第7話 初めての氷魔術2

《それは魔物だ》


「へ?」


 新居に吹き荒れる猛烈な吹雪が、家具を吹き飛ばし、窓ガラスを叩き割り、壁を破壊する。

伸びているモモ、そして私達は窓の外へ。


「ああ!!私のお酒ぇぇ!!」


《心配するのはそこか》


空中に投げ出された私達は落下していく。


「イヴ!」


《仕方あるまい、捕まれ》


イヴの脚に捕まり態勢を立て直す。


「モモを!」


《フンッ!》


滑空するようにモモの元へ。

私達よりも下に落ちていたモモを何とか助け出すと、イヴは翼を大きく広げ、屋上まで羽ばたいた。


「何で屋上に!?」


《あれはお前を狙っている、逃げれば追ってくるだけだ》


吹き付ける吹雪と共にソレは現れた。


《我を、氷魔を呼ぶのは誰ぞ》


良くわからないことを言い、宙に浮かぶ氷像の顔。

動くたびに放たれる氷塊の弾を放ち、迫り来る。


それをイヴは素早い移動で避ける。


《…お前が呼び出した氷魔だろう》


「つまり何?」


《簡単に言えば、ロクに魔術も使えない今の我々に勝てる存在ではない》


「マジか」


ひび割れた氷塊の中から氷像の顔がいくつも現れ、放たれた氷塊は屋上に剣山のように刺さり聳え立つ。

その中から巨大な氷像の兵士が形作られ面をあげる。


「魔術ってあんな事もできるの?」


 呆気にとられて見ていると、氷像が緩慢な動作で斧を振り下ろし始めた。


《あんなものは児戯に等しい…だが悠長な事を言っていると…死ぬぞ》


そう言いつつも、まだまだ余裕のある様子で斧を避けるイヴ。


《さて、どうするか》


「こう言うピンチの時だけ元の姿に戻るとか、変身できるとかないの?」


《………そんな都合のいい"設定"はないな》


なぜかイヴは笑った。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 上階から轟音が響いている。


「あんな派手にやって大丈夫なのかなー」


お茶を置いたアリシアが、呆れたような様子でネーデルに問いかける。


ネーデルは曖昧な表情をして何かを言おうとしたが、一言で済ませた。


「良いんだ、気にしないでくれ」


その顔を一瞥したレニーは、もう少しまともな歓迎方法があるのではないかと考えるが、面倒なのでそれを口にはしない。


「この寮の伝統なんだからっー」


薄い胸を張って言うレモナは、言葉を全て言い終わる前に吹き飛ばされた。勢いよく開かれた扉によって。


「なんなの!」


怒り心頭のレモナの髪が逆立つ。

弾き飛ばした新一年生は慄きながらも説明をした。


「す、すいません、レモナ様!き、緊急事態なんです!魔物です!!」


「へ?」


「はぁ?」


硬直するサロンの一同と、一人不機嫌なレモナ。


 この一年生はいち早くこの衝撃を伝えなければと走ってきた。

たまたまモモの隣部屋に住んでいた為に、この生徒の部屋も半壊してしまったのだ。


「ですから!モモじゃなくて、魔物なんです!」


一同は2度目の言葉を聞いて、ようやく理解したようで慌てる一年生に"呆れた"ように静まった。

混乱する一年生にレモナは憮然として言う。


「そんな事でいちいち大騒ぎしないでくれるかしら?」


「え?」


「あー、やっぱり?モモにしちゃー魔力が大きすぎると思ったんだよねぇー」


アリシアはそう言って欠伸をしながら冷めたお茶に手を伸ばす。


「なんで落ち着いてられるんですか!?」


「だってねえー」


「そんなの決まってるじゃない!」


「魔物相手なら」

「手加減しなくていいし」


生徒達は口を揃えて、そう言った。


「じゃあ、あっちも"片付け"てくるねー」


気怠げな雰囲気のまま、アリシアは茶器を片付けに部屋から出て言った。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「なんか無いのっ!」


