第10話 類は友を呼ぶ
「あー。もう、寒い。早く暖かくなんないかなぁ」
刺繍針を針山に休め、冷えきった手をこたつの中に入れる。
「時々暖かい日もあるんですけどねぇ。はい、昆布茶。温まるわよ」
「おっ。いつもありがとうございます。いやはや、私は幸せだぁ」
ズズッと熱い昆布茶を啜る。
冷えた体に、じわりと染み渡るようだ。
先程から、庭の木に野鳥がとまっている。
「雅美さん、見てあれ。あの鳥、いっつも来るんですよねぇ」
「へぇ・・・あら、もう一羽」
枝に留まったまま、キョロキョロと辺りを見回していると、同じ種類の鳥がやって来た。
2羽で枝を譲り合うように、ちょんちょんと跳ねている。
「知り合いかしら?」
雅美が面白そうに見入っていた。
「似た者同士ですかね?私と雅美さんみたいな」
「そうかもしれないわねぇ」
クスクスと笑いながら、雅美も昆布茶を飲んだ。
「あのー!」
突然、玄関からの大きな声が古民家に響き渡った。
「わっ。お客さんかな?ちょっと行ってきますね」
「えぇ。ここ片付けておくわね」
さち子は慌てて玄関へと向かった。
玄関には、さち子より先ににゃんたが出迎えていた。
そこに居たのは、さち子より年上だろうか。水色のロングスカートで、ショートカットの女性が立っていた。
斜め掛けにしたバッグの紐を握り締めた彼女は、にゃんたを見るなり「あらー!可愛いねぇ」と、今にも溶けてしまいそうな表情だ。
「あ!突然すみません。外に。あの、ほら」
あれあれ!と玄関の外を指差している。
「・・・え?あぁ、看板ですか?」
「そう、それです!おばちゃん亭って。何か食べられるお店ですか?」
お腹が空いているのだろうか。
目をキラキラと輝かせた女性が、期待満々で尋ねる。
「あー。ご飯屋さんってわけでは無いんですけどね。まぁ、とりあえずどうぞ。あがってください。寒かったでしょう」
女性を招き入れ、にゃんたを連れて居間へと戻った。
「あら、初めまして。どうぞ、ゆっくりしていってください」
ちょうど、台所から湯飲みを乗せたお盆を手に、雅美が出てきた。
「ど、どうも。初めまして・・・。ここはご飯屋さんじゃ無いんですかね?」
こたつに足を入れて座り、部屋を見回す。
「ご飯屋さんと言うわけではないですねぇ。大した物は出せないですけど、お料理はありますよ。お持ちしますね。待っててください」
雅美がお茶を出して、再び台所へと戻っていった。
状況か掴めないでいる女性は、小さな声で「頂きます」と言って、湯飲みに口をつけた。
居間に静かな空気が流れる。
にゃんたは、部屋の隅にある自分の寝床に丸まっていた。
「わぁ、素敵ー!これも全部、あなたが作ったんですか?」
テーブルの上に並べた手芸作品を手に取り、感嘆の声をあげた。
「さち子です。私の名前。花村さち子って言います」
「あ!えっと、申し遅れました!八坂まりです。八坂神社の八坂です。縁も所縁も無いですけど」
「まりさん、ね。私は津田雅美。宜しくお願い致します」
良い匂いとともに、台所から出てきた雅美が丁寧にそう言った。
「それ、本当に素敵でしょう?特にそのブックカバー。私も色違いで頂いたんですよ。スミレの刺繍が、とても気に入ったの」
雅美は、畳に膝をついて食事をテーブルに並べる。
「はい。これ、私も欲しいです。本好きなんで。おいくらですか?」
「それ気に入ったなら、どうぞ。さしあげます」
「こんな良いものを?!」
「えぇ。ここで差し上げるものは、私たちがタダと言うものはタダです。もうこれも趣味みたいなものですから」
そう言うと、満面の笑みで「ありがとうございます!」とブックカバーを抱き締めた。
「どうぞ。直ぐに出せるものがこれくらいしか無くて・・・ごめんなさい。足りる?」
味がしっかりと染みた筑前煮。
蓮根や鶏肉。ゴボウは良い味を出すのに欠かせない。
人参、いんげん豆が彩りを添え、ぷりぷりのこんにゃくが食感にアクセントを加えるのだ。
「あとはお味噌汁と・・・海苔を巻いた卵焼き。はい、ご飯も」
「うわぁ・・・!十分です、ありがとうございます。いただきます」
余程お腹が空いていたのか。
物凄い勢いで、料理を頬張っている。
さち子と雅美は、それが面白くてずっと見ていた。
「あー、美味しかった!」
