第12話 イジメの代価

 秋も深まり肌寒さも厳しさを増して、街路樹のイチョウも黄色く色づき始めた、そんな季節。私の手には、先日に家電量販店で買ってきた『ICレコーダー』があります。それを、校舎の裏庭の植え込みに、録音のボタンを押してからソッ…と置きます。


 程無くして、男女の集団がこちらにやってくる音が聞こえてきます。私は何食わぬ顔でその場を後にします。後は、しばらくしてから録音したICレコーダーを回収するだけ。


 私がした事はそれだけでした。


────────


 それから数日後。


 私はお昼ご飯を食べるため、という名目で屋上に行きます。普段は鍵が閉められて入れないのですが、その日は鍵がかかっていないため、普通に入れます。もちろん計算通り。


「お邪魔しまーす」

 何食わぬ顔で屋上に上がると、出入り口の扉から出て左のフェンス。その身長の倍くらいある緑色のフェンスの外側に、ひとりの女子生徒が立っていました。ショートボブの髪と膝丈のプリーツスカートが風になびいています。


 私が屋上に入ってきたのをその女子生徒が気付くと、身体を強張こわばらせて警戒心を露わにします。

「ちょ、こっちに来ないで!」

 荒げた声が、秋の乾いた空に響きます。

 私は慌てる事も無く、落ち着いた声で返答します。

「あー。大丈夫。何もしないから。ここでお昼を食べさせて」

 そう言って屋上の地べたに座り込み、膝の上にコンビニで買ったサンドイッチとおにぎりを乗せ、アイスのストレートティーを添えてお昼にします。


「……。何よ、止めないの?」

 いぶかしがるフェンス外の女子を気にするでなく、私はそのままお昼を食べ続けます。おかかのおにぎりを食べ終わった所で、ちょっと私から話しかけます。

「2万円。それだけ支払えば、貴女が受けているイジメを止めるアドバイスをするわ。どうする? 聞くだけならタダだよ?」

 「ギョッ」と目をむく女子。そう、彼女はイジメられているのです。それも同級生の男女グループに。もちろん歯向かえる訳もありません。


「アドバイス…? 一体それは何?」

 私の話を聞く気になったのか、フェンスを掴んで私に問いかけてきます。そこで私はひとつのアイテムを取り出し、床の上に置きます。

「ここに貴女がイジメられている音声が記録されてるわ。これを証拠にして、地方法務局の人権相談の窓口に助けを求めてみる、のはどうかな? 先生たちや警察だと、揉み消されちゃうかも知れないから」


 私の言葉に耳を澄ませ、私の顔と床に置いたICレコーダーを交互に見比べ、どうやらその女子は自殺を思い止まったようでした。

「とりあえずICレコーダーはココに置いておく。好きな時に取りに来るといいわ」

 そう言ってお昼を済ませた私は、サッサと屋上から出て行きます。その後少しの間をおいて、フェンスをよじ登る音が聞こえました。もう大丈夫でしょう。



────────


 それからすぐに、彼女は転校しました。行き先は私も知りません。

 それからさらに数日後、警察の人たちが8人来て、男女のグループをパトカーに乗せて連れて行きました。あのイジメをしていたグループです。おそらく傷害・脅迫などの疑いで補導、という事なのでしょう。

 それで事態は終わり。




 さらにしばらくして、私宛に現金書留の封筒が届きました。差出人は自殺しようとしていた彼女。中にはちゃんと2万円、入っていました。


 私がとった方法は、間違ったやり方なのかも知れません。ただ、言葉をかけて止めるだけでは、問題は解決しなかったでしょう。こんな解決方法もある、そう私は私を納得させたのです。

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