第13話 うららかな縁側で

あたたかい。


ぽかぽかと、縁側に降り注ぐ午前の柔らかい陽射しは、ぐんぐんとさち子を眠りの世界へと誘っていくかのようだ。


静かな家の中。


雅美は朝から出掛けている。


多分、滝じぃの所だろう。


まりは朝ごはんを食べたあと、本屋を探してくると出ていってしまった。


本屋なんてあっただろうか?


あったら教えてもらおう。


「んー。にゃんた、もうちょっとそっちに寄ってぇ」


丸く肉肉しいお尻が、何故かさち子のほっぺたにくっつくようにして寝ているのだ。


「んもー」


ふてぶてしいそのお尻を、ぐいと押しやる。


それなのに、一瞬耳をピクつかせただけで、振り向きもしない。


「なかなか大物だわぁ」


少し広くなったスペースで、腕を広げて仰向けになり、再び空をゆっくりと流れる雲に目を向けた。


ちょっと前まで桜が満開になっていたのに、また寒くなって。


やっとここ数日は、暖かな日が続いていた。


ようやく春が来たーと、自信をもって言える頃だろう。


「ねー、にゃんた。あんたはどこから来たの?」


・・・・・・


「まぁ、いっか」


ぼんやりと空を眺めていると、うつらうつらとし始める。



ふぅっと意識が遠退きそうになる。



「どうも、ごめんください」


「おおっ?!はい!はいはい、はいはい」


高めの声にビックリして叩き起こされたさち子は、慌てて玄関へと向かった。



「お待たせしました、あ。あら、手芸屋さんの!」


「えぇ。三隅(みすみ)と言います。ごめんなさいね、急に」


60代と思われる、小太りの手芸屋さんの店主は、紙袋を提げている。


「ほら、そこ。看板が出てたから遠慮無く来ちゃったのだけど、お忙しかったかしら?」


「い、いえ。なーんもする事無くて、猫と昼寝してました。昼寝って言ってもまだ午前中ですけど。ははっ」


ぐちゃぐちゃの頭を乱暴に手櫛で整えるさち子を見て、三隅は笑った。


「あ、上がります?どうぞ、まだ誰もいないんですけど」


「じゃあお邪魔しますね」


そうして、彼女を居間へと招き入れた。



「まぁ、良いお家ねぇ。あら、猫ちゃん!初めまして」


しゃがみこんで笑顔を見せる彼女に、にゃんたはゆっくりと近より、少しじっと見つめかと思うと体を三隅の足に擦り付けた。


「あらぁ、初対面なのに。ありがとう。可愛いわねぇ」


さち子は、三隅がにゃんたと遊んでいる間に台所でお茶を淹れ、居間へと戻った。


「どうぞ」


「ありがとう。ここへはご家族と住んでらっしゃるの?」


にゃんたの背中を撫でながら、三隅が部屋を見回して尋ねた。


「家族では無いですけど、あと女性が二人いますよ。多分、お昼までには帰ってくると思うんですけど」


「へぇ・・・何だか素敵ね」


にっこりと微笑んで、お茶を飲む。


「そこの縁側、良いわねぇ。日当たりもバッチリで日向ぼっこにはもってこいね」


「そうなんですよ。さっきもここでウトウトしてたんです。夕方は涼しいし、縫い物なんかもここでやると捗るんですよ」


「まぁ、良いわねぇ。ちょっと私も・・・」


よいしょと立ち上がると、縁側にゴロンと横になった。


何故か、にゃんたも真横にくっつくようにして丸まっている。


「気持ちいいわぁ・・・私、一日中ここで過ごせちゃいそう」


「あははっ。でしょう?では私も失礼して・・・」


遠慮なく、にゃんたを挟むようにして大の字に転がる。



まだ、2回目に会っただけの相手と何をしているのだろう。


「あら、どうかした?」


思わず笑いが込み上げたさち子に、不思議そうに三隅が言う。


「あぁ、いえ。大してお話もした訳じゃないのにこんな風にしてるなんて、今までの私じゃ考えられないなぁって」


「あ、ごめんなさい。失礼だったかしら」


「いえいえ。ここは不思議な町ですねぇ。皆いい人なのが、すぐわかります。だから安心して、おばちゃん亭なんて出来るし、こんな風に無防備にいられるんですよね」


「まぁ。私が悪い人だったらどうするの?」


「はははっ。それは無いですよ。孫のためにせっせと縫いぐるみ。それもパッチワークで手間暇掛けてるおばあちゃん。まぁ、盗られる物も無いってのもありますけど」


「ふふふっ。そう思ってくれてるのならありがたいわ。あ、そうそう・・・」


思い出したように体を起こすと、テーブルの側に置いていた紙袋を掴んだ。



「これね。良かったら貰ってちょうだい」


そう言って、テーブルに並べたのは、色とりどりの刺繍糸だ。


それも、結構な量だ。


微妙な色の違いの糸や、グラデーションになった物もあり、一通りの色は揃っているように見える。


