第9話 あたたかい魔法
「じゃあ雅美さん。あとは頼みます」
「本当に大丈夫ですか?一緒に運びますよ?」
「滝じぃに台車借りるんで、楽勝ですよ。夕飯、楽しみにしてますから」
「わかりました。任せてちょうだい」
さち子は雅美に豆腐の入った袋を手渡して、道を別れた。
「ごめんくださーい」
ガタンッ
奥の方から何かが壁にぶつかる音と共に、滝じぃが出てくる。
「はいよ。あぁ、花村さんか。何か欲しいのか?」
「こたつ。こたつが欲しいんです。あります?」
「こたつなら、確かそっちに・・・」
積み上げられた生活雑貨や家具の間を、慣れたように移動する。
「これなんかどうだい?結構大きいかもしれんが、あんたの所は人が色々来るだろうから、大きさは欲しいんじゃないか?」
滝じぃが、6人くらいは余裕をもって座れそうなくらいの大きなこたつテーブルをポンポンと叩く。
「そうですねぇ・・・うん。それにします。あと、そっちも貰えます?」
滝じぃの背中の辺りにある、犬や猫が寝られるようなクッションを指差した。
「あぁ、構わんよ。じゃあ2つで千円ね」
さち子は思わず、目をしばたたかせる。
「あ、あの。これどっちも500円ずつですか?こたつも?」
「そうだが?」
「・・・商売になります?」
さち子がそう言うと、滝じぃは声をあげて笑って髭を撫でた。
「商売なんて大層なもんじゃないからなぁ。値段も覚えやすくて良いだろう?おつりも計算しやすいし」
「あー・・・あははっ。確かに、そうですね。じゃ、お言葉に甘えて。はい、千円」
差し出した千円札を「はいよ、ありがとう」と受けとり、ポケットにつっこんだ。
「待ってなさい。台車、取ってくるから」
そう言うと、滝じぃは表へ出ていった。
少ししてから、ガタガタと大きな音を立てて滝じぃが戻ってきた。
「あ、やりますよ」
「いやいや。うちは商品が多いもんでね。下手に触ったら、他の物まで落ちてくる。そこで待ってなさい」
台車をこたつテーブルの前まで持ってきて、テーブルをそのまま倒すようにして台車に乗せる。
「よし。はいよ。これもだね」
クッションをテーブルの上に置いた滝じぃは、台車を店の前まで出してくれた。
「すみません、何から何まで・・・ありがとうございます」
「また欲しいものがあったら、いつでもおいで。花村さんの家にもまた遊びに行かせてもらうよ」
「えぇ、是非。では、また」
「はいはい。気をつけて帰るんだよ」
店を後にしてからも、ずっと手を振って見送ってくれる滝じぃに、曲がり角の手前で頭を下げてから家へと急いだ。
「うー・・・寒い」
葉が全て落ちてしまい、寒々しくも見える木を見上げながら、誰もいない通りを歩く。
手袋越しでも、台車を押す手が冷たい。
冬の空は、少し灰色がかった雲が覆っていた。
カサカサと枯れ葉が風で転がる。
こたつ、雅美さんは喜んでくれるだろうか。
にゃんたがクッションに丸まって眠る姿を想像するだけで、心がほっこりする。
「よしっ」
小さな声で意気込んで、さち子は少し足を早めた。
「ただいま戻りましたー」
玄関のドアを開けると同時に、奥の居間からにゃんたが駆け寄ってきた。
「にゃんたにもお土産があるのよー。ほら、危ないからあっち行ってなさい」
にゃんたを避けるようにして、テーブルを家へと上げる。
「あら、立派な机。お疲れ様、さち子さん。ありがとうございました。一緒に運びましょうか」
「はい、お願いします」
そうして、さち子と雅美は大きなテーブルを居間へと運んだ。
「では、さち子さん。いきますよ」
「はい、どうぞ!」
パチンッと雅美がこたつのスイッチを入れる。
暫く二人でこたつに足を伸ばして待機していると、じんわりと温もりが広がり始める。
「おー!」
「良い。良いですね。炊事で冷えた手も温かくなるわ」
雅美がそう言って、手をこたつの中に入れた。
