第18話 チャリティーイベント②


午前九時。街の中心部にある街の教会の鐘が大きく響き渡った。

鐘のを合図に開幕したシュバイツア家のチャリティーイベントは、庭に大勢の老若男女の市民が入っていた。

人が並ぶ多さに、予定よりも早めに開門を行ったシュバイツア家だったが、人々は、さっそく目当てのジャンルへと集まり、チャリティーが始まった。その中でもひと際民衆を沸かせたものがあった。

「素敵――!」

「こっち向いてー!ポーズカッコいい!!」

華やかなドレスを身にまとい、この日のためにしっかりとメイクに時間をかけてきたのであろう、多くの女性たちがキャーキャーと黄色い声をあげていた。

その熱い視線を受けていたのは、優雅な身のこなしの、貴族の正装の恰好をした若者たち。

そう、彼らは女性たちの心を一心に受けていた。

首から下をみれば、その立派ともいえるスラリとした長い脚、細身の衣装からのぞかせる鎖骨から首に若い肉体が隙間から見えている。

本当の貴族の人間そのものだった。

だが、屋敷の庭にいる五人の若者たちはある物を被っていた。

――それが、大きな猫の被りものだったのである。





「いやあ、実に愉快、愉快!カインは実にいい友人を持っていたのだなぁ」

サミュエルはこの上なくご機嫌だった。

自分の庭が、民衆に大盛況なのが可笑しくて仕方がないようだ。

「サミュエル様、あの、大丈夫なんでしょうか?お屋敷の庭が、スゴイ光景と化してますが・・・・」

変装しているセレナは、サミュエルに心配の声をあげる。

頭に猫の被り物を被り、王子のような姿の青年たちが庭中にいるのだ。

チャリティーを行っている傍で、そんな異色の格好をした彼らが来客の民衆に対して、出品物の場所を案内したり、何か困っていることがあれば対応しているのだが、この催しは受けが良かったらしい。先ほどから、特に若い女性の黄色い声が屋敷中から響いている。

本当の貴族ではないのだが、彼らのその上品なレディーファーストともいうべき行動は、例えるなら‘‘猫貴族のおもてなし‘‘と、言ったところだろうか。

「お客さんは皆、喜んでるじゃないか。どこからみても、これは大成功だよ」

「はあ・・・」

「それに、何といったって、カインを取り巻く女性陣が見事に分散されている。お見合い前に、女性スキャンダルは控えたかったんだ」

目尻を下げながら真っすぐ庭を見てサミュエルは言うのだった。

今までアイツが女性に対して素っ気ない態度をいつ出すか、ハラハラしていたと。

「これは良い作戦だよ」

(確かに屋敷の外からきた女性には、どの被り物を着ているのか、わからないでしょうけど・・・・。)

ジョン、ジョルジュたち4人はチャリティーイベントの案内役を買って出てくれた。だが、目の前に映る庭の景色では、令嬢のハンカチが落ちたとなれば膝を落して持ち主に差し出すなど、紳士の最上のおもてなしで庭のあちこちから黄色い歓声が上がり、女性の眼がハートになっているのは明らかだ。

彼らの優雅な身のこなしに、セレナが「どこでそんな接待学んだの?」と訊けば、彼らは「俺たちは、何も街で遊んでばかりいるだけじゃないんだよ、セレナ。社会科見学ぐらいあるのさ」っと、言っていた。

それを死んだ目で友人達をみるカインの姿は、忘れがたい光景だった。

彼らは女性たちにお姫様抱っこしてあげたりと、流石にサービスし過ぎなのでは?と、見ているこちらが言いたく様なこともしばしばだ。

まず、セレナがいる場所の横を見れば、貴族のマダムたちが長蛇の列に並んでいた。貴族に扮した猫様と写真を撮るためだった。

セレナの願いの為、初めてシュバイツア家の記念写真に呼んだ写真屋は、撮り終えると、商売魂なのか、

「はいお嬢さん笑ってー!あ、猫様はもっとお嬢様にくっついて!!そうそう、そのまま動かないでね!」

と言っては、猫様と記念写真を撮るべくして並ぶ、貴族の長蛇の列を作り上げていた。撮る側は大繁盛だろう。

そして当のカインはというと、「こいつ等についていけん」という理由で、自ら販売する側に回り、”お仕事中にゃ”のタスキをつけている。

おかげで買い物に一緒に来ているちびっ子に、カイン猫は好かれ、手を振り返したりと、やはりこちらも販売と合わせて忙しそうだった。

(カイン様・・大丈夫かしら?酷く落ち込んでいたけど)

