第21話 作戦開始
カン、カン、カンと、リズムよく階段を降りる音は廊下から監禁されてる部屋へと響いていた。
いつもなら静かな、物音もしない監禁部屋だったことだろう。
「飯だ」と言って、床から数センチ上開いてるだけの小さな通り穴からご飯を置いていく盗賊団。だが、今回は普段とはちょっと違っていた。
「きゃああ!!サラ!しっかりして、サラ!!」
ドアの向こう側に、突如としてシルフィア嬢の悲痛な叫びが部屋一帯にこだました。
それは扉の向こう側にいる飯を運んできた盗賊団の男も一緒だったらしく、
「なんだ、おい、どうした!!」
男が叫びながら施錠された扉をドンドン叩いてくる。
「乳母のサラが血を吐いたの!早く、誰か呼んできて下さい!!」
男は「どうしたって言うんだ」と言いながらも、中の様子が気になるのか扉を開錠し、中へと入ってきた。
暗い部屋の中央には、横に倒れている女がおり、その傍には泣いて容体を心配しているシルフィアがいた。
「どれ、どんな状態なんだよ」
男はしゃがんで倒れている女の身体に触れようとしたその時――。
ゴン!!!
男の股間に後ろから誰かが思いっきり蹴り上げる人物がいた。
扉の裏に隠れていた人物――。
もう一人収監されていたセレナだった。
「△■◎✖〠☆ーー!!!!」
男が文字にならない雄たけびを挙げながら、股間を両手で押さえ、悶絶しているところをセレナは逃さずにシャツを掴み、グイッと重心を変え、自分の身体のひねりを上手く利用しての背負い投げをした。
ド―――――ン。
投げ飛ばされた男は、勢いよく部屋の壁に勢いよくぶつかり、そのまま伸びていた。
「セレナ!やったわね、成功よ!!」
「ああ―――、怖かったですわ――――!!もう帰りたい――――!!」
乳母とシルフィアはお互いの手を取り合い、喜びの声をあげる。
(よっし!!第一関門クリアね!)
神父様から教えられた、この技を使うのは久しぶりだったが、身体がまだ覚えていたことに密かに安堵する。
詳しくは知らないが、日本古来からある技だと身をもって神父様から実際に技をかけられ、幼かったころはよく家の外で技をかけられていた。
それが、こうやって活かすことが出来た。ここから先の脱出にも、己の今までの知識と経験をフルに使わなければならないだろう。
「それじゃ、お二方。私の傍を離れず、慎重に前へ行きましょう」
頷く二人と共に、こうして監禁部屋からセレナ達は逃亡を開始したのだった。
ここを支配しているのは盗賊団だ。武器は多い方が良いに越したことはなかったので、男の持ち物を確認すると、男のポケットからはこの部屋の鍵と、小さな銃を見つけた。
それを持って監禁されていた部屋を脱出するのだった。
部屋の外に続く廊下には、男が食事を持ってくる際に持ってきたのであろう置かれたランプ。それを拾い、移動を開始した。
(中は暗かったのね・・・)
眠らされたときに連れてこられた監禁された部屋の外—―、内部の構造は全員が初めて見るものだった。
薄暗い廊下が続く内部は、どこまで続くかわからず、また角を曲がれば歩いてる盗賊団の男に、いつ遭遇するかわからない。
そのため、常に息を殺しての移動は緊迫した空気が三人を取り囲み、生まれて初めての臨戦態勢は言葉に出さずとも辛かった。
だが、わかっていたことは、この廊下の向こう側へと進むしかない、っということ。
”生きて脱出する”
それを胸に三人は前へと足を進めた。
そして、セレナ達は外に通じる出口よりも、ある場所を目指していた。
―――セレナを育ててくれた神父は、変わった経歴を持つ人物だった。
彼が幼い頃に話してくれた冒険劇。
もし、あの時話してくれた戦法が役立つのであれば、試すしかなかった。
そこまで行けば、”脱出の可能性が上る”はずなのだ。
大勢の盗賊団の男たちと戦闘することを避けるためにも、セレナは五感を集中させ周囲の気配を感じ取ろうとしていた。
慎重に移動しながらも、男達に遭遇しないことを祈っていたのだが、ここまでだった。
長く続く廊下の角で、酒に酔っているのか顔がタコのように赤い男が目の前からでてきたのだ。
男はいきなりの女達の登場と目の前で自分に向けられた銃口に一歩後ろずさった。
「動かないで。動いたら、貴方の命はここで費えるかも知れないわよ」
「なっヒック、どうやって出てきたんだ、おまえら・・・」
