第20話  戦闘前夜

波の音が聞こえる。それに、この香り――――。

(懐かしい、どこかで嗅いだことがある・・・。どこでだったかしら)

――これは、そう、セスティーナ様に手を引かれ、日本行きの船に初めて乗ったあの時、初めて海辺を見た、港町の香り・・・。

(そうだわ、磯の香りだわ・・!)

意識はそこで目を覚ました。

瞼が開き薄暗い光景が映し出される。

ここがどこなのか、わからなかったがとりあえず上半身を起こすと周囲のガサガサッとした音が聞こえてきた。

(え、何?なにかいる!?)

身を縮め、視線の先にいる者へ構えたが、特に何も起こらなかった。それどころか周囲に気を張り巡らしてると、段々と眼が慣れてきて牢の中がうっすらと周囲が見えてきていた。

そこにはドレスを着た2人の女性たちがいた。

「気づいたのね。良かったわ。あなた、大丈夫?」

よく見ると、二人の女性が着ているのは宮廷や貴族が着るような華やかなドレスを着ており、幼さを残した年の若い女性が話しかけてきた。

「あ、はい。あ、貴方たちは?」

「私たちはモーリア家の者です。私はシルフィア。こっちは、乳母のサラと言います」

――――モーリア家。どことなく聞いたことのあるような家の名前だ。

一瞬思い出せないでいたが、セレナは聞いた過去を思い出した。

「あ、もしかして、連れ去られたっていうモーリア家の!行方不明の人たちですか?」

「やっぱり!捜索されてるんですね、私達!」

「ええ、ビラとか配っていると聞いています」

セレナが言ったことは本当だった。

子供だった頃に比べ行動は落ち着きを見せているが、物事に興味が尽きないのは変わらず、成長したセレナは今でも、ユーナや他の使用人たちから屋敷の外で流行っているもの、大きな事件など外の様子を聞くことが多かった。

捜索されていることを知った二人は、ワッとお互いの手を取り合って、喜び、お互いに嬉しさを爆発させている。そういうところをみると、この牢で結束を高めお互いにつらい時をしのいでいたのだろう。そうでなければ、薄暗い牢の中での生活は女性にはキツイはず。

喜ぶ女性たちを前に、自分にも幾分か心の余裕が出てきたので、ここがどこなのか周囲を見渡してみた。鉄製の扉以外は出口はなく、小さい部屋のようだった。

暗闇にも慣れてきたので、とりあえずいろいろ質問したいことがセレナには湧き上がってきていた。

「すみません。ここはどこなんでしょうか?」

「――残念ながら私達も、ここがどこだかわからないのです。ただ、海の、潮の匂いや微かに波の音も聞こえてきますので、海の近くだとは思いますが・・・」

「そうですか・・・。ここに来られたのはいつなんですか?」

「さあ。わたくし共は恐ろしさのあまり最初、気を失っていたので・・・」

深窓の令嬢が話していると、傍にいた乳母のサラが涙を浮かべていた。

「どうして、私達がこんな目に合うのでしょう!ああ、恐ろしい。一刻も早く、ここから寝げ出したい!」

そう言うと、乳母のサラは泣き崩れてしまった。

「サラ、しっかり!ああ、取り乱してしまってー。すみません、サラは心労がたたっておりますので、また後で・・」

見守る乳母に動揺させてしまったようだ。介抱する令嬢に罪悪感を感じたが、ここは他人も同然な自分が手助けも出来なかった。

暫くしてすぐにサラは泣き疲れて眠りについていた。

そのため、必然的にすることがないのでセレナはシルフィアという令嬢と話をしていた。

「ごめんなさい。サラは私よりも繊細な性格だから、疲れているの。だから、すぐに横になる時間が増えちゃって・・」

「―――いえ、大丈夫です。どうかお気になさらず。とにかく救助を待ちましょう」

「ええ」

こうして、牢というべきこの部屋に入れられてから3日経った。

部屋に閉じ込められている間、三食の食事は子分らしき若い男性が運んでくれる。だが、人が行き来する扉は開くことはなく、食事用なのか、床に近いところに小さな窓みたいなのがあった。そこからは、食事のトレイがギリギリ通る大きさだったので、そこから食事が渡されるのだった。

そして食事が終われば、特にやることもなく――。

(どうしよう・・・ヒマ過ぎる!)