――――時は戻って、猫の被り物を被る前、カインはすごく沈んだ様子だった。

チャリティー開始前、四人が持っている大きな袋が何か、思わず聞いてみたセレナだったが、カイン以外友人たちは自信満々に答えていた。

「よくぞ聞いてくれたセレナ!これはだなあ、カインのためのプレゼントでもあるんだ」

ライナーが勢いよく袋から取り出したのは、頭がスッポリ入れそうな、大きな猫の被り物だった。

そして、五人が持っている袋からそれぞれ出されたのは白、縞々(しましま)、茶色と白の毛の猫と毛色の種類は様々だ。

話によると、これを被ることでカインがどこにいるかわからなくする作戦だというのだ。

だが、一つ困ったことがあった。

それは当の本人であるカインだった。

「俺は被らないぞ」

「お前、令嬢たちの扱いに困ってただろう?セスティーナ様っていう叔母のパーティーで女性に囲まれて身動きできなかったって、言ってたじゃねーか」

ジョルジュが言いながら、カインの肩をポンポンと叩く。

「だからって、何で猫の被り物なんだ!?」

「猫の恰好するって言ったらカイン、反対するだろ?」

「当たり前だ!」

「そうは言ってもさ、カインがどこにいるかわからない様に、せっかくカモフラージュとして作ってきたんだから」

「怪しいな。お前たち顔に”遊びたい”って書いてあるぞ」

流石長年の付き合いであるカインは、必死に本音を隠す悪友たちを見破ったようである。

「ち、バレたかー。ひとまず、お前を隠さなきゃ、どうしようもないんだから、観念しろ」

「みんな一緒なんだから、大丈夫だってー」

「ヤダ」

「わがまま言わない」

スポン。

―――あの時セレナが見たのは、訴えも虚しく、無情に被り物を被せられたカインの姿だった。

カインが上から被せられたのは、縞々(しましま)の黒と茶色が混じったややグレーの猫の被り物だった。

こちら一帯の猫で、ノルウェージャンフォレストキャットと言う品種の猫だという。

「ホラー!似合ってるよカイン!」

「似合ってるも何も、これじゃ誰かわからんだろうが!!ボケライナー!」

「そんなことないってー!ね、セレナもそう思うだろう?」

(・・・・・・・・確かに可愛い)

元来、山育ちのセレナにとっては動物好きだった。それは否定できないところだ。

「はいはい、カイン。これもチャリティーイベントなの!貢献しなきゃだろ?お貴族様!」

「叔父さんが、—――当主が知ったら退場ものだぞ!」

猫の被り物を被ったカインが怒りの声をあげる。

だが迫力の欠片もなく、猫の被り物を被っているカインの姿は、今では可愛いとしか言いようがない。

「カイン、大丈夫だ、アレをみろ」

ジョルジュが指さす方向には、庭に出ていた当主サミュエルが猫の被り物を手に取り、

「これはいい!私は猫好きなんだ!それに、新しい余興としても目立つな!」

とライナーやジョンたちの前に興奮気味に話している。

この国でも一、二を争うほど珍しい物好きなサミュエル。この性格が遺憾なく発揮され、ライナーが作った被り物を喜ばしく受け入れていた。

「・・・・・叔父さん」

自分の周りに味方がいないことを嘆き、カインが悲愴な声をあげる。

「これで、問題ないだろ?わかったら、ちびっ子たちに愛想ふりまけ。ほら」

――――そういうわけで、チャリティーが開始された当初から、庭には猫の恰好をした若者が客人達の案内中だ。中には、家族連れの小さな子供まで喜んで、猫の被り物を被った貴族の青年たちに抱きついている。

確かに彼らの読みは当たった。

なにせ被り物を被っているおかげで、すぐにこの屋敷の関係者だとわかるし、何よりも節約のために減らしていた使用人の労働力のカバーまでこの友人たちはしてくれたのだった。






チャリティーにはそれぞれジャンルごとに並べるのが基本だ。

庭に設置したテーブルに、食器皿、本、カトラリー、衣服、また、雑貨などが置かれている。そしてそれぞれのジャンルのテーブルには二人の担当者割り振られ、時間を決めて交代していくスタイル。