男は驚いていたが、セレナが向ける銃を見て流石に手出しはできないようだった。だが、油断は出来なかった。
男の腰には革のカバーがかけられた大きなナイフを腰に巻き付けていたからである。一瞬でも隙を作れば、形勢逆転は十分あり得た。
「まずはその大きい武器をこっちに寄こしなさい。逆らえば、わかってるわね?」
セレナは男から武器を預かると、そのまま銃口を向けたまま言った。
「私が言うことに、答えなさい。私達がいる場所は船?それとも、建物の中?」
「・・・・・船だ」
これでようやく、セレナ達は自分たちが連れてこられた場所がわかった。やはり、磯の香がしていたのは港町ではなく、船の上、つまり自分たちは海の上にいることがわかったのだ。
「船の中に、盗賊団は何人」
「・・・25人だ」
「男たちはどこにいる?」
「・・・・上の部屋にいる」
「嘘を言えば、貴方の命はこの銃で終わりよ」
「う、嘘じゃねえ!!ほんとだ、信じてくれ!!!」
男は慌てて言葉を発する。
「じゃあ、私が言う場所へと案内しなさい」
―――セレナ達は目的の場所へ寄ったあと、最終目標である外に通じる出口を目指して歩いていた。
「ここは、何の部屋?」
盗賊団の男の背中に銃口を押し当てながら聞くと、男は説明してくれた。「・・・・・・この部屋が、食堂。船員たちがいる部屋だ。この部屋を通らないと、上には行けない構造だ」
扉を開けると、すぐに階段があり、その上から酒と食べ物の匂い、男たちの笑い声が聞こえてきた。そして、ビールを入れていたであろう樽が無造作に置かれており、二段に積み重ねられてる樽もある。
(重なった樽に、少しは身を隠せそうね)
「わかったわ」
「なあ、・・・俺、もういいだろう?解放してくんねぇかな・・・?」
「無理。私達を上手く逃がせたときじゃないと」
この男から奪った大きいナイフも併せて、女性陣は背後から真剣に男を脅す。
「う、う。ちくしょう。あっちだよう」
男も、圧倒的な不利の状況に戦意喪失したのか涙を流している。
男が指さす方向を見ると、階段の先に扉がある。そこがこの船の甲板に続く入り口らしい。
だが、すぐ傍には酒やタバコを吸いながらカードゲームに興じてる男たちがいる。
「セレナ、どうする?」
「まずは一人ずつ、あの場所を通るしかないようですね」
幸いにも、男たちはセレナ達が通る道とは反対の方向をむいている。上手くいけば男達に気づかれずにやり過ごすことはできそうだった。
一人目はシルフィア。
ゆっくりと身を潜めながら、男たちに気づかれぬよう、膝で床にこすりつけて移動していく。
(お願い!バレないで!!)
一心に願い、シルフィアの無事を祈った。
そして、ようやくシルフィアが甲板へと繋がる扉へとなんとか無事にたどり着く。次は乳母のサラの番だ。
サラもシルフィアの要領で、ゆっくりと男たちがいる通りを抜けていく。
「申し訳ないけど、貴方もついてくるのよ」
男を銃で脅し、続けて男を先頭にセレナも続けて渡ろうとしたその時だった。
いきなりの銃声がセレナ達の頭上に鳴り響いたのだ。
同時に樽の上に無造作に置かれていた瓶の一つが盛大に割れた。
「きゃあ!!」
思わず叫び声が出てしまった。
しまった、と思ったが、もう遅かった。
セレナが見た視線の先には、盗賊団の男がこちらを向いて、手には銃を握り銃口を向けていた。
「おい、こら!!タコ!なんだって、捕まえた女たちの手助けしてるんだ、おめえ!!!」
瞬時にセレナの身体が恐怖と焦燥感にとらわれ、震えが湧き上がってくるのが感じられた。
だが、それを必死に押しとどめ、セレナは目の前の男達を睨みつけていた。
ここからが本当の賭け――。
一瞬でも判断を誤れば、自分だけでなく他の二人も犠牲になってしまう。
それだけは避けたかった。何としてでも。
「な、女たちは部屋に閉じ込めてたはずだぞ!?どうやってここまで来たんだ!?」
「おい、そこにも2人いるぞ!!捕まえろ!!」
銃を向ける男の他に、近くにいた男達がシルフィアたちに今にも襲い掛かろうとしていた。
「待ちなさい!!その二人に手を出したら、大変なことになるわ!!もちろん、私にも銃をー」セレナの言葉はそこで終わった。
「ドンドン!!」
大きな三角帽を被った男が、二発、銃をセレナに向けて発砲したからだ。
セレナの腕、肩には銃弾がかすり、白い袖には血の色が滲み出てくる。