することと言えば、屋敷の皆がどうしているか気がかりだったり、もう日本行きの船が港に到着してるんじゃないか、と心配するのだが、結局はあの方のことを考えている自分がいた。

カイン様は元気にしているだろうか?薄情にもいなくなった私を怒ってるかもしれない。メイドという使用人の身分でありながらカイン様と喧嘩のような形で姿を消したのだ。

(カイン様はもし救助された私に、会ってくれるだろうか・・・?)

セレナの問いに答えてくれる者はいない。

誰かにあてた問いは空回るばかりだ。

そう考えていたときだった。

「ねえ、セレナ。わたし、そっちに行ってもいいかしら?サラが寝ちゃってるし、誰かの横に居たいのよ」

シルフィアが話しかけてきた。

「ああ、いいですよ。どうぞ、こちらへ」

シルフィアは笑顔になりながらセレナにくっつき、横へ座る。

こうしてみると、気丈に振舞っているようだが、年頃の少女らしく甘えん坊なところがあるみたいだ。なぜだか、シュバイツア家にいた後輩メイド、オリヴィアと影が重なる。

ここ数日一緒に生活をしてきたので、親近感も自然に湧いていた。思い切って最初に聞きづらかった質問、盗賊団に連れてこられた経緯を訊いてみることにした。

乳母のサラが寝ているためか、シルフィアは静かに語ってくれた。

屋敷に盗賊に入られているところに、たまたま居合わせた二人は、口封じとして盗賊団に連れ去られて来たという。

「そうだったんですね、心情お察し致します」

「ううん、大丈夫よ。捜索活動されてるって聞いて、こっちもだいぶ安心したわ」

ニッコリ笑う令嬢をみて、セレナはシルフィアにいい印象を持ち始めていた。

なかなか芯の強い女性の様だ。

「ところで、ねえ、セレナ?服装見る限り、貴方、お屋敷のメイドよね?」

「はい、そうですが」

「こう言ってしまったら、失礼だけど、白い髪でメイドしてるなんて珍しいわね。何かで染めてるの?」

閉じ込められてる部屋には、壁には空気抗とおぼしき、赤子が何とか通れるくらいの小さい窓があった。差し込む月の光によって辛うじてお互いの顔が見える程度。セレナの髪は、捕らえられたときに引っ張られたせいでお団子は解け、白い髪は背中まで流れていた。そして、壁から漏れ出る月の光が入った部屋からセレナの髪はまるで絹糸の様に光るのだった。

「いえ、これは、染めてないんです。この髪は生まれたときからで・・・」

シルフィアが、意外にも聞き上手だったこともあり、セレナは自分の出生を説明した。

日本人であり、貴族の人に買われてこの国に来たこと――。

「そうなのね。貴方も苦労してるのね・・・。私も、こんな目に合って、なんてついてないのかしらって、悲嘆に暮れてたんだけれど―――」

シルフィアは、周囲を目線で見回す。

冷えたレンガが敷き詰められているような牢ではなく、普通の一室なのはありがたかったが、唯一のドアは叩いてもびくともしないので施錠がされているはずだ。

「私達、これからどこに連れていかれるのかしら?それとも、売られるの?人身売買に――」

「シルフィア様・・・」

セレナは励ましたかった。

だが、これまで何日も閉じ込められた相手に、今のこの状況を否定することも躊躇ためらわれた。気休めの励ましは何の力にもならないだろう。寧ろ、心の奥底に虚しく響くだけ。

「私だって貴族だけれど、身寄りも、お金もない女がどうやって生きてるかそんなことぐらいは知ってるわ。春を売ったり、奴隷として暮らしていくしかないってことぐらい。最初、私も希望を持ったわ。誰かが助けてくれるって。必ず、皆が助けに動いてくれるって。けど、捜索されてても、私達の存在がわからなければ同じなのね・・・。ここに来て、ずいぶん経ったわ。もう――、待つのも疲れてしまった」

