第2話 エルマイス地下迷宮
「……そう!私達はこれで地下へ行くの!エルマイス地下迷宮へ!」
そう堂々と宣言したレモナ。
何故か、表情に焦りが浮かんでいるような気がする。まあ私達の世話を買って出るような人なんだ。
気のせいだろう。
私達の乗った籠が床に沈み切ると、中は真っ暗になった。
「『灯せ』」
レモナが灯りをつけたようだ。
籠の内部が柔らかな光に照らし出される。
これも生活魔術だろうか?
《ああそうだ》
覚えておこう。
何かと使えそうだし。
「あの、この後どうなっ……うぇっ」
モモが不安げな問いの答えは、全て言い終わる前に知る事となった。
重力が消えた。
私達は上に向かって引っ張られる。
「舌噛まないように気をつけなさい!あんまり喋ってると噛むあっ〜〜っ!」
大きな揺れの後、レモナが沈黙した。
どうしたのだろうか。
まさか注意した本人が舌を噛むわけ無いし。
凄まじい勢いでこの籠は下降しているのだろう。
私達は籠の天井に貼り付けられたようになり、身動きが取れない。
「こんな乗り物なんですかこれ!」
「……そう!」
何だその間は。
言葉数もなんか少ないし、本当に大丈夫なのこれ?
あとモモが一言も発しなくなっている。
「モモ?大丈夫?」
「----」
ダメだ。白目をむいて気絶している。
口もだらしなく空いてるし、とてもヒロインのしていい顔では無い。
イヴだけは何故か急降下もどこ吹く風。
部屋の真ん中に浮かんでいる。
「イヴ!何とかして!」
《何とかしてやりたいが、我輩は自分の体勢の維持で精いっぱいでな、いや、すまんすまん。耐えてくれ。》
このクソトカゲェ…!爬虫類の表情は分からないけど絶対嗤ってるぞこいつ…
《それより外の景色でも見たらどうだ?》
土の下なのに何か見えるの?
気絶してるモモを少し押して格子の外を確かめる。
するとそこには、乱雑に入り組んだ階段が宙に浮かぶ通路の群、それを束ねた塔のような建物が縦横無尽に伸びるめちゃくちゃな回廊の姿が見えた。
回廊は仄かな光を放って空間を照らしている。
格子から覗く風景は、視界の端から端へと凄まじい速さで去って行く。
私達が移動しているのだけは確かだけど、本当に下降してるのか怪しい風景だ。
《地下迷宮の一層目だ。降り立てばその面に従って歩けるが、上下が分からなくなる。塔はそれぞれ繋がっているが、場所はあべこべ、上から入って下にでる事も多い。まあ魔力を扱えるものなら散歩のようなものだ、まあ今の貴様らが入れば遭難するだろうな》
一層目から危険すぎない?そんなの学校の下にあっていいの?
《知らぬ。ああ、そうだ魔物も多いな》
イヴの説明と殆ど同時に、毛をむしり取られた鳥のような、肌色の生き物が通り過ぎた。
あれは?
《ファファルだ。迷宮の何処にでもいる。見てくれは酷いが味は美味い、食料が尽きた人間は良く食っていたな》
無害そうな鳥だ。
《そうでもない、こいつらは迷宮の警備みたいなものだから積極的に人間を襲うし、人間の肉を好んで食う》
はい?じゃあそれ食べてたら……
《奴らを食った人間も奴らは食うし、お互い様だな》
そういうものなのか…この世界の住人の感覚は、平和な場所から来た私の感性とは少しばかり違いそうだ。
《そろそろ一層目を抜けるぞ》
奇妙な塔の間を籠はひたすらに下降した。
ようやく果てに着いたようで、白い地面に突き刺さった籠車は一層目を抜け出し始め、僅かな速度を残してゆっくりと降下を始めた。
私達は天井から解放され、体に馴染んだ重量を感じながら、するすると滑り降りる。
やがてぼんやりとした白い光の切れ間から全く別の景色へと切り替わった。
「見える?ここがエルマイス地下迷宮街!」
虹、目に入ったのは虹としか言えなかった。
さまざまな色をちりばめ、足元の地底湖の水面に反射させ、光を浴びた湖面はステンドグラスように輝く。
地底湖には滝が注いでいた。
それは、あまりの高さに霧となって地底湖全体に降り注ぎ、遥か湖面に映った色彩を洞窟の空に映す。
それぞれの淡い光が混ざり合いながら、不可思議な調和を齎して輝く。
街に目を向けると水路が張り巡らされ、水の上に浮かぶかのよう、等間隔に似たような縦長の建築が整然と並ぶ。
然し乍ら、それぞれに特徴的な屋根、或いは屋上を備え、一見すると一つとして同じ形状の建物があるようにはみえない。
果たしてその個性は色の調和を乱さんや、いや、その雑然がかえって平坦を超克し、色ではない表現としての虹を見せた。
このように光と水そして街は、この地下世界に一つの虹を形成していた。
「どう?素晴らしいでしょう?」
「……」
私は言葉を失った。
地下街というのだから、怪しく、薄暗く、仄暗い地底に黒々と、みたいな感じかと思っていた。
それこそスラムのような。それがどうして。
「モモ!起きて!ほら!」
モモを揺すって起こす。
完全に夢の中にいたのか、よくわからない事を言っていたが、音を立てて柏手を打つと。
「ひゃぁああ!わ、わたしのまじゅ、あれ?えっ…わぁ…」
《目覚めたと思ったら急に静かになったり忙しい奴だな…》
「いってやるなよ、私だってそうなる」
モモは目に映る風景に夢中なようで、私の言葉にも反応しない。
《ふむ、どうやら貴様らもこの調和を理解したようだな》
この景色を前に相変わらず偉そうなイヴ。情緒にかける奴だ。
《好きに言えばいい》
言い返さないんだ。まあいいや。
「気をつけなさい。この街は…綺麗なばかりじゃあ無いわ。この景色は誘蛾灯のようなもの。"掴む事の叶わない幻想"って言った人もいるくらい何だから」
《…似つかわしい表現だな》
「ところで、この乗り物はどこに着地するんですか?」
「……降りたい階層でレバーを戻せばその階層の召喚駅に止まってくれるわ!」
「じゃあ、そろそろ、戻しましょう。降りてみたいです。私」
「できないわ…」
「えっ?」
「だって、ほら、これ」
達観すら感じる笑みを見せて、レモナは折れたレバーを差し出した。
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