第19話 暗転
頭領と思われる大きな男が、部下たちを叱責しているのをセレナは黙って見ていた。
(確か盗賊団は自衛団が逮捕したって、新聞各種が報じていたはず・・・・・。どうしてこの屋敷に・・・・・!?)
信じたくないことだったが、見知らぬ汚れた服をまとった男たちは屋敷の中に数名いる。
金庫を取り囲む男たちの手には貴金属や、当時まだ高価な懐中時計、サミュエルが趣味で集めていた日本刀なども握られていた。
ともかく、この事態は自分一人では対処しきれない。
すぐにここを離れ、人を呼んでくるのが賢明そう。
(早く・・、誰かに知らせなきゃ・・・!!)
後ろ足で、そっと誰にも気づかれない様に部屋を出ようとする。
だが、建築されてから長い屋敷の中には古くなった木材もあり、運悪くその木材を踏んだのか、「キイ」と音が鳴り響いた。
「おい、なんか遠くで音がしたぞ」
下の子分であろう若い男が音がした場所へと歩き始めた。
(どうしよう、逃げなきゃ!!!)
セレナは、バレずに出ることは諦め、すぐさま扉の方へ走り出した。
すぐ後ろからは、
「おい、女がいたぞ!」
「捕まえろ!」
と男たちの声が聞こえていた。
ドア付近まで走ったセレナだったが、急に後ろから髪の毛が引っ張られた。頭部に髪の毛の痛みが走る。だが髪の房は少量だったのか、男の手から髪の毛がスルリと離れることが出来た。
失速しながらも、セレナが部屋のドアノブに触れようとしたその時だった。
その横の暗闇から銃を握る男の腕が伸びていた。
「おっと、動くんじゃねえぞ。これが見えるだろ?」
男の手に持っているのは銃口は、”動いたり、声を上げれば撃つ””そう脅しているといってもよかった。
盗賊の男は一歩一歩歩幅を進める。
盗賊たちの後ろに輝く月の光に照らされ、盗賊たちの影がセレナに忍び寄るのだった。
♢
「全員他に金目の物を盗られてないか確認したか!?」
女王陛下にチャリティーイベントが無事に終了したことを報告していたサミュエルとカインは、早馬で駆け付けてきた使用人の知らせを聞いて、大急ぎで馬車を屋敷へと走らせ、帰って来ていた。
当主到着の知らせをきいて、すぐさま執事のセインがサミュエルに資産がカラとなった当主の部屋へと案内する。
「セイン!盗賊団は金庫、私の部屋にあった物の他に盗られてるものはないんだな?」
「は、はい。それとこの部屋でお二方にお見せしたいものがございます」
セインがサミュエルとカインの二人に案内したのは、盗賊団が残した、床にナイフのようなもので刻まれた言葉。
「元々金庫があった場所の床に盗賊団が書いた文字です」
それは、つい数時間前に発見された盗賊団のメッセージだった。
そのメッセージを鋭く見つめながら、カインは突然湧いて出た屋敷の騒動にどう対処すべきか考えを巡らせていた。
(本当に新聞が報じた通りだな)
まさか、逮捕の報道を受けるまで世間を騒がせていた盗賊団が、この屋敷に忍び込むとは思いもよらなかったが、確かにこのメッセージ、今朝まであった装飾品がないとなると、本物の盗賊団が侵入したと考えるしかない。
「とりあえず、総動員で各自の部屋の置いてた貯金、当主様の部屋の貴重品も調べました。どうやら、被害はその金庫と部屋に置いてた装飾品などのようです。ただ・・・」
説明する執事が言葉を濁す。
「ただ、とは何だ!何かあったのか!?」
サミュエルはまだあるのかと、問い詰めた。
「はい、実は、セレナがいないのです」
「セレナが?」
「ちょっと待て。どうゆうことだ?なぜセレナがいないんだ」
セインの言葉はカインの耳にも入り、気づけばサミュエルとセインの会話の中に入っていた。
「カイン様、それが、盗賊団が侵入したとして、すぐに屋敷中の金品の確認とまだ屋敷に潜んでいないか皆で庭も含め確認していたのです。そうしましたところ・・・・、ユーナがセレナの姿が全く見えないことに気づいたのです」
(セレナが・・・・?)