ちょうどその時、居間の振り子時計がボーンボーンと鳴った。
「あら、6時。早いけど、夕飯にしましょうか。ちょうど準備も出来てるのよ」
「しましょう、しましょう。あれですね?」
「えぇ、あれです。体もほかほかになりますよ」
「夕飯は食べたいけど、こたつからは出られない。でも、ほかほかのあいつは食べたい」
「ふふふふっ。さち子さんは待っててくれていいですよ。私が持ってきますから」
よいしょと雅美が立ち上がる。
「いえ、私も行きます。サッと行きましょ、ササっと」
さち子も意を決してこたつから立ち上がり、台所へと向かった。
「では・・・はいっ」
雅美はテーブルに置いた土鍋の蓋を一気に開ける。
白い湯気がもわっと立ち込めたあと、真っ白のふるふるのそれが姿を表す。
「湯豆腐ー!いただきましょう!はい、雅美さんのお皿とお箸」
「ありがとうございます。では、いただきます」
「いただきます!」
昆布の出汁の中からおたまで豆腐をすくい、ポン酢の入ったお皿に入れる。
冷たいポン酢に浸かっても、まだほんのりも湯気がたつ豆腐をひとくち。
「んー!美味しいですねぇ。雅美さんは料理上手!私は幸せです」
「お豆腐が良いのよ。百合子さんのお店のお豆腐、とっても美味しくて、大好きだわ」
雅美も眼鏡の奥で、幸せそうに微笑んだ。
「あれ、にゃんたは?」
さっきまで、こたつの中のさち子の足にくっつくようにして座っていたにゃんたが、いつの間にか居なくなっていた。
「さち子さん。ほら、あそこ」
雅美が指差した先には、さち子が買ってきた青色のクッション。
その上には、とろけたような表情のにゃんたが丸まっている。
「気に入ったみたいね」
雅美のその言葉に、にゃんたが少しだけ目を開けたかと思うと、再び目を閉じて眠ってしまった。
食事を終え、ふたりで片付けを済ませたさち子は、こたつに戻る。
台所の床で冷えた足を、こたつに入れる時の幸せったら無い。
「雅美さん、何してるんですか?」
用事は済んだはずの雅美が、台所で何かをしている。
「お茶。一緒に飲もうかと思いまして」
台所の入り口から、ひょっこりと顔を出した雅美がそう言った。
「あ、すみません。気が付かなくて。手伝います」
「良いの良いの。もう出来るから。座っててください」
雅美はお盆に湯飲みを2つ乗せて、こたつに置く。
「あとね・・・」
再び台所に戻った雅美が、今度は小さな竹の器を持って来た。
「あ!みかん!買ったんですか?」
「えぇ。さち子さんがこたつを買ってきてくれるっていうから。こたつには、欠かせないでしょ?」
「そりゃあもちろん」
みかんを手に取り、皮を剥く。
破れた皮から柑橘の香りが広がった。
「あー・・・良い。これぞ冬。湯豆腐、みかん、こたつ。冬を満喫してます」
「いよいよ、こたつから離れられなくなるわね。こたつの魔法だわ」
熱々の湯飲みをすすり、雅美が言った。
「このまま寝ちゃわないように気を付けないと」
さち子が言うと、雅美が笑う。
後ろのクッションでは、にゃんたが幸せそうに眠りこけていた。
縁側のガラス戸の向こうは、ちらちらと雪が降っている。
古い家は、あちらこちらが隙間風がはいってくるが、居間の真ん中にこたつがあるだけで、とても暖かくかんじる。
ふかふかのこたつ布団に足を入れ、みかんを食べながらお喋りをする冬の夜。
おばちゃんふたりの、華やかさも派手さも無い光景だが、いつもより心もあたたかくなるのは、こたつのぬくもりのおかげだろうか。
時折おとずれる話と話の合間の沈黙では、時計の針の音が、静かな居間に際立って聞こえる。
「明日はおばちゃん亭、やりますか」
「えぇ。誰か来てくれると良いわね」
マイペースに
のんびり気ままに。
好きなように生きていく。
ここは、そんな場所。
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