てを浮き上がらせ、風の中に取り込む。
彼女の詠唱はそれで終わらない。
「《ーー風を彼方へ!》」
空中に放り出されたファファル達は成すすべもなく、密林の四方へ吹き飛ばされていった。
彼女は何事無かったように振り返る。
「楽勝ね!じゃ、先に進みましょう…」
振り返った笑顔の背景には大きな影が音もなく降り立った。その姿は。
「あ、あの」
これは…不味いかもしれない。
「なに?ああ、これじゃ不恰好ね」
少し捲れたスカートを正すレモナ。
「そうじゃなくて!」
「まだ何か変な所が?」
「ま、前!前に!」
「え?……ぁーー」
向き直ったレモナの前には一際大きなファファル、その肉塊のような異形の豪腕が、レモナを打った。
私達の視界から消えるレモナ。
遅れて、木々の弾け飛ぶ音が響く。
認識が追いつかない、あの頼もしい姿は何処に?
異形は白い息を吐きながら、ゆっくり動き始めた。
その双眸が覗いているのは勿論私達だ。
「あ、あぁぁ」
モモはへたり込んでしまった。
魔術は打てそうにもない。
《オルファファルだ。ファファルとは比べ物にならん。油断するからこうなる》
「油断!?流石冷血動物!血も涙もないな!」
モモを引き摺って後ろに下がろうとする。何故か、力が入らない。
そして硬直した同年代の重量を引いて逃げられる程、異形は時間を与えてはくれなかった。
見た目からは想像できない俊敏さで目の前に迫る。
「イヴぅ!なんとかしろぉ!」
いくら魔力があっても、今の私には魔術は使えないんだ!逃げるしかない!
《落ち着け。勘違いしているかも知れんが、あの娘は無事だぞ?》
「え?」
目の前に迫った腕は私達を打つ事はなかった。
縮こまった私達の頭上で、その豪腕は静止している。
オルファファルも理解ができていないのか何度も拳を振り下ろすが、その込めた力は全て無駄になった。
モモがか細い声で呟く。
「これは《空の盾》…レモナ様の…魔術…」
目の前を風が通り過ぎた。
その風は金色の髪をしている。
雨の中に、"ふんわり"と風に舞った髪の、その柔な香りが、鼻孔をくすぐる。
だが次の言葉はそれと裏腹に。
「このクソ鳥がッ!」
怒号と共に異形を蹴り飛ばしたのはレモナだった。
「とっとと土に帰りやがれッ!」
無事だったんだ!流石ファンタジー、何ともないぜ!
追撃をするレモナ。
繰り出される蹴りを、異形は豪腕で受け続ける。
「ガードなんてぶっ潰してやるよッ!」
レモナの髪の毛が全く濡れていない事に気が付いた。
この雨の密林でそんな事はあり得ない筈。
《最初から、その娘は《風の鎧》を纏っていた、あの魔術は使い手の動作を補助し、保護する。だからあのレバーも折れたのだろうな》
え、使ってなかったらこんな所に来てないのでは?
《そうだな》
やっぱり戦犯じゃん……!
レモナの攻撃は続き、相手の反撃を許さない。
体格差をものともせず、繰り出される強烈な蹴り。
時たま出来る隙を見て、放たれる反撃の豪腕を受けても、彼女にダメージはなく間合いが開くだけ。
即座に懐に飛び込んで、お返しとばかりに相手を蹴り飛ばし、木に叩きつける。
彼女と異形の打ち合いは暫く続いたが、華やかさはまるでなく、泥臭い殴る蹴るの応酬だ。
勿論レモナには泥の一つも付いていない。
終始猫が獲物で遊ぶような風景が繰り広げられた。
その最後を飾ったのは彼女が放った一撃。
「《風霊の暴威よーー爆ぜよっ!》」
渾身の蹴りが腹に命中し、それは無残な塊に変わる。
蹴りで肉の塊が爆散するなんて思う?
私は思わない。
「ふっ、所詮雑魚ね!」
少女は惨状の真ん中で、返り血の一滴すら浴びずに、金色の髪を靡かせていた。
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