胸騒ぎを覚えつつ、カイン、サミュエルは使用人の一人、メイドのユーナから話を聞く。
「セレナは連日忙しく働いておりましたし、このところ落ち込んでいたときもあったというメイドたちの声もあり、チャリティーが終わると同時に早めに休ませたんです」
「その後のセレナをみた者はいないのか?」
「いいえ。誰もいませんでした。—――けど、あの子がこの騒ぎに気がつかないはずはありません。仕事でも何でもよく気が利いた子でしたから。それに、屋敷や庭でも大声で呼んだのですが・・・・。あの子はあの髪のせいで長年屋敷の外から出たことはありません。もし、出てこないとするならセレナは盗賊団にさらわれたかもしれないんです」
途中、涙ながらに話すユーナの証言はカインを突き動かすには十分だった。
「わかった。辛いことを話させて悪かったなユーナ。叔父さん。俺は外から探してみるよ」
「待て、カイン。そう判断するには早すぎる。それに、盗賊団は自衛団に捕まったはずだ。とにかく、自衛団にも話を聞かなきゃいかん。・・・・せめて、夜が明けてからでないと」
「いいえ、俺はそうは思いませんね。今からセレナを探しに行きますよ。ここの対応は任せました。誰か!早馬を準備してくれ!」
カインはそう言いながら、男性使用人に持たせていたローブを受け取り、身に纏った。
カインもセレナがどこへ消えたのか、わからなかった。
だが、ここに居ても事態は好転するとは思えない。それに、どうも嫌な予感がしてならないのだ。
「カイン、お前、探すってどこへ行く気だ!?」
「叔父さんは自衛団に話を。屋敷の管理をしててください」
「おい、まだ待てというんだ、カイン!」
サミュエルの制する言葉を聞かないまま、カインは男性使用人が連れてきた馬に手綱を準備した。
「カイン、お前がセレナを心配する気持ちはわかる!だが、次期当主のお前まで危ない橋を渡らせることはできんのだ!それに、セレナは来週にはこの屋敷から去ることになってる」
馬にまたががろうと、手綱を引こうとしていた手が瞬時に止まった。
「叔父さん、それはどうゆうことです?」
(セレナが去るだと?)
そんな話は聞いていない。それならば、昼間言ってたセレナの話は本当だったことになる。
「セレナは、お前の語学学習が終了したから故郷の日本に帰すつもりだったんだよ。そして、その日本で、私達が新しく作った工場での仕事を紹介して、セレナは承諾した!だから、どのみちあの子はこのお屋敷を去ることになっていた」
「そんなこと、誰が決めたんです!?俺はそんなのは、許してない!!」
「――お前が、セレナに使用人以上の思いを抱いてることは、随分前から知っている。セレナもな。だが、貴族と、奴隷で雇われてきた者が結ばれることはないんだ。結ばれない運命なんだ!だから、セレナは自分の運命を知ったから、屋敷を離れることを、故郷へ帰ることに頷いたんだ!お前から身を引こうと・・・。今、あの子がいない事は盗賊団と関りがあるのかまでは分からない。だが、もし、あの子がこの屋敷を黙って離れたとしても、あの子の気持ちをわかって欲しいんだ!」
「―――俺に、生きる光を与えてくれたのはセレナだ。運命だからとか・・・、前例がないだけの理由で、俺の希望を失いたくはない」
それに、こんな別れ方でいいはずがない。カインはサミュエルを見ずに、手綱を持ったまま馬に乗り上げた。
「大人に振り回されるのは、まっぴらごめんです」
「――カイン!!ここは落ち着いて行動するんだ!」
サミュエルの必死の説得はまだ続いていたが、もう聞く耳は持ち合わせていなかった。
「セレナが俺から離れることを許した覚えはありません」
そう言うと馬の脇を蹴り、颯爽と屋敷の門の外へと出て行った。
それを後ろから茫然と見ていたサミュエルだったが、
「なあにが、落ち着いてるだ、あのバカたれ!!あんな怒った表情してるくせに、心情が顔に出る癖は直ってないではないか!!—――セイン!至急、屋敷の戸締りをして皆一か所で今晩寝泊まりしろ!夜が明けたらすぐさま屋敷の庭以外にも外にセレナの捜索を行うんだ!それと、今すぐに自衛団の隊長を連絡しろ!ここに来させるんだ!」
サミュエルは思わず甥の言動に腹をたてたが、闇夜へと行った甥と異国の少女の無事を願わずにはいられなかった。
夜に寝静まる街の街道を馬で猛烈に走らせながらも、カインは
(くそ!!セレナが俺を置いて去るだと!?どうして、言ってくれなかったんだ!!だから、あの時様子がおかしかったのか!?)