涙を流しながらそう話すシルフィアを、セレナは静かに外からの波の音と共に聞いていた。

「――シルフィア様。人生に・・・、後悔はありますか?」

「後悔?そうね、いつも心配させてたお父様やお母さま、あと、私の弟にもう二度と会えないこと。そして、最後に恋人に、会いたいわね・・・」

シルフィア嬢は、セレナの肩に寄り掛かりながら、涙が頬を伝う。

二度と会えないこと。それは、永遠の別れ。

彼女が涙するのは、愛しい人に会えない悲しさ、それとも、やってくる悲運なのか・・・。どちらにせよ、シルフィアの姿は過去の自分・・・・10歳の自分を連想させた。

――異形の自分を育ててくれた両親、そして幼く放浪するところだった私を育ててくれた神父。

幼い頃、神父様までもが亡くなった日、日が沈むまで墓の傍に寄り添い、全身で啼泣した。

あの時の自分は今でも鮮明に覚えている。

置いて行ってほしくなかった。もっと、傍にいて欲しかった。

そんなことを泣きながら自分の境遇を嘆いた。

日本での季節折々の自然を、生まれた場所で、一緒に生きたかった人たちがいた。

ずっと夢でもいいからと逢いたかった故人たちは空へと遠く、今を生きる自分の心の中にいたのは、あの人――カインのことだった。

このまま別れて、誰かに物のように売られれば二度と会うことは叶わない。

これが好きになった人との離別になるのだろうか。

皆との思い出も、カイン様の友人との楽しかった記憶さえも、あの屋敷に置いたまま――。

長く授業を通しながら、日記で心を交わす楽しさも、いつの間にか好きになっていた幼い頃の思い出・・・・。

このまま好きと伝えないまま去っていくしかない自分・・・・。

もしそうだとしたら、それは悪魔のシナリオ。

「―――――わかりました。ここで救助を待っても来ないなら、私達で動くしかないんですね」

「・・・セレナ?」

「昔、私に生きる術を教えてくれた方がいました。その方は、幼い私が一人でも生きれるように、私に山や海で役立つことを教えてくれたんです。ほんの短い、2年間だけでしたが・・・。だから、私、しっかり最後まで生きなきゃ、その人に怒られちゃうと思うんです。天国で怒られるくらいだったら、私、死んだときに褒められるような、精いっぱい頑張った生き方がしたい」

「ど、どうしたの、セレナ?」

「大丈夫です。私がお二人を逃げれるよう手伝います。私達、ここから逃げましょう!」

「セレナ、貴方、本気で言ってるの?」

シルフィアは、『正気!?』とでも言いたげな驚いた顔をしていた。

「はい、勿論です。私、いろいろ習ってたんですよ、神父様に。あ、神父様っていうのは、両親亡くなった後、私を引き取っていろいろ教えてくれた方です。とりあえず、救助が望めないとなると、あの扉をどうにかして出ないといけませんね」

「ちょ、ちょっと待ってよ。どうやって、出るというの?施錠されてるし、出れたとしてもこの建物がどうなってるかも知らない、私達よりも大きい屈強な男だちがいるのよ?女の身ではとても出られないのよ、すぐ捕まってしまうわ」

セレナの提案に、シルフィアは考えられるあらゆる想定を苦言した。

「私がいまポケットに持ってる小型ナイフがあれば、勝算はあります」

「どうやって、この扉から出るのよ?」

「扉は簡単に開けれます。ナイフを使わずとも」

「お耳を貸してください」と言って、セレナはシルフィア嬢に耳元で話し始めた。






青年団のアジトの、お世辞にも綺麗とは言い難い地下室の部屋にカインはいた。部屋の中央には、大きな円卓があり、上にはこの街を詳細に描いた地図が広げられている。カインは地図を長いこと見つめていたが、ふと話し声が聞こえ顔を上げると、部屋の入り口でジョルジュと子分が何か話をしているようだった。

