第6話 はじめての氷魔術
「わ、わたしですか?」
私の目線の先には黒髪の小柄な女の子が座っていた。
「そうだ、君だ。よし、今日からフーカさんは君と同じ部屋だ、ルームメイトを案内してあげなさい」
ネーデルとかいう優男は、モモと呼ばれた少女へ微笑んだ。彼女の表情に変化はない。
相部屋だと…!?あの子と……?まさかこれは天啓……!?
《何を考えている、馬鹿娘。お前まさかそっちの気が…》
違うけども。男でも女でも、"小動物"は愛でるもの。何が悪いの?いや悪くない。むしろ正義だよ。正義。
「あ、あの、それじゃあ…ついてきてください…」
成る程、先ずはこの子から攻略するのか。
私に天使舞い降りちゃいましたか……よし、やってやろう、ゼロから始める異世界ハーレムを……!!
《お前な…そいつは…いや、いい。好きにするといい、邪な目的なら我輩は手を貸なくて済む、暫く消えているぞ》
やったぜ。
そう言ってイヴは景色に溶けていった。
まあ実際は多分近くにいるんだろうけど、見かけ上いるのといないのとでは大違い。
部屋を出てしばらく歩くと、モモは振り返って言った。
「何か勘違いしてません?」
振り返ったモモの髪が、スカートが揺れる。
そう言うところしか見ていない。
むしろ他の事に意識が行かない。
見慣れない異国の少女から目が離せなかった。
「いくら才能に優れてても、あなたの家は落ちぶれたフェリドゥーン。あの部屋に集まる事を許されているのは、"優れた魔術師"の子息。わたしの言っている意味がわかりますか?」
そう言って杖を懐から取り出すモモ。
「寮長の言ってた案内っていうのは…こういう事です!《氷精の礫を此処に!》」
拳程の大きさの氷がモモの周りにいくつも浮かぶ。
おお、こういうのもあるのか。かっこいいな。
などと思っていると以外に鋭利な氷の粒手が私の服を裂いた。
「驚いて声も出ませんか?そうでしょう、自慢じゃありませんけど、この適性は珍しいですから」
冷たい笑みを浮かべたモモを見て思わず私は声を漏らした。
「…ふつくしい」
「どこを見ているんですか?…さあ!保健室送りにしてあげます!」
「保健室?望むところ。むしろ連れてって」
「《氷精よここにその吐息を齎せ!》」
彼女の背後から猛烈な冷風が吹いてくる。
「寒っ!…?」
…思うのだけれど、冷たい風だからといって何の効果があるのだろう。ゲームとかでも、特に疑問。
「ただ寒いだけだと思ってますね?《氷精の礫を此処に!》」
続けてモモが呼び出した氷の礫は冷風で更に加速され、霰のように迫る。
羽織っていた外套を盾にしながら、次々に放たれる氷撃をかわし続ける。
《小娘、避けるのはいいが…どうするつもりだ?お前魔術知らないだろう?》
透明化したままのイヴが小言のように言ってくる。
「そうだなぁ、イヴ、どうにかならない?」
《我輩ならば灰燼に帰す事もできよう》
魔力全然ないのに?
《…万全の状態なら、だ。それに魔力は、ほぼ貴様が持っているし、この程度で手を貸すつもりもない』》
じゃあ無意味じゃないか
「避けてばかりですね!お墨付きを得た才能は見せてくれないのですか?」
「むしろ聞きたいけど、私の才能ってなんだと思う?」
「まだふざける暇があるようですね!」
激しさを増す猛烈な霰。この子は私を殺すつもりなのだろうか?新人いびりの領域を超えてやしないか?
