第5話 雅美とにゃんた
2階の寝室の畳に朝陽が射し込む。
やはり遮光カーテンにすれば良かったかもしれない。
今更そんな事を考えつつ、布団に座ったまま、寝癖の付いた髪をわしゃわしゃと適当に整える。
「ん?」
1階でゴソゴソと音がする。
何だろうと廊下に出てみると、雅美の声が聞こえてきた。
「にゃんた、ほら。こっちよ」
雅美のその声に反応するように、ガタンと何かが落ちる音と、タタタッと軽やかに駆ける足音がした。
「おはようございます。・・・何してるんですか?」
時刻は朝の7時。
そんな時間から、1人と1匹は居間で隠れんぼと言うか鬼ごっこと言うか。その様な事をしていた。
棚の上の置時計が床に落ちていた。
「にゃんたがね、朝ごはんの副菜に用意したキュウリを盗んじゃったんです。もう諦めましたけど」
昨日、雅美と共にやって来た三毛猫の口からは、キュウリの一部が見えていた。
そりゃあ、あれだけしっかり口の中に入れられてしまっては、取り返したところで食べる気にはなれない。
「朝食作ってくださったんですか。ありがとうございます」
「たまたま早くに目が覚めましたから。昨夜は酷い嵐でしたけど、今朝は晴れましたねぇ」
開け放った縁側の方を見て、雅美が嬉しそうにそう言った。
「ごはんにしましょうか」
雅美が独特なゆっくりとした口調でそう言う。
「あ、私も運びます」
慌てて台所に入る雅美の後に着いていった。
白ごはんと梅干し。
海苔を巻いた卵焼き。
キュウリとワカメを酢醤油で和えたもの。
ネギと豆腐のお味噌汁もある。
「いただきます」
さち子は手を合わせてから、お味噌汁を飲む。
その様子を、雅美はじっと穴が開くかと思うほどに見つめていた。
「いかがですか?」
雅美が静かに尋ねる。
「え、あ、あぁ。美味しいですよ。とっても」
さち子がそう答えると、ホッとしたように「そうですか。良かった」と雅美も味噌汁に口をつけた。
卵焼きも、出汁が効いていて、海苔が風味をプラスして本当に美味しかった。
酢醤油和えのキュウリとワカメも、夏の暑い朝にはぴったりだ。
ぱくぱくと食べるさち子を時折見ながら、雅美も嬉しそうに食べていた。
「私ねぇ。両親を早くに亡くしてね。2つ違いの弟の世話をしてきたんですけど、その弟も5年前に病気で死んで、それからずっと1人で生活してきたものだから。誰かに料理を振る舞うのが久し振りで心配だったの」
懐かしむように雅美が言う。
「でも、料理を食べてもらうのが好きで。せっかくお世話になってるから、さち子さんに朝食でも作ろうって思ったの。お口に合ったみたいで良かったわ」
雅美はにっこりと笑って梅干しを食べ、「うーん、すっぱい。でも良い塩梅」と笑って見せた。
午前10時にもなると、昨夜の大雨が嘘のように太陽が照り付けていた。
蝉でも鳴き出すんじゃないかと思うくらいだ。
庭で洗濯物を干している間、雅美は部屋に掃除機をかけてくれていた。
にゃんたは、のんきに縁側で丸まってこちらを見ている。
「9月にもなったのに、相変わらず暑いわね」
そんなことを呟きながら、最後の1枚であるTシャツを干した時。
ふと、さっきの雅美の言葉を思い出した。
「料理を食べてもらうのが好き、ねぇ」
さち子がそう呟いて居間を見ると、雅美は丁寧に机を拭いているところだった。
「雅美さん」
さち子の言葉に、雅美は布巾を持ったまま「はい?」と振り返る。
「料理、食べてもらいましょうよ」
さち子のそんな突拍子もない言葉に、雅美はただ目を丸くしていた。
「今度、ゆりちゃんを呼んで食べてもらいましょうよ。ほら、雅美さんもここで生活していくなら、仲良くなっていて損はないですし!ね?」
そう言うと、雅美は目を細めて嬉しそうに笑って見せた。
「良いわね。誰かに食べてもらえるなんて、腕がなるわね」
そんな私達に賛同するかのように、にゃんたは雅美の足元で「にゃあ」と鳴いた。
雨上がりの空は、どこまでも澄んでいた。
優しい太陽の陽射しが、洗い立ての洗濯物を照らす。
キラキラと眩しくも見えるその光景は、私たちのここでの生活を後押ししてくれているかのようだった。
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