第32話 九条ネギの天ぷら

2月と言えばネギが美味しい季節です。


九条ネギを使いたくて、佐野 雅紀さんにお願いして、京都の農家さんから購入しました。


と言っても、九条太ねぎと言うもので、白い部分が太く短いのも特徴。


柔らかく、ネギの内部にはぬめりがあります。


これは、加熱することでとても甘味が強くなるのです。


佐野さんが、午後から北原さんを連れて来てくださるそうなので、これを使ったお料理にしましょう。



濃い緑が美しい、新鮮な九条太ネギを使って、天ぷらを作りたいと思います。


「こんにちは」


「ハルさん!こんにちはー」


午後1時。


佐野雅紀さんと、北原美香さんです。


「あら、いらっしゃいませ」


ちょうど私は、キッチンで河田さんからお野菜を戴いているところでしたので、葉子さんにお二人をお席にご案内していただきました。


「じゃあ、また持ってくるよ」


「ありがとうございました。また食べにいらしてくださいね」


「あぁ。ぽんすけ、またコロも連れてくるからな」


河田さんは店を出て、置いておいたから荷車を押しながら村へと帰っていきました。



私はキッチンに戻り、エプロンを着けました。


「少しお待ち下さいね。せっかくですから、先程いただいた採れたての小松菜で煮浸しもお作りしますから」


「はい、今日は時間もあるので。楽しみにしてます」


美香さんは微笑んでそう言いました。


いつにも増して顔色が良いように思えます。


「あ、おにぎりの具はどうします?」


葉子さんが天ぷらの準備をしながら、お二人に聞いてくださいました。


「僕は鮭が良いなぁ」


「あら、雅紀君。鮭は手間が掛かるのに・・・」


「構いませんよ。葉子さん、鮭の用意してくださいますか?」


私が頼むと、葉子さんは「了解です!」と冷蔵庫へと駆けていきました。


「あ、じゃあ私も鮭でお願いします」


「なんだ、美香さんも鮭好きなんじゃないか」


食堂に、お二人の笑い声が響きました。


葉子さんが隣で鮭の用意をしている間、私は小松菜を茎と歯に分けて切りました。


お出汁を煮立てたお鍋に、小松菜の茎と、油抜きをして細く切った油揚げを入れます。


薄口醤油とお酒とお砂糖を入れ、茎に火が通れば葉を入れます。


数分煮て火から下ろして完成。


冷めていく間に味が含んだら、お皿に盛り付けます。


いりごまをかけて完成。


優しく、少し懐かしい小松菜と油揚げの煮浸しです。


お口の中で、出汁と醤油が、油揚げや小松菜からジュッと染みだしてとても美味しいですよ。


そうしている間に葉子さんが、鮭を焼き終えてほぐしてくださっています。


私は、ネギを天ぷらにしていきます。


カラカラという軽やかな油の音。


トロリとした甘味を想像するだけでお腹が空いてしまいそう。


綺麗に揚がった天ぷらは、あら塩を付けてお召し上がりくださいね。


塩でネギの甘さが際立ち、いっそう美味しくいただけますよ。



「ぽんすけ、相変わらず元気ね」


「はははっ!元気が取り柄だもんなぁ!」


お料理を待つ間、美香さんと佐野さんはぽんすけと遊んでくださっていました。


ぽんすけもとても嬉しそうに、お気に入りのクマのぬいぐるみを見せびらかしています。


お味噌汁をお椀によそい、焼き鮭のおにぎり、九条太ネギの天ぷら、小松菜と油揚げの煮浸しをお盆に載せて、葉子さんと二人でテーブルにお運びしました。


「お、来た!」


「佐野さんのご紹介で購入出来たネギです。とっても太くて立派なものでしたよ」


「でしょでしょ!あそこは僕も凄いなーと思うくらいの野菜がいっぱいあるんですよ。嬉しいなぁ」


佐野さんは「いただきます!」と、天ぷらを塩に少し付けてから召し上がりました。


「うわー!凄い旨いです!何だこれ!」


「へぇ、私も食べてみよう」


美香さんも、いただきますをしてから天ぷらを食べました。


「本当!凄く美味しい。甘くてトロトロしてて・・・不思議。あっという間に食べちゃいそう。小松菜もとっても綺麗な緑で美味しそうね」


「ゆっくり召し上がってくださいね」


私と葉子さんはお盆を持ってテーブルを離れました。



「こんにちはー」


お二人がお食事をしている時、食堂のドアが開きました。


「あ!まどかさんだ!いらっしゃいませーっ」


葉子さんが濡れた手を拭いて、栗原まどかさんの元へと急ぎました。


「2月になって、更に寒くなりましたねぇ・・・天気は良いのに」


まどかさんは、だるまストーブの傍の席に腰を下ろして、美香さんと佐野さんに挨拶してから、マフラーとコートを脱ぎました。


「梅干しのおにぎりでお願いしますね」


「はい、かしこまりました」


私がお料理を用意する間、葉子さんは温かいお茶を淹れてくださっています。



「はーぁ。美味しい。やっぱりここのお味噌汁、最高」


まどかさんはお料理をお出しすると、真っ先にお味噌汁を飲みました。


それから彼女は、おにぎりを召し上がり、天ぷらを食べて、お二人のように感動してくださいました。


「小松菜のお浸しも美味しいー!」


「それは、河田さんからいただいたんですよ」


そう言うとまどかさんは「へぇー!そうなんですか!河田のおじいちゃんも毎日頑張ってるみたいですからねっ」と、嬉しそうに召し上がってくださいました。



「ごちそうさまでした!」