「――わかった。引き続き、お前たち、聞き込みの範囲を広げて、聞きに回ってくれ」

「「はい!」」

パタパタとかけて行く子分の少年達から何かの報告を受けたジョルジュは、遠く離れた場所にいる俺と視線が合うと、首を悲しげに振った。

(ベルジャン地方もダメだったか・・・・)

カインは苦々しく、円卓にある地図に✖を書き加えた。

カインの屋敷も入る市街地の地図には、それぞれ8方向に区切られており、既に地図上には沢山の黒く太いバツ印が書かれている。

これで、頼みの綱だった最後の地区も、有力な手掛かりがないまま全滅ということになる。

セレナが屋敷から消息を絶ってから三日が経とうとしていた。

友人たちやその子弟たちの協力を得て、大規模な捜索が行われていたが、一向にセレナに関する情報は集まらなかった。

盗賊団は叔父さんの部屋から金と数多くの美術品を大荷物を盗み出したのだ。必ず沢山の馬車を盗賊団たちは走らせているはずだと、最初はそう考えていた。だが、列となって大移動する不審な馬車の目撃情報は聞かれず、カイン達の予測とは違って早くも捜索は難航していた。

部屋の中にいる友人たちも、全く情報がない事に焦燥たる顔色を隠し切れず、今日も円卓の周りで話し合いが行われていた。

「これで、市内でセレナを乗せたと思われる馬車の目撃情報は無しか・・・・・」

「カインの叔父さんが寄こした手紙によると、やっぱり日本行きの船が来る港にも来てないそうだ。それに夜の明け方に探しても屋敷から消えたまま・・」

「どうする、カイン。市内に散らばってる子分たちの情報網を駆使しても全滅だぞ」

「水道管の裏の道も、路地裏もダメ。手がかりがなさすぎる。やっぱり、セレナは一人で屋敷を去ったっていうよりも、盗賊団に攫われた可能性が高いな・・・・」

それぞれの心中を吐露した五人は、ある考えに達しようとしていた。

『―――捜査方法を変えるしかない』

それが、ここに居る五人が三日間捜査に費やした結論だった。

「もう一度盗賊団を洗いざらい調べてみよう。一人で考えさせてくれ」

そう言って、カインは友人たちの輪から外れ、少し離れた場所で一人、思考を巡らせるのだった。

そして、一時間後―――。

ようやく盗賊団の手がかりがカインの中で導き出された。

(これしかない・・・・!)

そして、必ずセレナを助け出す!

—―そう決意を新たに、カインが友人四人がいる方向を見ると、そこではまだ話し合いが行われていた。

全てを聞き取れたわけではなかったが、「—―そうだよ、あれのことだよ。カイン、またぶり返さなきゃいいけどな・・・」

「いや、俺は、見つかったが最後、盗賊団全員には明日は訪れないと・・」

と、友人達の会話を途切れ途切れで聞いた限りでは、何やら自分のことらしかった。

普段であれば、なんの噂話だと問い詰めるカインだったが、いまはセレナの安否がそれ以上に気がかりなので声をかけるのだった。

「おい、みんな!」

「わっ!!な、なんだ?カイン!?驚かすなよ」

何故か異様に驚かれたが、今は気にしてる場合ではない。

「別に驚かせてないだろう。それより、これを見てくれ。また作戦会議するぞ」

円卓の上に地図を広げ、カインの説明に四人は耳を傾けてくれた。

「色々考えてみたんだが、やっぱり時間がない。奴らの行動パターンを調べてみたんだが、すぐに遠くの場所へと犯罪場所を変えては転々と移動している。例えば、国の端の場所で犯罪が起きれば、2日後には最初の事件発生現場とは別の遠い場所でまた同じ犯行だ。このことから、たぶん奴らはアレを使ってるはずだ」