ゆっくりと箸を置いたまりは「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
「こちらへは、旅行で?」
雅美が食器を片付けている間、にゃんたを膝に乗せてさち子が尋ねる。
「はい。私、食べるのが好きで。あちこちに食べ物目当ての旅行してるんですよ」
「へぇ・・・今日は日帰りなんですか?」
「特に決めてないですけど、この辺りはホテルも無さそうですから、帰るしかないですね。仕事は辞めてきちゃったんで。暇人です」
「じゃあ・・・うち泊まります?部屋は空きもありますし」
さち子の話が聞こえたのか、雅美がひょっこりと台所から顔を出して「良いわねぇ」と笑顔を見せた。
「ええぇっ!いや、流石にそれは」
まりは、胸の前で両手をぶんぶんと振る。
「賑やかな方が楽しいし。ねぇ」
雅美がさち子に同意を求めるように見た。
「そうですよ。雅美さんだって突然そこの庭に入ってきて、それからずっと一緒に住んでるんですよ」
「えっ。そうなんですか」
雅美はニコニコしたまま、ゆっくりと頷いた。
「はい。決まり!じゃあほら、とりあえず買い物に行くんで、観光ついでに行きましょう」
さち子は、少し動揺したままのまりをつれて、家を出ることにした。
太陽は出ているが、まだ風が吹くと冷たい。
道の脇に並ぶイチョウの木は、4月になると緑の葉をつける。
商店街へと続く道すがら、夕凪町のお店や人々の話。海の素晴らしさを懇懇と語った。
「ほら、あそこのお店は滝畑屋っていうリサイクルショップです。滝じぃが居て、うちの家具は殆どがあそこで買ったんです。安いのに物は良いので助かってるんですよ」
まりは、かなり古びた滝畑屋の外観を「へぇ・・・」と眺めている。
「とりあえず、今日はお豆腐屋さんに用があるので。帰りに少し海も見に行きますか?」
「はい、是非!」
そうして、さち子はまりを連れて豆腐屋へと急いだ。
百合子のお店で、豆腐をニ丁と厚揚げを買った。
最初、まりは百合子の元気一杯のマシンガントークにどうしていいのかわからない様子だったが、暫く話していると楽しくなってきたのか、負けないくらいのテンションでお喋りを楽しんでいた。
「いやぁ、百合子さんって面白い人でしたね!」
海へと向かう途中、まりが嬉しそうに言った。
「随分と会話が弾んでいましたね。気が合うみたいで、見ていて楽しかったですよ。あ、もうすぐ海が見えますよ」
商店街を抜けた坂道。
「わぁ・・・!」
まりが息をのんだ。
何もない、ただ海が果てしなく広がる景色。
遮るもののない大きな空は、とてものどかだ。
時間を忘れてしまう程のその景色は、ゆったりとした空気を感じさせる。
「良いところー・・・」
まりが砂浜に足を投げ出すようにして座る。
スカートの汚れなど、露程にも気にしていないようだ。
柔らかな海の風を全身に感じながら
穏やかな風に、ザザッと小さく音をたてる波に耳を傾けた。
ここへ来たら、つい何もかも忘れてボーッとしてしまう。
まりも同じらしく、静かに、真っ直ぐ水平線を見つめていた。
「決めた!」
まりはスカートのお尻に砂をつけたまま、突然立ち上がった。
「私、この町に住みます!」
「えっ。帰らないんですか?」
「いえ、一度全てを片付けてから。でもすぐ戻ってきます。住みます」
「住みますか・・・住んじゃいますか」
「えぇ、住みます」
「よし。住んじゃいましょう」
「はい!おばちゃん亭に!」
「えぇっ」
思わずそう言ったが、それも面白いかもしれない。
そう思ったさち子も立ち上がる。
「勿論です。大歓迎!ようこそ、夕凪町へ!」
「ありがとうございます!」
さち子とまりは、固く握手を交わした。
それから二人で帰宅し、雅美にも伝えた。
全く驚いた様子もなく
「最初からそんな気がしていましたよ。私たち似た者同士ですから」
雅美は眼鏡の奥で目を細めて、いたずらっぽく笑った。
「気の向くまま、行き当たりばったりで生きている。私たち三人とも、そんな感じでしょう?」
雅美の言葉に、さち子も「あぁ、たしかに!」と深く頷く。
まりも思わず笑っていた。
そうして、おばちゃん亭には新たな住人が増え、いっそう賑やかとなったのだった。
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