急に姿を消したセレナ。盗賊団に攫われたセレナ。
どちらの理由で姿が消えたのかは分からないが、セレナはこの外の世界で、一人で出歩くのは危険すぎた。
屋敷を出たい理由だったとしても、カインはセレナを屋敷に連れ戻すつもりでいた。文句はあとでいくらでも聞いてやるつもりだった。
セレナがどんな危険な目に合っているかと思うと、手綱を握る手の汗、馬を走らせる気持ちが積み重なっていく。
無事を祈りながら馬を早く走らせ、着いた場所は、友人たちが集まるアジト。街の青年団の住み家だった。
建物の入口には2人の少年たちが見張りの為立っているが、そんなことはお構いなしだった。
「あれ、カイン様どうされたんですか?こんな夜遅くに来るなんて・・」
そんな少年達には目もくれず扉の奥へと入ろうとするが、慌てて少年達は扉の前に立ち、歩みを止めようとする。
「カイン様!困ります!流石に、兄貴たちもう寝てるんですよ!!」
「すまんが、入らせてもらう。緊急事態だ」
こちらに非があるのは分かっているが、時間がないのだ。
はやく探さないと、手遅れになってしまう。
そのことが何故だかとても恐ろしい事の様に思えてならない。
それなのに、仕事に忠実なのか頑としてどこうとしない少年達が腹立たしかった。
「兄貴たちに言われてるんです!夜は物騒だからって、誰も入れるなって~!!」
「うるさい!緊急事態だと言ってるだろ!!お前ら、どけ!!」
腕や足を掴みながら必死で止めにはいる子弟を押しのけながら、アジトの中へと進んでいくと、
「急に子弟が血相抱えて来るから、どんな厄介な相手が来たかと思えば・・・・。おまえかよ、カイン」
アジトの奥から壁のランプの光を受けながらジョルジュとジョンが、銃を持って出てきた。
「ずいぶんと慌ててるようじゃねえか。どうしたんだ?こんな夜中に」
ジョルジュたちがきた時には、怒鳴り込むカインを抑えようと少年たちから四肢を掴まれながらもみくちゃになっていた姿がそこにはあった。
「おい、いいから、こいつらを離させろ!邪魔だ!!」
「わかったから、とりあえず落ち着けよ」
「うるさい!セレナが盗賊団に攫われたかもしれない!!時間がないんだ!!」
「なに?盗賊団は捕まったんじゃないのか?しかも、お前の屋敷に来たって言うのか!?」
「そうだ、たぶん自衛団が捕まえったっていう盗賊団は別の連中だ。叔父の屋敷でチャリティの後、忍び込んでわざわざメッセージまで刻んでいったからな。そしてセレナも屋敷中捜したが、行方知れずだ」
事情がやっとわかったジョルジュは、
「わかった。おい、お前たち、カインを放してやれ」と言った。
子分たちがパッと掴んでた手を放すと、カインは悪友二人に向かって言い放った。
「急いで他の奴らもたたき起こせ!早くしろ、セレナがやばい!」
カイン達は青年アジトの子弟を含めた大規模な捜査線が張り巡らせ、長い夜を迎えるのだった。
♢
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