第3話 旅立ち

 家の付近は相変わらず焦土のままだった。

けど見ない間にほんの少しずつ草が生え始めていた。


「どうじゃ?お前が吹き飛ばしたとて、いずれは元に戻っていくのじゃ。それは人界じゃろうと、ここじゃろうと変わらん」


人界とかはわからないけど、まあ言いたい事はわかる。


「草はそうでも生き物はそうはいかないでしょ……?」


「思い上がるな、お前程度にやられる者なぞそうはおらんわ」


「でも……」


「よかろう、身の程を教えてやるわ」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「よく狙え、お前の全力を持って打ち込んで来い。さもなければ前のようにお前を切る」


 荒野に立つマヌチェーフルは剣を向けそう言った。


切るって一体何を言ったんだろ私。

いや、フーカちゃんの事言ってるのかな?


「い、いいんだね?本当に、マヌ爺ちゃん吹き飛んじゃうよ……?」


「できるもんならやってみい!舐めるのも大概にするんじゃな!」


《クハハッ!まるで親殺しの儀式ではないかっ!我輩も手を貸してやろう!お前より永年封じてきたあやつの方が憎いしな!》


イヴはノリノリで爺さんを吹き飛ばそうとしている。いくら弱くなっても、悪者の性は変わらないのか。


「まだ気が乗らんか、では賭けをしよう。もしわしが倒れたらこのまま暮らす事を許そう!」


「え!いいの!」


なんという僥倖。だったら手を抜く必要はない。

本気でもこの爺さんが死ぬとは思えないし。


「ああ、わしを倒すような奴に言う事なんぞ無いわ。好きにするといい。なんなら共に酒でも飲もう」


「やった!」


「じゃが、いいな、わしが無事だったのなら、お主を人界にある全寮制の魔術学園に入学させる!無論生徒は酒なぞ飲めん!」


 魔術学園、一度も聞いたことの無い言葉だったけども、学園というだけで私が全力で退けるに値する響きだし、何より禁酒は頂けない。


というか全寮制はやばい。

何がやばいってまず間違いなく地獄が待ってる。

芸人が後々ネタにするレベルの奴でしょそれ。


「しばらく行っとらんが、今の魔術学園には人界で最も優れた魔術師がそろっておるらしい、お前の魔力が多かろうと問題ないじゃろ」


「らしいって誰から聞いたのさそんなの!」


「チラシじゃ!人界に買い出しに行く時に配られておってな。お子様の性根を叩き直すのにもオススメだとかな!」


かなり予想に近そうだ。

なんとしても勝たねば。というかなんだチラシって。


児童期の青春は繰り返すものじゃ無い。

あんなもの二度はごめんである。

そして、私の青春の証は酒杯の中に飲み煌めくのだ。


「学園なんて知ったことじゃない、だけどそれはダメだよ。マヌ爺。私の心に火をつけたよ」


《よし!吹き飛ばすぞ小娘!詠唱はできるな!制御なぞ気にするな!なにもかも滅ぼせ!》


「うるさいな」


《ぐあぁ!》


イヴを魔力を集中させた拳で叩き落とす。こいつから教わったのはこのくらいだけど、こいつを黙らせるのには役に立つ。


「さて、あとで泣いても知らないから!」


「お主のように夜中にピーピー泣いたりせんわ!」



そして勝負は一撃で決した。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 サスペンションなんてあるわけなかった。


「馬車ってさぁ、お尻痛くなるんだね」


《何を当たり前のことを。我輩のようにほんの少し浮かべば良い》


「そんな事が出来るなら、荷物検査も気にせず酒精なんて幾らでも……」


乗り合わせた子供に見られた気がして口を閉じる。

相乗りが一人だけで助かったかもしれない。

私が今隠してるものがバレたらタダでは済まないし。


いや、それなら自由の身じゃない?


《お前の考えるような事はすでに対策済みらしい、脱走や退学はすぐさま報告され、あやつが駆けつけるそうだ。……年老いても英雄の端くれ、文字通り飛んでくるだろうな》


……うわぁ、下手なことできないじゃん


《喜べ、余程の事がない限り介入は、しないそうだ。安心して学ぶといい。人族なんぞから、何を学べるか知らんがな》


「あ、あの……き、君も魔術学園に?」


 フードを被った子供が話しかけてきた。今までだんまりで安心してたのに。急に話しかけてくるなよ。敵か?


《落ち着けよ。相手は子供だ。我輩が見えているのに、こんな場所で危害を加える奴はおるまいて》


「トカゲは黙ってて」


「ぁ……トカゲ……?その黒竜とお話しできるの?」


「え?うん。そうだけど」


「す、すごいね」


「え。あ、うん。ありがとう」


そして沈黙。会話は続かない。

続くような話題もない。

寧ろ今の私と同年代の子供は何を考えて何を思う?


以前の経験で言うと、自我が存在しているのかすら、分からないような感じの子供が多かったような。

それが恐ろしい。

その無邪気さは残酷さと隣り合わせなのだから。


 ひたすら走り続ける馬車の車窓から見える景色はどこも山や草原、乾いた土地。やたらと幅の大きな川。


この世界に来る前に画面越しに、あるいは写真で見たような風景が流れていく。


見慣れていた所為なのか、大きいな、と思うだけで意外と感動はしないものだった。


ほとんど変わらない風景を見させられ続けているからかもしれない。なんなら最初だけは雄大を感じたような気がする。


「まだ着かないのかな」


「……到着は明後日だよ。馬も休ませないと」


どうやら暫くはこの景色を見続ける事になりそうだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 そこは、画面越しにも、写真でも見た事のないような不可思議な街並みだった。


いや、多分ゲームの画面越しには見た事があるのかもしれない。


「ようこそ!ココがエルマイス魔導王国だよ!」


峠から街を見下ろしながら、御者が陽気に言う。

街は華やぎ、快晴の空の下、人や物が行き交っているのが遠目にも見える。


私が入学するらしい魔術学園とやらは、探すまでもなく目に入った。

装飾された壁に囲まれた巨大な敷地がそこにあったからだ。


「よかった。山に囲まれた湖の中とか、真ん中に川が通ってる城塞都市とかじゃなくて……」


《何か問題があるのか?》


「また同じ街じゃん、って言われるから」


《相変わらず意味が分からん》

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