それを見たシルフィアが絶望の声をあげる。
「キャアア!セレナ!」
「女の戯言(ざれごと)は聞きたくねえ。次は顔に当てるぞ。可愛い顔で男をたぶらかして出てきたのか知らねえがな」
「――お、お頭!俺は、こいつに脅されただけだ!俺は無実だ!」
「おうタコ。お前の言い分は、こっちの女たちを処分してからだ」
「待ってくれお頭!そいつら、撃っちゃダメだ!危険なんだ!!爆薬持ってるんだよ!!」
男の一声で、男たちに動揺する顔が広がっていく。
「どいうことだ?」
「こいつ等に大砲や爆薬が保管されてるとこ案内しろって言われて・・・・」
「それで案内したってわけか!!!!馬鹿野郎!!」
「だって、お頭ーー!おれ、脅されてて!」
手が出せない男達に、セレナは更なる予防線を張ることにした。
「―――私やそこにいる二人も爆弾を持ってるわ。このランプの炎で、爆弾は船の半分以上は吹っ飛ぶはず。貴方たちが航海中に海賊船でしてることでしょ?」
セレナの両手には、爆弾とランプ。
一部の海域では、航海中避けられないのがあった。
――それは海を縄張りとする海賊との戦い。それは一般の客船、盗賊団の船でもそうだ。己を守るために、相手の船へと爆弾を投げ、船を沈められる前にいかに有利な立場へと運ぶかが勝敗の鍵。
亡き神父から教えられたことだった。
「自分たちも吹き飛ばされたくなかったら、私達のことは諦めることね。私達を家に帰して頂戴」
「―――チッ、わかった。」
頭領とおぼしき男が口にすると、周囲の男達にとって予想外だったようで、あちこちで驚きの声があがる。
「騒ぐんじゃねぇ!!!!こいつらよりも、船が大事なだけだ」
「男は返しますわ。シルフィア様、甲板に出て!」
「え、ええ」
シルフィア、サラ、セレナの順で、周囲を警戒しながら甲板の上へと出るが、その間にも盗賊団たちはジリジリと一定の距離で、詰め寄ってくる。
一瞬の気も抜けなかった。
少しでも隙が生れれば襲い掛かってくるだろう。
甲板の上に着いたセレナは、男どもがこれ以上近づけない様に、持っていたボトルで、中に入っていた液体を振りまく。
「―――何を撒いた?女」
お頭と呼ばれていた盗賊団の頭領は、集団先頭に位置しながら『ぶち殺してやる』といった表情でこちらを睨みつけている。
「これ以上来たら火をつけるわ。灯油よ」
これも爆弾と一緒に爆薬庫から持ってきたものだ。灯油を撒いた甲板の床に直接爆弾、手さげのランプを傍に置いた。セレナが火のついたランプを足で倒せばすぐに引火し、甲板は火の海と化す、そう考えたのだ。
「―――――よっぽど俺を怒らせたいようだな」
頭領の男はセレナと銃の睨み合いが続いていた。
「セレナ、あったわ!小さいボートよ!」
セレナの代わりに脱出用ボートを探していたシルフィアが、大声でセレナに向けてい言った。
「それに乗ってください!」
シルフィアと乳母のサラの近くに行き、
「いいですね、私が海上まで少しずつ下ろしますから、そのナイフで、繋がってる船の縄を切ってください」
後ろからのシルフィアの声に、素早く次の指示を出した。
セレナは脱出する少し前にシルフィアにあのチャリティーイベントで使った小型ナイフを渡していたのだった。
小舟のボートの縄を掴みながら、シルフィアはセレナを見つめていた。
「セレナ、—――貴方は?ねえ、一緒に逃げるのよね?」
「―――大丈夫です」
シルフィアは、察しがいい娘だった。
そのことが、彼女を直視できずにいた。
彼女の真っすぐな瞳をみれば嘘を突き通せなくなる、それだけは避けたかった。
「すぐに追いかけるので、後ろを振り返らずにボートを漕いで下さい。じゃないと追いつかれますから。私は大丈夫です。うまい具合に逃げれる方法がありますから」
「・・・本当?」
「ええ。さ、はやく」
セレナは銃を盗賊団に向けたまま、片手でボートを固定していた滑車を動かし、二人が乗り込んだボートは船の外である海へと降下し始めた。
その間も盗賊団の男達は、銃を向けたままセレナに銃口を当てているが、セレナが撒いた灯油、ランプの火を恐れて発砲はなかった。セレナも銃を構え、足元には灯油で予防線を張ったとはいえ、それでもこの張り詰めた緊張を保ち続けるのは辛かった。
そして、
ヒュン。――――縄が切れる音がした。
ボートが海上について、船とボートが切り離されたということだ。