セレナは当然書庫担当だったので、カインと同じテーブル。

最初に書庫を担当していた男性使用人と変わり、カインと他にもう一人のメイドの三人で接客を行っていた。

「はい、お釣りですね。ありがとうございましたー」

買って頂いた方にお礼の言葉を言い、猫の被り物を被ったカインが”バイバイ”と手を振るのが一連の流れになっている。

猫の被り物を被ったカインは”お仕事中にゃ”のタスキをかけているおかげで、家族連れの女性、子供から「可愛い」と遠巻きで見られるだけで済んでいる。

そして、お昼ごろになると、客足もまばらになり、会話する余裕も出てきた。

「丁度買い手も少なくなってきたな。そろそろ、手が空いた者から昼休憩に入ろう」

猫の被り物を被ったままカインが、同じ書庫管轄のメイドたちに言う。

「カイン様。先に休憩されてはいかがですか?交代の方が来るまで、私達が行いますので」

そう言って、他のメイドが機転をきいた言葉をかけてきた。

「ありがとう。けど、俺は後からここに来たし、君たちの方が仕事時間長いよね。先に休憩とってていいよ。もうそろそろで、俺の代わりにジョルジュも来るだろうし」

と言って、先にメイドを休憩にさせていた。

まだ休憩時間ではないセレナとカインが二人で立つことになったわけだが、すぐに声をかける人物がいた。

「やあ、カイン。捗ってるか?」

オーギュスト陛下だった。後ろには相変わらず護衛のお供がついている。

すぐに、膝を折ってセレナはお辞儀をした。相手は王族。普段の自分にとってはまさに雲の上の人物だ。

「よくわかりましたね。俺だって」

猫の被り物を被ったままのカインが答える。長年お仕えしているご主人様の声色からして驚いている様子だ。

「君の叔父上が教えてくれたんだよ。ここに居るってね。あと、もう聞いていると思うが、今度のお見合い、私の妹も楽しみにしているんだ。君が女性たちに王宮でもっぱら噂されている美貌の貴公子だってね!今度のお茶会、よろしく頼むよ」

オーギュスト殿下の話ぶりは、まるで友人に話しかけるようなものだった。それほど、この二人は仲が良いということだろう。

だが、セレナがメイドとして仕えている一人、カインの口調は明らかに先ほどからうろたえていた。

(何をそんなにも慌ててるのかしら?)

周りには自分しかメイドはいない。それに、自分はとうに当主から聞いているのだ。陛下が話す婚約話は特に驚くことはなかった。

だが、何故か心にはくすぶる何かが渦巻いていることに自分でも気づいていた。

「じゃあ、またな」と言って、オーギュスト殿下はどこかへ行ってしまった。

「セ、セレナ?ち、違うんだ。そ、その、叔父が勝手にだな・・・・・!」

オーギュスト殿下も行ったので、頭が猫姿のカインは何故か自分に弁明をする。

そんなそぶりが、何故だか今のセレナにとって激情の感情を湧き上がらせるだけだった。

「大丈夫ですわ。貴族として大事なお仕事の一つですから」

カインにニッコリ笑う。

「・・・・・・そう・・、だな」

「私たちはいずれ、別々の道を歩みます」

被り物を被ったカインは、セレナのほうをむいたまま無言だった。

「私は日本人ですわ。ここのお屋敷から出て日常生活を送ることはできないですし、セスティーナ様が私を買って頂いた代金を支払い終えたら、いつの日かここのお屋敷を出るときが来ます」