「えっ!こんなに頂いて良いんですか?!大事な商品なんじゃ・・・」


「前に来てくれたとき、熱心に見てくれてたでしょう?好きなのねぇって思ってね。お近づきのしるしみたいなものだから、使ってちょうだい」


「わぁあ・・・綺麗!凄く嬉しいです、本当にありがとうございます。大切に使います」


目を輝かせて刺繍糸を手に取るさち子を見て、三隅は満足気に笑って見せた。



「ただいま。あら、どなたかお客様がいらしてるのね・・・」


玄関の方から、低めの雅美の声と共に、廊下を歩く足音が聞こえてきた。


「あら。あらあら、そんな所で」


驚きながらもクスクスと笑って、さち子と三隅を見る。


12時前。


再び縁側でごろ寝をしていた、二人と一匹。


「失礼しました。あまりに気持ちが良くて・・・ごめんなさい。手芸屋をやっています、三隅です」


「好きなだけくつろいでくださいな。ここはそういう場所ですから。気に入ってくださって嬉しいですよ。津田雅美です。まだお時間はありますか?」


「えぇ、今日はお店もお休みですから」


それを聞いて、雅美は嬉しそうに眼鏡越しに目を細めた。


「じゃあ、何かお昼御飯を用意します」


そう言って、何やら重たそうなエコバッグを抱えて台所へと入っていった。


「あ、そうだ。さち子さん、見てこれ」


皿の音らしきものの後に、雅美が再び台所から出てきた。


手に持っているのは、お洒落な陶器の珈琲カップだ。


「信楽焼ですって。ソーサーも付いてたのよ。3つ欲しいって言ったんだけど、お店に5つあるから、5つで500円ですって。滝じぃさん、良心的過ぎよねぇ」


骨董品の筈だが、割れたり、ヒビもなく、かなり立派な物だ。


「まぁ、素敵なカップねぇ。滝畑さんは、10年くらい前から、変わらずあのスタイルの商売なのよね」


「へぇ、そんな昔から・・・」


さち子がそう言うと、三隅は申し訳なさそうに苦笑いした。


「プライベートな事だから私は言えないけど、滝畑さんがその内話してくれると思うわ」


その三隅の言葉に、ふと気がついた事があった。


さち子がここの町に安心感を覚える理由。


ここの人達は、人の噂話や、勝手に他人のプライベートな話をしない。


さち子にとって、今までの生活でストレスに感じることはそこだったのだ。



雅美に何か手伝うと申し出たが、あっさりと断られてしまったさち子は、三隅に自身の手芸作品を見せる事にした。


「素敵。一つ一つが丁寧で・・・これ本当に無料で売ってるの?勿体無い気がしてしまうわ」


「良いんですよ、暇潰しの趣味でやってるだけですから。それにほら、商売にすると色々面倒でしょ」


そう言って軽く笑うさち子を見て、目尻にシワを寄せるようにして三隅も笑う。


「私もお店が休みの時に、この縁側で一緒に縫い物しても良いかしら?」


「えぇ、もちろん!楽しそうで良いじゃないですか。時々昼寝しながらやりましょう」


そんな話に盛り上がっていると、台所の方から良い匂いが漂ってきた。


「あらぁ・・・美味しそうな。鰹出汁の匂いかしら」


それとは別に、ジュージューという食欲を掻き立てる音が聞こえてきた。


「豆腐ハンバーグですよ。あと、大根の煮物」


雅美が姿を見せないままそう言った。



「ただいま戻りましたー。おぉっ、もうご飯出来てる!」


三隅に料理を出していると、まりが帰って来た。


「あ。揃ったし、皆さんで食べましょうか」


さち子がそう言うと、「えぇ、そうしましょう」と雅美が台所へと戻った。


「初めまして、八坂まりです」


「手芸屋の三隅です。宜しくお願いします。あら、本屋さんに?」


まりが手にしていた袋をみて、三隅が尋ねた。


「本屋さん、あったんですか」


さち子が興味津々で聞くと、まりは何度も頷いた。


「はい、商店街より2つ向こうの筋に。小さいお店でしたけど、本はびっしり並んでて面白かったですよ」


「あそこは、手芸の本も沢山あるから、今度行ってみたら?」


「お店の人も変わってて、面白いお店でしたよ」


思い出し笑いをしながら、まりが言った。


「はい、お待たせ」


雅美が、大根おろしが乗った豆腐ハンバーグとポン酢。


柔らかそうな大根の煮物と、白いごはんが運ばれて来た。



楽しく食事を終え、今度は雅美とまりも加わって縁側に寝転んだ。



車の音も聞こえない、田舎の小さな町。


のどかすぎて、葉が擦れる音がとても大きく感じる。



にゃんたは相変わらず、さち子の頬に丸いお尻をくっつけて離れなかった。



春のうららかな縁側は、私のお気に入りの場所なのだ。

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