「なんだよ、アレって」

「ジョルジュ、俺たちの社会で一番長距離に長けて、早いのはなんだ?」

「―――船って事か?」

「そうだ。たぶん奴らは馬車で移動後はすぐに船の乗って移動しているはずだ。川なり海なり、船でな。俺たちが今まで得意とする市街地じゃないんだ」

「じゃあ、どうする?俺たちがいくら漁師とかに今から情報集めても、遅すぎるんじゃないのか?」

「ああ、確かに手遅れになる。だから、お前たちにも腹をくくってほしいことがあるんだ。この盗賊団を前から一番熱心に捜査してた管轄があるだろう」

そう言って四人を見渡し、言うことも憚られる団体名を眼で伝えた。

それを敏感に感じ取った四人。

「まさか・・・・・・。」

「—―そのまさか、だ」

「ほ、他の案はどうだ?また、作戦を練ってみてだな」

「無理だ。時間は残ってないだろうし、盗賊団たちがまた移動したら、それこそ行方が分からなくなる」

「ま、まじで、やるのか・・・?」

「ああ。セレナを救出するため、一緒に自衛団に協力要請を頼みに行くぞ!!」

「「「「「あーーーーやっぱしーーーーーーー!!!!!!!!!それだけは、やめてくれーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」」

四人の悲痛の叫びはアジト全体に響き渡った。

「カイン、それだけは・・・・、それだけは・・・・、マジで止めよう?」

「俺たち、何回アイツらと睨み合いしたと思うんだよ」と、嫌がる四人。

「仕方ないだろう、時間も情報もないんだから」

カインは頑として説得に応じない態度を四人に見せるのだった。

四人はこの世の終わりのような顔をしていたが、カインの理論に反論できる者はおらず、こうして、昔からの腐れ縁と言うのか、猿犬の仲というべき団体、自衛団の詰所に乗り込むこととなった。





「集団で殴り込みに来たかと思えば、盗賊団の捜査情報を教えろだと?散々喧嘩してきた相手に助けを求めるなんて、お前たちは恥もないのか?」

自衛団の長官の言葉は、長官室に入ってすぐに言われた言葉だった。

子分や他のメンバーも含め20名に集まった街の青年団たちは、自衛団の詰所にいた。

カインと青年団のリーダー、ジークを筆頭に案内された部屋の端には、自衛団の若手メンバーも数多く並んでいる。自衛団の隊員たちは、長い警棒をもっており、青年団たちがこの部屋で何か行えばその警棒で威嚇することは明白だ。

この部屋では一触即発の空気が流れ、お互いに緊張が走っていた。

「恥も外聞もあっても飯は食えねーからな。俺たちはそれよりも、攫われたセレナの消息を掴みたいんだ。自衛団は市民の安全を守るのが仕事だろう?」

ジークが代表で長官に言葉を返した。

カインに言われた一刻前までは、死にそうな顔をしていた青年団のリーダー、ジークだったが、詰所にいる今では何でもない様に装っている。

男のプライドの賜物であった。

「シュバイツア家のメイドの件は聞いている。それについては、こちらも大至急捜査にあったっている。お前たちには関係ない事だ。ただし、そちらのカイン様以外はな」

自衛団の長官はリーダーのジークではなく、カインに視線を移す。

片目に大きな傷があり、大男である長官は静かに話しを続ける。

「貴方のお義父様であるサミュエル様にも自宅で待機するよう言いましたが、こちらも仕事です。私どもの仕事場に押しかけて、捜査の邪魔になるだけです。貴方は貴族なのだから、街の者と関わらないで、自分の保身に気をつけたらどうです?」

「そんなこと、他人に言われるまでもない。自分のことは自分で行っていますので。――それに、あなた方の仕事ぶりが悪いから、こうしてここに、協力しようと申し出てるんじゃないですか」