本当はもうすぐ、ここを去るの。――貴方に知られずに。

「―――ライナーが今回してくれたみたいに変装していればいいんじゃないか?何も、ここを離れようとしなくても・・・」

「神父様の教えを生かすのであれば、私が自立した生活をおくるためには日本で帰って、また一から生活を整えることが大切だと思うんです」

早鐘が止らなかった。

答えは嘘。全部嘘だ。

本当はこれからご主人様が令嬢の中から一人の婚約者を迎えるのが嫌なだけ。

メイドの身分であさましい女。

そんな自分勝手な女。

でも、ここのお屋敷にいたら自分を壊してしまうから。

日本で一人で暮らしたいだけ。

それもこれも、貴方を好きになってしまったから。

貴方と花嫁の、奥様が日々を織りなす姿を見ていたくない。

それはきっと―、自分を引き裂くような痛み。

「わたし、いつか自分で生活しようと思うんです。私を買って頂いたお金もだいぶ返済してきたって言うし――」

「セレナ――。」

それなのに、いつの間にか、グイッと強い力で姿勢が取れなくなった。

気づけば、セレナは立ったまま壁側に倒されていた。

その眼の前には、カインがセレナの逃げ場を奪うかのようにで片手で壁をついていた。

そして、碧い瞳の美しい獣が織りなす声が、被り物を通して聞こえてくる。

「それはダメだ。俺が許さん」

「いつの日か、自分の故郷に帰るだけですよ」

「近かったらいいだろうが、お前の場合は海を越えてのはるか遠い国じゃないか。お前を買い取っている以上、俺は認めたくないんだ。いいから、この屋敷にいろ。」

「―――お人形として仕事すればいいと?」

気がつけば、自分の口から出たのは負けじと言い返す言葉だった。

「違う。ただ、いつも通り、セレナはこの屋敷で過ごせばいい!!なにか困ったことがあるなら、俺も協力する。だが、故郷へ一人帰ることは―――」

――何故だろう。猫の被りものを被っているはずなのに。

被り物をとおしてご主人がいつになく真剣で話している気がするのは。

「ママー。大きな猫が女の人を壁に押し倒してるよ?」

((!!!))

カイン、セレナが振り返った先には、2人のマダムたちが扇を当ててこちらを凝視している。

そして彼女らの下に、キャンディーを舐めながらこっちを見ている男児。

「ママー、アレ何ていうか僕知ってるよー。壁ドンって言うんでしょ?パパ、この前ママにしてたやつだよね?」

「こら、シー―!お願いだから静かにしてちょうだい」

「あ、オホホホ。ごめんなさい。続けてちょうだい。私達のことなどお気になさらずに・・・」

そう言いつつ、歩きながら頬が朱いマダム二人の視線はこちらに集中している。

「す、すまん!その、怖がらせるためにしたんじゃなくてだな・・・」

さすがのカインも今、自分のやっていることが他者からどう見られているか、認識した。

慌てて腕を放す。

「は、はい。大丈夫です!」

セレナも壁から離れ、お互いに身を放す。

気まずい顔を悟られない様にカインとは逆の、後ろを向き、火照った顔を秋風を当てるが、なかなか冷めやらずドキドキと高鳴る鼓動も騒がしかった。

そして、二人の間にはお互いに気まずい空気が流れていた。

「けど、俺は嘘なんてついてないからな。セレナがここにいていいと、ずっと思ていることは本当だから・・・」

カインは後ろを向いてセレナに話してたとき、書籍コーナーの近くの庭の草むらがにわかに動き出した。

「あ、カイン!お疲れ!」

雑木林の庭から出てきたのは、身体は貴族を模した衣服を着たまま、猫の被り物を脱いでそれを小脇に抱えながら顔を出していたジョルジュだった。

「交代の時間だぜ!悪かったな、遅くなって」

「ん、ああ、大丈夫だ・・・じゃあ、よろしくな・・・」

言葉少なく、カインは”お仕事中にゃ”のタスキを渡し、場所を後にした。

「少しの間だけど、よろしくなセレナ。ん?どうした?セレナ??なんか顔朱いぞ?なんか変なものでも食ったか?」

自分の顔色を言い当てられ、心は騒がしかった。

「え、ううん。大丈夫。眠くてウトウトしちゃった」

「そっか、まあ昼過ぎだし、眠くなるよな」

その後、オリヴィアも交代に来たので、セレナも休憩だった。

「ゆっくり休んどけよー」

「うん、ありがとう。ジョルジュ、あと、お願いね」

「ああ、任せとけ」

こうしてジョルジュは、セレナが去ったあと、本が並べられたテーブルを見回した。

そしてその下に一冊のノートが芝生の上に落ちていることに気づく。

「うん?なんだコレ?」

ジョルジュが手に取ったのは、セレナとカインが交換日記をしていたノートだった。








カインとサミュエルはチャリティーイベントが無事に終了したことを報告に、馬車で出かけて行った。

チャリティーイベントも夕刻には終わり、屋敷の使用人たちは売れ残った商品、不用品を片付けるのだった。

「セレナ、もう休んでいいわよ」

ユーナが庭の設営の後片付けをしながら、声をかけてきた。

セレナは、連日の忙しさで疲れていたので、「はい、それじゃあ失礼します」と言って有難く休ませていただくことにした。

(今日の仕事はこれで終わりね・・・・・)

