第6話 ささやかな食事会

「雅美さん、そっちは如何ですかー?」


先日、滝じぃの店から雅美と共に家具や家電を買い足してきた。


さち子が必死で抱えているこの大きなテーブルもその一つだ。


「この煮物が出来たら完成ですよ」


台所から雅美がこちらを振り返ることなく言った。


午前11時。


「良かった!ほら、にゃんた!そこどいてっ・・・よいしょっと。あー、腰いたっ」


そう言って、さち子は腰に手を当てて身体を反らす。



居間のど真ん中に大きなテーブルと、座布団を4枚。


にゃんたがその周りをうろうろしている。



今日はこれから食事会をするのだ。


と言っても、お客さんは滝じぃと百合子だけだが。



「おーい。花村さん、来たよー」


テーブルに料理を並べ終えた頃、やって来たのは滝じぃだった。


「おや、猫がいるのか」


さち子を追い抜かして真っ先に玄関に迎え出たにゃんたを見て、滝じぃがそう言った。


「えぇ。にゃんたって言います。野良猫だったみたいなんですけど、いつのまにか居着いちゃって」


さち子がそう言うと、滝じぃは「そうか」とちょんちょんと顎の辺りを触ってから、家に上がった。


「こんにちは、滝じぃさん。来てくださってありがとうございます」


雅美は滝じぃを「さん」付けで呼ぶ。


深々と頭を下げた雅美は、滝じぃをテーブルに案内する。


そうしていると、玄関から元気な声が聞こえてきた。


「さち子ー!あー、いい匂い!ほら、健太郎もおいで」


「ゆりちゃん、いらっしゃい。あ、健太郎君も来てくれたんだ!ほら、上がって上がって」


「うわ、猫だ」


にゃんたを見て、健太郎が苦い顔をする。


「猫きらい?ごめんね。にゃんた、ほらおいで」


健太郎に寄っていこうとするにゃんたを抱き上げて尋ねると、百合子が「あー、あはは。もう、ごめんねぇ」と困ったように言った。


どうやら健太郎は、幼稚園の頃に近所の飼い猫に引っ掛かれたことがあるらしい。


どうしたものかと思ったが、恐る恐る触ってみると、にゃんたが甘えた声を出して敵意を見せないことを確認した健太郎が「頑張って仲良くする」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。





テーブルを囲んで座り、雅美が口を開いた。


「さて皆さん。今日は沢山食べてくださいね。健太郎君も、食べ盛りだろうから遠慮なんかせずに」


「う、うん。ありがとうございます」


健太郎は、雅美の丁寧すぎる口調に少し引いている。


「では、いただきます」


「いただきます!」


雅美の声に続いて、皆で手を合わせた。



ナスとピーマンの揚げ浸し。


唐揚げには、大根おろしとポン酢が用意されてある。


オクラやトマト、茹でた鶏肉が綺麗に盛り付けられたサラダ。


しっかりと味が染み込んだ肉じゃが。


そして、百合子のお店で買った豆腐の味噌汁もある。


「旨い!おばさん、これ1人で作ったの?」


健太郎が真っ先に唐揚げを頬張って雅美に尋ねる。


「えぇ、そうよ。それはねぇ、私の母が教えてくれた料理のひとつ。美味しいでしょう」


雅美が眼鏡の奥で、懐かしむような笑顔を見せた。



にゃあーん


「駄目よ、にゃんた。ほらご飯はお皿にあるでしょ」


さち子は、傍に置いてあったにゃんたの皿を見せて、テーブルから引き離す。


「人様の料理なんて久しぶりに食べたな。こりゃあ中々だ」


滝じぃが肉じゃがを食べてそう言った。


「うちの豆腐も、上手に料理してくれて嬉しいね。ね、健太郎。ほら唐揚げ以外も食べなよ」


百合子は隣で唐揚げにがっつく健太郎を、肘で小突く。



雅美の美味しい料理のおかげで、ささやかながらも楽しい食事会となった。



チー・・・・ジー


みんなが帰った夕方。


庭にある大きな木に、ニイニイゼミが止まって鳴いている。


さち子は、静かになった家の縁側に座って、手作りのポーチに刺繍をしていた。


チリンチリンと、夏の夕方の風が風鈴を鳴らす。


「それ、刺繍ですか?素敵ですね」


雅美が覗き込みながら、隣に座った。


「私ねぇ。ここに来る前は、母の介護をしていたの。そんな母も亡くなったら、あんなに大変で解放されたかったのに、突然ものすごい虚無感に襲われちゃって」


突然の雅美の話に、さち子は黙って聞いているしか出来なかった。


「あんなに沢山の料理をしたのは久しぶりでした。楽しかったわぁ・・・」


そう言って、静かにオレンジ色に染まり始めた空を見上げた。


しばらくの間、沈黙が続く。


風鈴の音と、虫の声が大音量に聞こえるくらい、静かだった。


「雅美さん!ここを『おばちゃん亭』にしましょう!」


「おばちゃん亭?」


さち子の突然の大きな声での提案に、目を丸くした雅美が尋ねる。


「無料でお料理を提供して、憩の場にするんです。私もこういう趣味で作ったものを並べて、欲しい人にあげます。誰かにあげるなら、やる気も出ますし!ね、そうしましょう?!」


「え、えぇ」


さち子の気迫に圧されている雅美だが、まんざらでも無いようで、すぐに笑顔を見せる。


「じゃあ、つばめ荘『おばちゃん亭』ね」


雅美が言う。


「つばめ荘?」


「つばめの巣は、幸せをもたらすっていうでしょ?皆にとって。もちろん私達にとっての幸せでもある。そんな場所になるように。この家をつばめ荘と名付てみたんです」


「へぇ、素敵ですねぇ。やるじゃないですか、雅美さん」


さち子も嬉しくなって、意気込むようにして立ち上がり、拳を上げる。


「よーし!にゃんたもやるぞー!にゃんたは看板猫だからなー!」


そう言って、にゃんたを抱き上げて頬を擦り付けた。



さち子は、にゃんたの迷惑そうな表情は見なかったことにした。


こうして、おんぼろな木造のどう見ても綺麗とは言えない家は、つばめ荘と名付けられ、『おばちゃん亭』という、町の人々との憩の場となったのだった。

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