避け損なって私は強かに体を打ち付けた。手元には彼女が放った氷の礫。
「痛っ!怪我するでしょ!」
「もともとこちらは怪我させるつもりです!」
「そう、じゃあこれも仕方ないねっ!」
風が弱まった瞬間、手元の氷を回転をかけて投げつけた。
「うぇっ」
直撃、思いもよらぬ反撃だったようで、よろめくモモ。その隙に乗じて、柱の陰へと身を寄せる。
私のコントロールも捨てたもんじゃないな。
それにしても氷か。
辺りを見れば、彼女が放った氷は消えて無くなったりせず、そこらに散らばっている。
単純に考えれば、氷そのものを呼び出す魔術ではなく、"氷を作る"魔術なのだろう。
《そうだ、アレは大気中の水気を冷やして固めているだけだ》
トカゲの割には科学的な事を言うじゃん。
《元素ぐらい知っておろう、火、水、土、空気の四つである。万物は…》
「ああ、そんな感じ…」
というか手を貸さないってのは…
《何がおかしい?》
「何でもない」
訝しむトカゲの事はさておき、それなら方法は無い事もない。
「この間髪の毛を乾かすのに使った魔術ってなんだっけ?」
《除湿だ。水分を取るだけの単純な魔術だな》
「私にも使える?」
《ああ、生活魔術は唱えるだけで容易に……何をするつもりだ?》
それで十分だ。イメージは出来ている。問題はない。
「じゃあ今から言うような場所を教えてくれる?」
《……我輩にかかれば容易いことよ》
思いっきり手貸してるじゃん。ツンデレかよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
肌寒く、狭苦しい蔵に私はモモをおびき寄せた。
彼女は案外直情的で挑発にたやすく引っ掛かった。
「さあ、隠れんぼもここまで、観念して出てきなさい!」
「しょうがない、お見せしよう、ここなら人の目も無い事だし」
「お好きにどうぞ!《氷精の礫を此処に》」
「フッ!」
私はパンッと両手の掌を合わせて、手を鳴らす。イメージはそう、拍手。別に何か錬成したりはしない。
「…除湿」
聞こえないように小声で唱える。
彼女の周りから水気を消す。ただそれだけの事。
そして振るわれた杖の先には何も現れなかった。
「えっ、なんで?《氷精の吐息をーー」
上手くいった……!使えるじゃないか生活魔術。
水分を抜いたのは正解だった。
空気中の水分なぞ意外と大した量は無いのだ。
「捕まえた」
狼狽するモモの懐に飛び込むと、その腕を掴んで杖をはたき落す。
小柄なモモは意外と力が強かったが、何とか捕まえる。自分の身体が小さくなっている弊害を感じた。
「なにをしたんですか!」
「……魔術を使えなくした。私がそれを許可しない限り使用できない」
混乱しているモモに畳み掛ける。
実際は使えるが、ここはハッタリを聞かせておこう。幸い誰も見ていない事だし。
「そんなありえない!《魔法の無効化》なんて!」
「なら使ってみたら?」
「っ……《氷精の礫をここに》……!」
氷は現れない。
当たり前だ、固める為の水分は除湿で無くしている。実際には、魔術は成功しているが、あまりに小さ過ぎて彼女や私には見えていないのだろう。
「そん…な…うそ…」
みるみる青ざめていくモモ。
聞いた限り上級貴族である証は強力な魔術を行使できる事だろう。
つまり彼女にとっては死活問題だ。
「…もうおしまいです…さよなら私の人生…」
「落ち着いて話をしようじゃあないか?そうしたら私の気も変わるかもしれない…よ?」
「は、はい…」
「じゃあ、寮をちゃんと案内してもらえる?」
「わかりました…」
◇◇◇◇◇◇◇◇
狭い部屋を出た私達は、新しい我が家、モモの部屋まで向かった。
モモの部屋は思いの外広かった。
14畳くらいはありそうだ。いや広いのか?