「そうだそうだ!」と、後ろの青年団たちが声が上がると、「やかましい!」と、長官が一括する。

野次が止んで、長官は静かに話し始めた。

「前の自衛団の長官から仕事を引き継いだ時に俺は聞いたが、5年前街で幽霊騒ぎがあったとき、白髪の女が屋根から逃げた、という目撃情報がある」

自衛団のメンバーは、人事異動により何年間かで移動することがあった。

幽霊騒ぎがあった5年前、当時その勤務に当っていた長官は人事異動により、去年この街を離れ、代わりにこの強面の長官がこの街に赴いたのだ。

「幽霊騒ぎの犯人グループは依然不明のままだが、あのときの騒ぎは、あの女がそのメイドの屋敷の女である可能性は高い。」

「おいそれと貴族の敷居をまたげない自衛団にとって、5年前の事件に証拠を掴んで決着をつけたい。そう言いたいんですね?」

「ああ、そうだ」

「仮にうちのメイドが関わっていたとしましょう。けど、どうするんです?当時の彼女は異国から連れてこられたばかりで、こちらの国の言葉もろくにはなせなかった。周りの他の使用人たちに聞いても、断言するでしょう。それに、その証拠だけでは不十分だ。他にも証拠がなくちゃね。だから、今まで起訴出来なかったんだろ?」

長官の眼は静かにカインを見据えていた。

「俺たちは何もあんた達自衛団に喧嘩を振ろうというんじゃない。ただ、協定を提案しているだけだ」そう言って、長官の眼を静かに睨み返す。

「カインの言うとうりだ。俺たちはセレナを、友人を助けたい。あんた達は誤って逮捕した盗賊団の名誉挽回をしたい。目的は同じだ。俺たちはこれまで街で起こった窃盗で逮捕した犯人を、あんた達に引き渡した実績もある。自衛団は今までの情報網で得たことがあるはずだ。それを上手く合わせれば、この事件も解決する」

トーマスは静かに、だが、確実に攻め込んだ口調で話していた。

「悪くない協定だろ?」

「―――わかった。協力しよう。だが、この事件が解決した後は、お前たちと馴れ合うつもりはないからな」

「けっこうだ。俺たちもそのつもりだ」

「さっそくだが、今わかっていることを教えて欲しいね」

「わかった」

説明し始めた長官によると、まず早い段階で盗賊団を名乗る男たちの逮捕は早い段階で気づき、盗賊団のアジトもわかっていたという。

そのことに驚きを隠せずカインは質問していた。

「なぜ、早くにアイツらを総攻撃しなかったんだ?」

思わずカインの口からは非難めいた声が出てきていた。

(お前らが制圧に踏み切ってさえいれば、セレナは連れ去られずとも済んだかもしれないはず)

勝手な意見だとはわかっているが、どうしても言わずにはいられなかった。

「アイツらの勢力は拡大傾向にある。自衛団は国からの援助とはいえ、防衛設備も整っているとは言い難い。大金が転がり込んでくる奴らの、大きい組織をしているところとは違う。経済的にも差があり過ぎていた。おまけに万年の人手不足ともなれば慎重にもなるさ」

長官は静かに言う。

「わかった。こっちはとにかく人を集めて協力しよう。それと、武器も出来る限り持ってくる。あと、そろそろ、教えてくれ。奴らはどこにいる?占拠しているアジトは?」

「―――モンテ港の停泊している船、クイーン・シーランド船だ。その船のどこかに、他国から連れ去られたシルフィア嬢、乳母は乗っているはずだ。お前らが捜しているセレナと言う娘もな」





「お、お嬢様、本当にぃ、で、で、出るのですか??ここを?大丈夫でしょうか?」

乳母のサラは今にも泣きだしそうなほど、青ざめ、眼には涙を浮かべている。

月の光でしかない薄暗い闇の中で、サラの青ざめた顔が、幽霊よりも怖く見えるのだが、そっと黙っておいた。

「セレナを信じるほかないわ。それに、私達が連れ去られてから、もう随分時間経ってるのよ?いくら来ない救助を待ってたって、もう私は精神がズタボロなの!あとセレナ!」

「あ、はい」

「貴方に、私の運命預けたわよ!」

「――かしこまりました」

脱出方法をシルフィアに話すと、本来の自信が戻ってきたのか、シルフィアの顔にはもう悲愴感はなかった。

ただ、ここを出る。

彼女の顔からは、生きて自分の故郷に帰るという強い意志しか見られなかった。

「それでは、お二人とも。私が話した計画どうりに、よろしくお願いいたします。生きて、ここを出ましょう」

それが合図だった。



                  ♢







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