第5話 第一印象は大事

 教員達の話題は例によって新入生の話題でもちきりであった。今年の入学生から優れた素質も持つ者が何人も現れた為である。


「最上位の魔術適性…か」


「我々の中でも彼女くらいのものでしたな、確か」


「今期は実に優秀なようだ、サドル家の長男に教皇領の次期聖女、位は低いですが軍国の第4王子、それに、校長の娘もおりましたな」


「あの子は……まだまだ子供だ。……なまじ優秀なばかりにタチが悪い」


教師達の脳裏に入学前から学園に出没していた娘の姿が浮かぶ。


「校長によく似ていらっしゃることで」


「その発言は後で報告しておこう」


「おや、校長によく似て優秀であると言ったと、お伝えして頂けるのでしょうか?」


「物は言いようだな全く」


 校長の溺愛ぶりに教員達はかなり辟易してすらいるがその事は外では誰も口にできない。一体誰が犠牲になるのかと思うと気が遠くなる一同であった。


「それはそうとして、あの娘は何故一度も外に出てこなかったのでしょう?あれだけの才を持ちながら…」


 件の娘、裁定の儀にて驚くべき評価を下された娘だ。だが、信じがたい事に、これまで一度も公の場でそれを表した事がないという。


「子供の気持ちなぞ我々にはもう分からないよ」


「それもそうですな」


教員達の他愛ない会話だったが、教師の一人は不自然な印象を拭いきれなかった。

果たしてそんな存在が他に知られずにいられるなんて事があり得るのだろうか……と。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「最上位の適性だってさ!聞いた?イヴ?」


《我輩から収奪した能力で調子にのるな》


 イヴと共に学園の校舎を歩く。最上位がどんな意味なのかは知らないけども、とにかく気分は良かった。


「今となっては私のものでしょう?」


《あやつも言っておったが、使い方もわからん者には過ぎた代物だよ》


「大いなる力には大いなる責任が伴う?」


《わかったような事を…》


 そんな事よりも大事なのは今日のイベントだ。

確かに周りの人間の驚いた顔は愉快だったけれども、それはそれ。

学園でまず最初にやるべき事は何か。


正直に言うとよくわからない。

真面目に通ってはいなかったような記憶しかないし。


「これは、立ち振舞いに気を使わなきゃ?」


《簡単だ、力で支配すればよかろう》


「単純な発想。実にアホロートル」


《言葉の意味はわからないが、侮辱しているのだけはわかるぞ》


「よくわかったね、っとここかな?」


 入り組んだ校舎を暫く歩き、辿り着いた場所はサロンとやら、幸いな事にこの学園ににはクラスルームとかいう空間は存在していないらしい。


まあ、あっても無くても対して変わりはしないだろう、それで違いがあるなら、ジョックとナードは生まれない。


《入らないのか?》


「第一印象は大事。透明化を解いて私の肩に乗って」


《結局威圧するのであれば変わらんだろう…仕方あるまい》


なんで威圧する事になるの?

ちゃんと紹介ぐらいした方がいいでしょう。


「…じゃあ行こう」


扉を開くと生徒たちの視線が一斉にこちらを向いたのがわかった。


 室内には上級生から下級生まで幅広い年代の学生がいるのが見える。

しかし彼らは共通して仕立ての良い服を着ており、見るからに貴族然としたような子供達ばかりであった。


「ようこそ、フーカ・フェリドゥーン。ここが我々、貴族専用のサロンだ。私はネーデル・クラウィッツ。このアドルノ寮の寮長でもある」


そう言って男は歩み寄り、手を差し出した来た。

見た目は長身の優男。

立ち振る舞いは実に上位カーストらしく優雅なもの。私とは縁の無かった人種である。


「これはどうも丁寧にありがとう、これから宜しくお願いします」


取り敢えず握手をした。

すると優男は一瞬驚いたようだった。


《…おい多分違うぞ》


え?間違えた?ここは握手するタイミングじゃ無かった?手を差し出してるしあってると思ったけど。あ、包帯してない手の方が良かったかな?


「……これは失礼、対等な立場でありたいということだね。こちらこそ宜しくお願いします」


優男は勝手に解釈してくれたみたいだ。

助かる。初手で失敗すると取り返しがつかないし。

周りからの視線が一瞬微妙な雰囲気になったような気がするけど、多分気の所為だろう。


「フーカ君、はじめての事で緊張しているのかも知れないが、此処の寮を自分の家だと思ってリラックスしてくれたまえ」


優男は微笑んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 扉が開くと同時に部屋の空気は一変した。賑やかな談笑を斬り伏せ、を纏いその娘は悠々と歩いてくる。


部屋にいる生徒でこの娘を知らない者はいない。

なぜなら裁定の剣にお墨付きを得た者など殆ど現れないからだ。

だが、魔導を志した者ならばいやが上にでも分かる、"あれ"は真っ当な存在ではない。


おまけに肩に乗っている使い魔はなんだ?

一体どこでアレを?幼体であろうと黒竜を従えるなど並大抵の事ではない。


気位が高い事で知られる竜族を肩に乗せるなどあり得るのだろうか?

さらに、上級貴族の手を受け取らず握手するだと?


生徒達の頭の中はこの様な疑問で満たされていた。


「ようこそ、フーカ・フェリドゥーン。ここが我々、貴族専用のサロンだ。私はネーデル・クラウィッツ。このアドルノ寮の寮長でもある」


 静寂を破ったのはクラウィッツ家のネーデルだった。垂れ流されている魔力の瘴気、その中でも平静を保って入られたのは上級生としての経験故だ。


緊張から無意識に瘴気を垂れ流しているのかと思いきや、当の娘の表情には曇りがない。


故にネーデルは作為的であるという事だ。

これ程の魔力を持っていながら、その恐怖を理解していないはずもない。


この化け物じみた娘を部屋から出してしまわない事には、数分の内に下級生の殆どが気を失うだろう、と考え、率先して対応をしたのだった。


「ああ、それで来てくれて何だが、寮の施設を紹介しておいた方がいいと思ってね、案内を…そうだな…」


周囲を一瞥するとハズレくじは勘弁してくれというサインに満ち溢れていた。


「じゃあ、モモ君にお願いしよう…ああ、僕はこの後仕事があってね…」


呼ばれたモモは一瞬心底嫌そうな顔をしたが、それは案内相手のフーカに対してではなく、ネーデルに対してだった。


しかしネーデルは微笑むばかり。

その細い目から意図を汲んだモモからすると、冗談では済まないのだが…彼もまた他の生徒からすれば、あまり逆らいたくない存在ではあるのだ。


家格というのはかくにも威力を発揮する。

もちろん単純なフーカはそんな事を知る由も無い。


「ネーデル様?大丈夫でしょうか?」


彼女達が部屋を出た後、彼に生徒達が寄ってくる。

フーカがいる間は、とてもではないが近づけそうな雰囲気では無かったからだ。


「大丈夫だ、モモ君はーー既に終えているからね」


「何をですか?」


「選別をだよ」


ネーデルはフーカと握手した時に手に付いた真っ黒な液体を拭きながらそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る