第3話 好きな音

 耳が良すぎるというのも考えもので、いわゆる普通にテレビやラジオから流れてくる音楽、それからコンサートなどで奏者が奏でる楽器の音、普通の人たちには綺麗の聞こえているそういったものでも、私にはかなり大き過ぎてしまいます。


 それに『共感覚』のおかげで、その音楽に込められている奏者の感情などが『色』や『匂い』で私に叩きつけられるため、五感すべてに様々な刺激が加えられて、脳がシェイクされているような錯覚すら覚えてしまいます。私にとっては強過ぎるのです。


 なので、まともに音楽は聞く事が出来ません。学校の音楽の授業では、とにかく耐えてその場をやり過ごすのが、いつもの事になっています。こっそり耳栓をしていたりするのは、ナイショのお話。





 そんな私でも、好きな音楽…いえ、音色ねいろと言った方がいいでしょうか。そういうものがあります。


 それは『オルゴール』の音です。


 金属を弾くささやかで綺麗な音色で、何より奏者の感情が込もっていない機械による音楽なので、純粋に音だけを楽しむ事が出来る訳なのです。





 そして私なりの楽しみ方、というのもあります。それは、『ベッドの布団の中で鳴らす』というもの。


 実はオルゴールでも、私にとってはなかなか音量は大きいので、音を緩衝させて小さくさせるため、布団を被せた状態で鳴らすのです。ベッドの掛け布団をまくり、そこにゼンマイを回したオルゴールを置いて、手を離して音が鳴る前にすぐに布団を掛けるのです。布団を通して音が鳴る訳ですから、他の普通の人たちにはほとんど聞こえないくらいです。そのくらいが、私にとってはちょうど良い感じになるのです。


 このオルゴールの音を聞きながら、次の中間テストや期末テストの勉強をする。それが私の日常になっています。今は、理科の化学で『分子式』の勉強をしています。なんだかパズルを組み合わせているような感じで、炭素は手が4本とか二重結合とか、なかなか難しい……。





 二階で勉強に励んでいる私の下では、母がキッチンで夕飯を食べ終わった後の食器洗いをしています。「キュッ、キュッ」と磁器のお皿とスポンジが擦れ合う音が聞こえてきます。


 父は一階のリビングの床掃除です。使い捨てのウェットシートを巻き付けたモップで、「スーッ、スーッ」と板張りの床を磨いています。


 そんな私の家の日常の音を聞きながら、今日も勉強に勤しむ私なのです。

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