第9話 『聞いてちゃん』

 冬の厳しさもジワジワと強まってきたある日、私の所にひとつの相談が持ち込まれました。

 相変わらず放課後の教室で相談を聞くのですが、授業も終わって部活に向かう人たちが多いので、教室の暖房は切られてしまうのです。

 温まっていた教室の空気が、ゆっくりと冷えて固まっていくのを感じると、冬が到来したと感じます。私はいつでも外に出られるよう、マフラーを首に巻いて手袋を机の端に起き、お話を聞く体勢になります。





 その日に相談に来た子は、前金として用意するはずのペットボトルの紅茶を用意していませんでした。私が座っている席の反対側に椅子を引き寄せて、私の正面に座ります。


 そこからが厄介な時間の始まりでした。


「1組の〇〇くんと3組の●●さんが付き合っているらしいのよ。全然不釣り合いな二人だと思わない? しばらくしたら別れちゃうわ」

「生物の先生って、太ってて無精髭だし、キモチワルイよねー。結婚してないって話だから、きっと童貞だよ」

「学校の北にある2丁目のケーキ屋さん、生クリームの味はイイんだけど、スポンジがボソボソだね。あのお店すぐに潰れちゃうわね」

「紅茶だったら、玄関入った所の自販機の無糖ストレート、あれが美味しいよね。アタシも買ってる」


 とにかくに喋り続けるのです。それも話題は、アッチに行きコッチに行き。相槌を打つのも遅れるくらい。そして言葉から感じられる『色』と『匂い』もコロコロ変わって、マシンガンのように私に叩き付けられます。


 そう。彼女はただただ「話を聞いて欲しい」だけなのです。その相手として、私が標的になった、というだけ。私にとっては迷惑極まりないですね。


 こういう手合いの事を、私は『聞いてちゃん』と呼んでいます。『聞いてちゃん』は、ただただ話を聞いてもらって、ストレスを発散したいだけなのです。





 その『聞いてちゃん』のお話が二時間も続いた所でしょうか。私は相槌を打つだけで一言もしゃべっていません。その彼女から、「はい!」と手の平を差し出されます。その意味がわからず、私は小首を傾げます。


「何してんのよ。情報提供したじゃない。だからその代金をちょーだい♪」


 何と図々しいのでしょう。彼女は自分のストレス発散のお喋りを、情報提供と履き違えて、私に金銭を要求してきたのです。ちょっとカチンと来たので、私は一度ゆっくりと深呼吸をして、優しく且つ冷たい印象になるように、言葉を吐き出します。


「貴女の言葉はただのお喋り。その程度の情報なら、私は全部知ってるわ。それに『1組の〇〇くんと3組の●●さんが付き合っている』事だけど、もっと詳しい情報を私は知っているの。価値の無い情報に対価は支払えないわよ」


 サッと顔色が青くなる彼女を尻目に、席を立ち手袋を付けて、彼女の横をすれ違って教室を出ます。その時にさらに言葉を重ねます。

「それに、貴女が木場くんの下駄箱に手紙を置いたのも、私は知っています。その結果もね」

 それがトドメになったのでしょう。彼女はうつむいて床を見る事しか出来ませんでした。





 そんなこんなで、疲れるだけの相談でした。まあ、情報の裏が取れただけでも、収穫でしょうか。

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