「ごちそうさまでした。美味しかったぁ」


美香さんと佐野さんは、綺麗に召し上がってくださいました。


「そうだ、ハルさん!」


私と葉子さんが、お二人の食器をさげようとしていると、佐野さんが言いました。


「あの、報告があるんです!」


佐野さんの言葉に、美香さんは隣でクスクスと笑っています。


お食事を召し上がっていたまどかさんも、お二人の方を不思議そうに見ていました。



「その・・・6月に美香さんと結婚することになりました!」


その言葉に、食堂の中が一瞬静かになりました。


真っ先に声をあげたのは葉子さんでした。


「きゃー!素敵!」


「ふふふっ、葉子さんったら。お二人とも、おめでとうございます。本当に良かったですねぇ」


まどかさんも笑顔で「おめでとうございます!」と拍手していました。


「ありがとうございます。ジューンブライドって言うのも、ベタかもしれませんね」


美香さんが笑いながらそう仰いました。


「6月の花嫁は幸せになれるってのを信じることにしました、へへっ。まぁ、運任せじゃなくて、僕が幸せにしてみせますけどね!なーんて、あははっ」


佐野さんは、顔を赤くして照れたように笑いながら言いました。


そんなお二人の姿に、より幸せな空気で満たされたような気がしました。



「良いなぁ。結婚かぁ・・・幸せそうで羨ましいです」


午後3時。


お二人が帰ってから、まどかさんは静かにお茶を飲んでは、足元に寄ってきたぽんすけを撫でて、そう仰いました。


「まどかさん、結婚したいんですか?」


葉子さんが、お煎餅をまどかさんにお出ししながら尋ねました。


「あ、お煎餅!ありがとうございます。そりゃあ、私も30歳過ぎてますから・・・運命の人って何処にいるんだろう」


海苔の醤油煎餅をパリッと食べながら、まどかさんが言います。


「何処にいるんでしょうねぇ。私にもわからないです、あはははっ」


葉子さんは大きな声で笑いました。


「なーんか、ワケわかんない恋愛ばっかしてきて、全然結婚に繋がんないし。手当たり次第付き合ってたら、そのうち見つかるのかなぁ」


「ぽんすけは、河田さんちのコロっていう彼氏がいるもんねぇ」


葉子さんがそう言うと、まどかさんは「なんだとー!」と、ぽんすけの頭をわしゃわしゃと撫でながら笑っていました。


「皆、そのうちいい人が見つかるよとか、無責任に言うし」


まどかさんはそう言うと、口を尖らせて見せました。


「あらあら。でも、きっと運命の人って言うのは、何十年も連れ添ってからわかるものだと思いますよ」


私がそう言うと、まどかさんは「えー!そう言うものなんですか?」と頭を抱える仕草をしました。


「今までまどかさんがしてきた恋愛だって、傷付いた事もあったでしょうけど、教訓になったことや、考え方を変える切っ掛けになるものも、あったのではないですか?」


「うーん。確かに・・・」


「無理に結婚を焦らなくても、自然と出会って結ばれるものだも思いますよ。強い縁で結ばれる方とは、何か通じるものがあって、ずっと傍に居たいと心から思うものでしょうから」


葉子さんは「なるほどー。だから駄目だったのか」と隣で何度も頷いていました。


「そうですよね・・・私、親の為にも早く!って焦ってたのもあって。一旦落ち着いて、仕事頑張りながら待ってよう」


「そうですよ!適当に恋人を作ってしまって、その間に縁のある方に出会っても、相手も身をひいてしまうかもしれませんし!そうなったら・・・あぁ恐ろしい」


葉子さんは頬を両手で挟んで、「こわいこわい!」と言っています。


まどかさんも「確かに!」と、笑っていました。


「それに、結婚が全ての人にとっての幸せだったりゴールでは無いと思いますし。仕事や、好きなことを極めること、自分の時間を全て自分の為に使うことが幸せだと言うこともあると思いますから」


すると葉子さんは「私はそっちかも!」と仰いました。


「葉子さんは再婚はしないんですか?」


「ひぇ!」


まどかさんの言葉に、葉子さんは調理台を拭きながら悲鳴を上げました。


「45歳ですよ!私はもう良いですー」


「でも、40代で結婚する人も居るじゃないですか!」


「私はもう、ここに骨を埋めるんです!ハルさんとぽんすけと一緒にずっと居るんですー」


葉子さんはそう言って、ぽんすけに飛び付いて抱き締めました。


「ふふふっ。ずっと一緒に居てくださるなんて心強いですね」


葉子さんは胸をポンとこぶしで叩いて「任せてください!」と仰いました。



「おやつまでご馳走になっちゃって。ありがとうございました」


午後4時。


まどかさんは、お祖父様の居る村の方へと帰っていきました。


明日は休みらしく、今夜は栗原さんご夫婦のお宅で泊まるようです。


美香さんと佐野さんの結婚。


本当に心から嬉しく思います。


まどかさんにも、いつか素敵な人が現れると良いですね。


私はそんなまどかさんを、ずっと一緒に居てくださるらしい葉子さんと、ぽんすけと共に見送りました。


田舎の小さな食堂ですが、そんな中で生まれる幸せ。


ひとりひとりと深く向き合う事ができるからこそ、その幸せも一際大きく感じられます。


お二人が結婚する日が、とても楽しみですね。

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