貴族の基準値がわからない。
あまり余計な事は言わない方が良さそうだ。
「それで、結局なんでモモは襲いかかってきたの?」
「ネーデル様からの指示です、寮対抗戦に使えるか否かを図れとの命令で、新しくサロンに来た学生には毎年必ずやるらしいです。私もやられました」
寮対抗戦、そんなものもあるのか。
「来月の中旬に、新入生の実力、上級生の成長を図る目的で寮対抗戦があります、私達の寮は何故か毎年負け続きらしくて」
「なるほどなぁ…」
「それで、あの、フーカさん?魔術は使えるようにしてもらえるのですか?」
「え、あ、そんな事言ったっけ?」
完全に忘れていた。
「そんな…私は…」
「仕方ないな……3.2.1.はい」
先程と同じように手を鳴らす。
この動作には意味がない。
ただそれらしくしているだけだ。
「……もう大丈夫」
「え、《氷精の礫をここに》」
キラキラと空中に氷が浮かぶ。
安堵の溜息をついたモモ。
よほど怖かったんだろう。
「よ、よかった…これで元に」
試しにモモに見えるよう、手を構える。
「ひっ…」
身を縮こませるモモ。
実に嗜虐心を刺激される。
《何をしている、やめろ》
爬虫類に言われるとは思わなかった……やめよう。
「ごめん、つい……これからよろしくモモ。私はフーカ・フェリドゥーン、誇り高きフェリドゥーンの…」
ん?誇り高い?心にもない言葉がまあいいや。
「どうかしました…?」
「なんでもない。そして、コレが…」
出てきて、イヴ。
《我輩は悪竜イヴァルアスである》
今迄透明化していたイヴが景色を滲ませるように姿を現した。
でも、どうやら言葉は通じていない様子。
「イヴ。名前はイヴァルアスからとったの。偉そうでしょう?」
「あ、あの、この子、黒竜の幼生ですよ、どこで拾ったんですか……親に、こ、殺されますよ、それに透明化なんて高度な魔術を……」
《魔術などではない!我輩の竜燐の力だ!》
イヴが少しイラついたように答える。
モモからすれば、吠えていると言った方が正しいか。
「ひぃぃ」
しゃがみ込んで怯えるモモ。只でさえ大きくはない体がさらに縮んでみえる。
「やめなさい!」
《ぐぉぉ!》
魔力を込めてはたき落とす。
《何するっ!》
「止めといて同じ事するなっての!」
「あ、あの、もしかしてその子の言ってる事がわかるんですかフーカさん?」
「みんなわかるんじゃないの?」
《今まで他の人族に通じてなかったのに、気がつかなかったのか?やはり馬鹿だったか》
「なんだと!」
私はつい手杖を振りかぶってしまった。
「も、もうやめうぇっ」
振りかぶった手杖は、立ち上がったモモの脳天を強かに打ったようだ。
「あ」
《あ》
やってしまった。
モモは仰向けにひっくり返っている。
「ど、どうする?……埋める?」
《気が早過ぎるだろう……そこのベットに寝かしておけ、出来るなら氷嚢を持ってくる事だな》
氷嚢……氷があればいいんだな。
詠唱はモモと同じでいけるかな?
吸湿でもモモが干からびる事なんて無かったからいけるでしょう。
「よし、やってみよう。『氷青よーー』」
《おい馬鹿やめろっ!》
「え?」
部屋の中心に冷気が渦巻き、それが一気に収束すると、天井まで届く氷塊が出現した。
…何が凍ってるんだコレ。水じゃないよね?
《何を凍らせた…?》
「さあ?氷を呼び出すイメージだけだけど」
氷塊は凄まじい冷気を放っている。
「まあ氷なら何でもいいでしょ。というわけで」
削ろうとして、部屋あった果物ナイフを突き立てる。
だがビクともしない。
「ダメか」
《…おい、今すぐこの部屋からでろ》
「え?何で?」
《その氷塊は…》
「氷塊は?」
《魔物だ》
次の瞬間氷塊から猛烈な冷風が吹き出した。
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