第4話 裁定の剣

《おい、早く起きろ、時間だぞ》


「睡眠の邪魔しないでよ、イヴ」


《おきるのだ!》


 入学者試験者用に与えられた部屋で布団に包まっているとノックが聞こえた。


「フーカさん?起きてらっしゃいますか?裁定の儀式を行うので、起きたら大広間まで来て下さいねー」


声の主はそれだけ言うと去って言った。


「なんで起こしに来るのがマヌ爺じゃないの?そうか夢か……」


よし、もう一度寝よう。

寝たら多分現実に帰れる。

目覚めたらあったかい家に。


《おい、寝るなよ。いい加減起きろ……》


……夢なら痛みとか無い筈だよね?明晰夢とかそれでわかるし。


「ちょっと、私の手を噛んでみて」


《……これでどうだ?》


手には硬い物の感触。

でも夢にだって感覚くらいはあるだろう。


「だめ、全然違う。もっと強く」


《こうか?》


全然変わらない。ふざけてるのか?


「いいからもっと思いっきり!」


《……ええい、ままよ!》


ざくり。そんな音がしたような気がした。


「痛いわ!!何すんじゃ!このぼけぇ!」


イヴを振り払う。


《は!? 貴様がやれと言ったのではないか!》


「夢なら痛くないでしょ! なんで痛いんだよぉ! 泣くぞぉ! 泣くからなぁ!」


《いい加減現実を見ろ》


「ドラゴン(?)に現実とか言われたく無いわ!見てよこれ!血だよ!血!」


《治してやろう。『あるべき形へ戻れ』》


 手がほんのり光る。じくじくとした痛みは徐々に癒えて……てない。


《なん……だと……我輩の魔法が効いていない?》


「何だと?じゃないよ!どうにかしてよ!」


《これでも巻いておけ》


どこからか包帯を持ってくるイヴ。


「夢なのに夢じゃないとか、映画の中だけ十分なのに!」


取り敢えず巻いて止血。

ついでに夢である線は消滅した。


「フーカさーん、まだですかー?早くしないと始まってしまいますよー」


「だ、だいじょうぶです!」


「準備が終わったら教えてくださいねー」


「仕方ないか……」


《行くのか?よし、整えるから頭をこっちに向けろ》


「何するつもり?また使えもしない魔法?」


《フン…餓鬼の世話など物の数ではないわ…『我が声に従え、水気よ』》


「冷たっ!何すんだ!」


 頭が急に水濡れに。イヴが何かしたらしい。

水が一人でに髪の中を泳いでいく。妙な感覚だ。


《黙っていろ、…よし、こんなものか。『除湿』》


濡れた髪の毛が一瞬で乾いた。髪の毛に悪そう。


「そっちは詠唱とか無いの?」


《これは魔法では無いからな、ほら、結わいてやるから大人しくしていろ》


イヴは慣れた手つきで器用に髪を結っていく。


「髪結うのに魔法使わないんだ」


《……よし。『この娘に衣を与えよ』》


イヴがそう唱えると、着ていた寝間着が妙に仕立ての良い服に変わる。

すごく野暮ったい。


「……なんかお婆ちゃんの家のカーテンみたい」


《……文句が?》


「変な草とかギザギザの模様要らないから。あとスカート長過ぎ」


《伝統的な紋様で……》


「これしか出せないんじゃないの?」


《ならば貴様の望む通りにしてやろう》


そして、軍服っぽい何かが完成した。

高校の制服的な奴を作って欲しかったのだけども。

まあ、まともなスカートを作れたから許してやろう。


「……まあ及第点かな?じゃ行ってくる」


《ここまで細かい作業を要求されるとは……だが……もう少し魔術師らしい服装をした方が……》


部屋を出ようとすると、イヴまで付いてきた。


「留守番した方がいいんじゃない?」


《離れすぎると消滅するだろうが》


「真面目な会に動物連れてくとかヤンキーじゃん」


《ヤンキー?まあ、人族の目なぞ容易に欺けるわ》


そう言って肩に乗ったイヴは風景に溶ける。


「便利だなぁ、私もそうやって消えられたら楽なのに」


《お前それでも英雄の孫なのか?》


「さあね」


扉は力を入れずとも軽く開いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 エルマイス魔術学園は裁定の剣という、意思を持つ剣を使って、適性を見極め、入学試験としている。