セレナは足取り重く、女性用大部屋に入った。

金色に輝くカツラを丁寧に自分の髪の毛と切り離し、眼鏡を顔から外す。ライナーに返却するときのために自分のベットの隅に置いた。そして、そのまま思わず全身の身体を預けて横になった。

(疲れた・・・・)

本当はこのまま眠ってしまいたい。けど、出発の準備をしなくては、もうここの屋敷にいられる日数は手で数える程度。日本行きの船が出る港までは、ここから数日馬車を走らせれば着く。

セレナは屋敷の仕事が忙しくつい後回しにしていた日本行きの、自分の荷物の準備を始める。

と言っても、メイドの給料は全て買い取られたときの返済に当てており、そんなにセレナ自身の荷物といえるものはなかった。

下着類と羽ペン、インクボトル、カインと交換日記をしたノート数冊。

それだけだった。

「けっこうな数になったのね・・いつの間にか」

古びた、過去の日記を手に呟く。その中をめくれば、きっと懐かしい思い出が沢山つまってる。慣れない異国の文字で書いた、自分以外の人に当てた日記。幼かった自分。

そんなことが、とても幸福なことだったと、知ったのはカインに対して恋心がわかった瞬間。

「カイン様と、初めてケンカしちゃった・・・・」

セレナの心には昼間の出来事が、どこかひかかっていた。

(あの時――。私はどういった行動に出ればよかったのだろう?)

けれど、私の恋は、どのみち実ることない恋。

セレナがいくら考えても答えは出なかった。

気がつけば、外の景色は茜色の空から夜が差し込んでいた。

セレナは、日本の住み込み先の住所を確認をしないといけなかった事を思い出した。

「いけない。サミュエル様に聞きに行かなきゃいけなかったんだったわ。もうこんな時間」

セレナが立ち上がると、メイド服のポケットから、何か物が当った。

そういえば、チャリティーで使ったカバー付き小型ナイフを入れてたままだった。

チャリティーの会計時には、売り上げのメモを取る決まりで、そのため紙に書く鉛筆と、芯を研ぐために小型のナイフは必須だった。

サミュエル様の部屋行ったあとに、メイド長のユーナにでもこれを返しに行こう。

セレナは大部屋から出ると、サミュエルの部屋へと向かった。

サミュエルの部屋は、この屋敷の一番最上階で、給湯室を覗いて全体のフロアが主の部屋につながるという大部屋。そして、螺旋階段を登った、その先に大きな扉があった。

セレナはその扉をノックするも、誰からの返事はなかった。

(―――返事がない。まだ戻ってないのかしら?)

セレナがため息で床下を向いたときだった。

ふと、部屋の鍵が眼にとまった。

それは、壊れていたからだった。

よく見ると、鍵と扉の付け根には錆びたような跡が見られる。

(壊れたのかしら?)

この屋敷も、見た目は威風堂々としているが、たしか建築して100年は建っているはず。

どこか壊れてもおかしくなかった。

(すぐに修理屋さんに言わなきゃ)

セレナはそう思って、扉を開けて内側から確認しようとした刹那、

「おい、早くしろ。まだ金庫は開かないのか?」

部屋の奥から知らない男の声がした。

サミュエルとも、カイン、執事のセインとも違う声。

セレナはそっと歩いていき、息を殺していた。

なぜだか、そうしたほうが良いと思った。

聞えた声があまりに野太い、荒々しい男の声だったからかもしれない。

セレナにとって粗暴な男でしかない、見世物小屋にいたころの団長を思い出させるのだった。

すると、奥から聞こえてきたのは、やはり聞いたこともない男達の声だった。

「そうは言っても、親方。この金庫やけに頑丈だし、もう、張り付けてる床の板ごと切り取って、住み家でこじ開けたほうが早いですよ」

「そんなことしたら、気づかれちまうだろうが。何のために、この屋敷がチャリティーで疲れ切ってる頃合いを見計らったと思うんだ」

髭面の男が言う。

簡素なシャツに薄汚れた服装の男たちが室内の奥で話している。

男たちが手に持っている物は、銀色に光る工具たち。そして、金庫があるから当主以外入ることを禁じられている、部屋の隅に置かれた金庫。それに群がる男たちだった。

(もしかして・・・・・、新聞にも載ってた盗賊団!?)

セレナはようやく、平穏が崩れ落ちたことを感じるのだった。



             ♢

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