《魔法を使うには魔力が足らん》


「じゃあ、いくらか渡せばいいんでしょ!?」


《仕方あるまい…今教え…》


「《…暖かな風をここに》」


 後方から風が吹いた。その風は私達を押し上げて上空へ持ち上げる。

振り返るとその風を放った主が屋上の入り口に立っていた。


「おーい、今から片付けるから、そこにいてねー」


少女は此方に手を振りつつそんな事を言うと、氷塊に向かい杖を振るった。

次の瞬間、屋上は炎の壁に囲まれる。


「イヴ!もっと上に行って!」


急激に周りの温度が上がり、足元を焼かれるような感覚を覚える。


《…落ち着け…我々を焼くつもりでは無いだろう、見ておくといい…どうやら上級生のようだ》


屋上に撒き散らされた氷柱は炎に包まれ、斧を構えた氷像には炎の壁の中から、蛇のような形状の炎が巻きつき、足元を砕き、その巨体を崩し落とす。


瞬く間に屋上は氷の世界から燃え盛る火獄に塗り替えられた。

続いて蠢いていた氷塊へ向かって、上級生らしい少女は杖を構える。


《…しっかり捕まれ》


「何で?」


《今にわかる》


杖構えた先には周囲の炎が渦を巻いて球形に集まる、さながら燃え盛る太陽のように。


そして、少女が杖を振ると解放された小さな太陽が、屋上半分を占める程の大きさとなり、哀れな氷塊の魔物へと放たれた。


その太陽は氷魔を飲み込むと、次の瞬間、爆発した。


「わ、あっつ!ちょっ!もっと上に逃げてよ!」


《騒ぐな小娘、それにしても…子供の割には…大した花火だな》


 イヴは冷静に爆風に乗ってさらに上空へ飛ぶ。

足元には無残な姿になった我が家が見える。


今日からどこに住めばいいのだろうか。

あと興奮していて忘れていたけどそろそろ手が限界。


《む、ちゃんと捕まれ…おい!》


「あー無理だわ、イヴ、どうにかして」


疲れ切った手は滑り、身体は空に。

イヴといえど今の身体だと私達二人を持つのは難しいだろう。

まあ、多分魔法とか何とかでどうにかしてくれるさ。


《魔力がないといったであろうが!》


「あ…」


モモを抱えたまま落下する。

これは死んだかも。

せっかくだし、もう少し楽しみたかったけど。


目を瞑り、落下に任せる、ダメな時はダメだし、生きていたら幸運だ。


ふと暖かい風と柔らかな感触を感じた、まるで誰かに抱きとめられたような。


「無理しちゃあ、ダメだよー」


目を開けると、私とモモは屋上に降り立っていた。

正しくは渦巻く風の上に浮かんでいたと言うべきだろうか。

奇妙な浮力に浮かされた私とモモは、先程火獄を作り出した少女に抱きしめられていた。


「モモちゃんは気絶してるかぁ。じゃあいいや、君は合格って事でー」


初日から慌ただしかったが、この寮の住人?として認められた…のかな?

落ち着いたら急に眠くなって……


「じゃあ…あ、たら…と…あの感じ…うん。私の服をー…ってあれ?」



◆◆◆◆◆◆◆◆



教員室では、アドルノ寮で起きた爆破事件について、アドルノ寮担当教員のメルセンが事務方のクリンに注意されていた。


「また、アドルノ寮ですか…いい加減にしてください、建築魔術も決してタダではないのですよ?」


くどくどと小言を言うクリン、下から見上げながら必至に訴えかけるが、彼女がいくら憤慨したところで子供が癇癪を起こしたようにしか見えない。


「まあまあ、クリンさん、学生のちょっとした失敗じゃあありませんか」


「ちょっと?! ちょっとの失敗で寮の部屋が2部屋を吹き飛んでるんですよ!?」


「…生徒には言って聞かせますので、そこをなんとか…」


「はあ…もういいです…やってしまったものは仕方ありませんし…」


「よし!」


「メルセンさんの給料から引いておくように言っておきます」


「えぇ…じゃあいいですよ…」


「えっ」


「あいつらなら何とかするでしょう、うん、そうだ学生達に修理させましょうそうしましょう」


「えっ」


「じゃあ、上からそう言われてるって事にしとくんで、宜しくー」


「えっ、ちょっ、メルセンさん!」


「じゃあそう言う事でー」


メルセンは足早に教員室を去る。

クリンがそれを追いかけて戸を開けると、既に影も形もなかった。


「逃げやがった!畜生!どんだけ面倒だとおもってんだ!」


一人残されたクリンは書類を叩きつけた後、我に返ってそれを拾うのであった。

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