今日もまたその作業はつつがなく行われる……筈だった。


その娘は深い紅色の外套を纏い、ゆったりと歩いてきた。


「ではフーカさん、その剣を握ってください」


 教師のクリンは少女に指示を出す。

回復魔術教師である彼女は、この儀式の担当では無かったが、面倒がった同僚に押し付けられていた。


「はい」


少女は微笑を浮かべながら握った。しかし、剣の反応はない。


「どうしたのかしら?裁定の剣さん?」


クリンは剣に問いかけるが、何の反応も帰ってこない。


「困りましたね、看破系の使い手は出払ってますし……」


「……なにそれ?」


 俯きながら少女は小声で言う。

クリンはその歳まで外に出た事がないと報告を受けていたので、その態度に疑問は抱かなかった。


「調子が悪いのでしょうかね」


クリンはなるべく刺激しないように言葉を選んだつもりだった。


「じゃあわざわざ口に出す必要なくない?」


「えっ、あの」


しかし失敗ようだ。何が地雷なのか不明だった。手早く儀式を終わらせたいクリンは面倒になってきた。


「……もしかして他の人には声が聞こえてなかったりして」


少女が呟く。


「え?聞こえてるんですか?」


「え、聞こえてますよ?」


剣の声が聞こえて当然というような顔でそう言った。


「なんて言ってるんですか?」


「……"我輩の声が聞こえないのは才能の問題だ人族"」


「そんな喋り方するんですか!?」


クリンの印象とはまるで違う様子であった。


「知ってる限り、いつもこんな感じですけど」


「え?いつも?」


「正確には少し前?からだけど」


 確かに儀式ではない時も広場には来れるし、剣に触れることもできる。子供であるし、言葉の間違いくらいはあるかと納得するクリン。


「えっと、じゃあ適性の方を教えてもらえるかな?」


「あ、"勝手に我輩の言葉を人族に伝えるな"って」


「そんな事言われましても……一応お仕事ですし」


「んー、お仕事なんだってさ、言ってあげてよ」


剣から顔を背けながら言う少女。


「何処を向いて言ってるんですか?」


「え、こっちにいるから」


「前じゃなくてですか?」


「前にいるほうがいいの?」


「動くんですか!?」


「動いてますよ?飛ぶし」


「飛ぶんですか!?」


クリンは混乱した。裁定の剣の声も聞こえなければ、少女は剣が動いたり飛んだりすると言う。


「ところでこれって何なの?」


少女が裁定の剣を差し出す


「これは握った人の魔術適性を判断してくれ……えっ!? なんで抜いてるんですか!?」


「なんか抜けた」


「なんか!? 別に私の前に出さなくていいですから、飛ぶ前に戻してください!」


「えっ、飛ぶの!?」


「そう言ったじゃないですか!?」


剣が抜けるなど前代未聞だった。


「そっか……飛ぶんだ……」


あっさり台座に戻される剣。


「それで……適性はわかりましたか?」


気を取り直してクリンは尋ねる。


「"この程度も分からんのに教師とは恐れ入った"ですって」


「……ちょっと交代してもらいますね」


クリンはもう限界だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ちっさい先生はどっか行ったし、謎の儀式の真ん中で置いていかれた。


え?どういう事?イヴの言ってる事が聞きたいって言ってたのに。


とにかく結果を教えてほしい。


《先程言ったように念話すればいいだろう?》


「……念話?」


《声に出さずとも会話をする方法だ》


いやそりゃ聞いた事くらいはあるさ。


「でもどっちかっていうとSFよりだね」


《……なあ、先程、我輩には貴様の思考が聞こえておると言ったよな?》


やっぱり口に出さなくて良いの?


《その通りだ》


危ないところだった。気をつけなきゃ。

それで念話ってどうやってやるの?


《……そうだな。線を繋ぐ想像をしろ。それだけで済むだろう、できなければ資質はない》


握った剣に向かって線を繋ぐイメージを浮かべる。すると、視界に一瞬火花が飛ぶ。


《どうだろう?聞こえますかー?》


《……好き勝手してくれたな。気配がなくなったと思えば、そういう事だったか》


イヴとは違う声が聞こえた。


《何のこと?》


《よくも抜け抜けと。仕出かした事の意味がわかっているのか?》


《え、なんかしたの?私》


《その魔力は悪竜のものだろう?》


《悪竜?イヴの事?》


《本質を見抜けなかったのだな……あの馬鹿者……》


《なんでもいいから、はやく適性教えてくれない?》


《ああ、良いだろう。伝えてやる》


「裁定の剣がこの者の才覚を告げるッーー」

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