(これで、あとは私が時間を延ばせばいいだけ)
「お前を置いて逃げるなんて、お貴族様も薄情もんだな」
頭領の男が言った。
「私の意志で残ったのよ。貴方たち、ボートに大砲でも放ちそうだし」
(だから、はやく逃げて欲しい。追手がこないうちに、遠くへ)
セレナはボートで逃げてる二人の無事を祈った。
「お前は足止めに残るってわけか。お前、死ぬぞ」
「最初は死ぬ気なんてなかったわ。上手く生き抜くことが出来なかっただけ」
これは本心だった。できれば、一緒に逃げたかった。自分から死にたいと思ったことはない。生きて屋敷へと戻り、あの方の元へ帰りたかった。
だが、こうなった以上、その望みは叶えられない。
(すみませんカイン様――。貴方の元に行けないみたいです)
哀しかったが、自分はまだ盗賊団の男達と対峙している。
そして、今、私がやるべきことは追手からあの方達を最後まで逃がすこと。
私の分まで未来を繋げるために。
「—―お前、本当にメイドか?」
「私を育てくれた人が、海賊と戦った昔ばなしを聞いてたの」
「そうかい、そりゃあ豪傑だな。お前が死ぬ気なら、お前と話してもラチが明かねえ。どうせ爆弾に火つけられそうだしな」
盗賊団の男達は次の手に出ようとしたようとしたのか、僅かに身体を動かす。
セレナは、脅しとして発泡するしかない、と意を決したが、行うことは出来なかった。
急に上からセレナめがけて網が降ってきたからだった。
眼の前の男たちと睨み合いをして気づかなかったが、屋根の上にも盗賊団の男が登っておりその男が放った網だった。
「な!!」
セレナは頭から被された網から、すぐに出ようとするも遅かった。
一瞬の隙をついて、盗賊団の男たちはすぐ近くまで来ていて、銃を奪われてしまった。
反動でセレナの身体は甲板の床に転がってしまった。そしてすぐに身体は盗賊団の男達に甲板上に押し付けられ、一切の行動が出来なくなっていた。
「たっく、手間かけさせやがって。網を被せて動きを止める
頭領はセレナの頭を掴み上げながら顔を無理やり上げさせたその時だった。
突然船が何かにぶつかった轟音が響き、大きく揺れる。そして立つことは困難なほど大きく傾いた。その拍子に、セレナの身体は床から転がり、手すりの間を抜け、そのまま冷たい、漆黒の海の中へと落ちていった。
男達はセレナのことなど意を介さず、近くにある手すりに掴まり、海に落ちない事に必死だった。
「お頭―――――!!ふ、船です!後ろからデカい船が体当たりしてきてます!」
「なんだと!!どうなってんだ!」
ぶつかってきた船からは、大勢の若い男たちが盗賊団たちの船へと乗り込んでいた。
「突撃―――――!敵を捕獲しろーーーー!!」
「どけええええええええ!!」
「おりゃあああああ!!!ぶっ潰せ―――!!」
男達の怒声が甲板上に鳴り響き、そして戦場となっていた。
海へと落ちたセレナを襲ったのは極寒の海の水だった。全身を切り裂く様な痛みが襲っただけではなく、口からも冷たい水が入り込み、息ができない、―――苦しい。
セレナは空気を探してもがくが、冷えた水が容赦なく体の体温を奪い、すぐに動けなくなった。セレナは気がつかなかったが、甲板上で長い間冷たい風に吹かれ続けたせいで、自分で思ってないほどに身体が冷えていた。
瞼を動かせば、暗く、何もない混沌の世界。
氷のように、凍てつく痛みが手先、足の先の全身に広がる。
何層もの布を縫いあげて造るメイド服は水を吸い込み、身体は寒さから動かすことはできず、どんどん底なしの闇へと堕ちていく。
(―――あのボートは逃げ切れたかしら?)
もう意識を保つことさえも難しくなったのか、途切れ途切れで、思考が飛んでしまう。
最後にシルフィアとサラを乗せたボートだけが気がかりだった。
(どうか、私の分まで生きて欲しい)
私が出来なかった恋も、最後まで生きれなかったことも含めて――。
それがセレナの願いだった。神父様のように、その人の意志、人生などは会った人たちの思い出に残り、そして身体は地や海に還るのだ。
それは、神父様が‘‘死”という身を持ってセレナに教えてくれた、最後の教訓だった。
意識はそれまでだった。
―――同時に、微かに明かりが灯る水面から泳いでくる人物がいた。
♢
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