第31話 大寒と手作り田舎味噌

1年で最も寒い時期。大寒。


村を囲む山々では、山に積もった雪が風に舞う『風花』という現象も見られます。


今朝は一段と冷え込み、キッチンに立つのも身が縮みますが、ストーブを焚いて、パチパチという柔らかい炎の音を聞きながらお料理するのも格別。


クツクツと炊けていく甘いお米の香りを楽しみながら、隣のコンロではお豆腐と油揚げ、おネギも入れたお味噌汁。


さっぱりとした大根のお漬け物を切って、小鉢に盛り付けます。


食堂の隅では、毛布を敷いた所にぽんすけが丸まりながらこちらを見ています。


あら、葉子さんが起きてきたようですよ。



「おはようございますー。寒い寒い・・・ストーブ!ストーブ!」


「おはようございます。朝食、出来てますよ」


「わぁ!いつもありがとうございますっ」


赤色のストールを羽織った葉子さんは、だるまストーブに手をかざしています。


ぽんすけも、彼女の足元に座って「おはよう」と言うかのように見上げています。


梅干しを入れたおにぎりを作り、お味噌汁とお漬け物、温かいお茶と一緒に、テーブルへと運びました。


「いただきまーす」


「いただきます」


お味噌汁をひとくち飲んでから、梅干しのおにぎりを食べました。


「あぁ、美味しい。幸せ」


葉子さんも、お味噌汁を飲みながら満面の笑みです。


大根のお漬け物も、みずみずしく、ポリポリという食感も癖になります。


「ん?ハルさん。あれってもしかして」


葉子さんが窓の外を指差しました。


「あぁ、氷柱ですね」


私がそう言うと、彼女は「へぇ!後で見に行こう」と、まるで子供のようにはしゃいでいました。



朝食を終え、食器を洗っていると、窓を叩く音がしました。


トントンッ


顔を上げると、葉子さんが窓の外で氷柱を持ってこちらに見せています。


思わず笑ってしまうと、葉子さんも嬉しそうに笑って、再び雪の中へと遊びにいってしまいました。


「ぽんすけは行かなくて良かったの?」


私は、キッチンを動き回る度に、足元を着いてくるぽんすけを見て言いました。


葉子さんが連れて出ようとしてくださったのですが、ドアを開けて風が一気に吹き込んだ瞬間に店の中に戻ってきてしまったのです。



「ハルさーん、見てくださいこれっ」


暫くして葉子さんが帰ってきました。


「あら、雪うさぎですか。可愛らしいですね」


葉子さんの手には、赤い南天の実を目に、そして葉を耳にした小さな雪で出来たうさぎが、ちょこんと乗っていました。


「たまには童心にかえって雪遊びも良いものですねー。ぽんすけも来たら良かったのにっ」


そう言いながら、葉子さんは雪うさぎを店の前の植木鉢に乗せました。


「ここなら暫くは溶けずにいられるかなぁ」


葉子さんの楽しそうな表情は、本当に子供のようで、そんな姿を見ていると、私も微笑ましい気持ちになりました。



「それ、何やってるんですか?お味噌?」


葉子さんは不思議そうに、私の前にある樽を覗きこみました。


「ええ。お味噌を漬けようと思いまして。寒仕込みと言って、気温が低いときに漬けると、ゆっくり発酵して美味しいお味噌が出来るんですよ」


「へぇー!これってうちのお味噌汁と同じ種類ですか?田舎味噌?」


「そうですよ。食堂のお味噌汁に使おうと思いまして」


「お味噌作りなんて初めて見ました」


葉子さんは、興味津々で樽の中を眺めています。


大豆は丁寧にじっくり煮てから潰していきます。


ふんわりと香る大豆の優しい匂いに、私はわくわくしてしまいます。


塩と麹を混ぜるのですが、私は普通より多く麹を使います。


米味噌よりも水分を多目にして、柔らかくしておくのがコツ。


そして、お待ち兼ねのお楽しみ工程。

お味噌を樽に入れるのですが、えいっと空気を抜くようにして投げ入れていきます。


葉子さんも面白そうに「私もやりたいです!」と、お手伝いしてくださいました。


すべて詰めたら、空気に触れないようにビニールを乗せて蓋をし、重石を乗せます。


あとは、熟成の為、数ヶ月保存。


手間暇と時間を掛けて作ったお味噌は、きっととても美味しいものとなってくれるでしょう。


お味噌は、保存場所や作った人によって味が変わると言います。


同じように作っても味が変わるなんて、これぞ「家庭の味」というものかもしれませんね。



午前11時。


窓の外では雪が本格的に降り始め、窓にふわふわとした雪が張り付いています。


「今日はお客さん来ないですかねぇ」


テーブルを拭いていた葉子さんが、窓へ近付き空を見上げました。


「そうかもしれませんね。まぁ、誰もいらっしゃらなくても、それはそれで仕方ないですから」


私は味噌を溶かし入れながら、そう言いました。


そよかぜ名物、田舎味噌のお味噌汁の完成です。


隣の土鍋には、ふっくらと艶やかなお米が炊き上がっています。


白菜は、昆布で漬けて、鷹の爪をピリッと効かせた浅漬けに。


「今日のお勧めメニューは何にするんですか?」


葉子さんがキッチンに入って、調理スペースに置かれた材料を見回します。


「今日はですね・・・」


そう言いかけたとき、食堂の扉が開きました。


ワンワンワンワン!


ぽんすけに向かって吠えた、ぽんすけよりも一回りくらい大きな白いわんちゃん。


「こら!止めんか!」


「あら、いらっしゃいませ!」


やって来たのは、河田さんです。


「すみませんね、コロが食堂の前から離れてくれなくて・・・何があるのかと入ってみたら、ぽんすけが気になってたんだな。まったく」


河田さんは呆れたように笑いながら、食堂の入り口でぽんすけとじゃれて遊ぶコロを見ています。


「栗原さんの所のハナとは気が合わんが、ぽんすけは気が合うみたいだ。はっはっは」


栗原さんのお家には、雑種のハナちゃんがいます。


河田さんは大笑いして、お出ししたお茶を飲みました。


「河田さん、良かったらお昼ごはんを召し上がっていきませんか?」


「おや、もう準備出来とるのか?なら頂いていこうかな 」


「えぇ是非。わかさぎの天ぷらをしますので、少しだけお待ちくださいな」


私はそう言って、キッチンに入り、準備に取り掛かりました。


カラカラカラカラ


食堂に、油の軽やかな音が聞こえてきます。


「良いですねぇ。音だけでも美味しいとはこの事だ」


目を閉じた河田さんは、私がわかさぎを揚げる油の音に、耳を傾けます。


「あら、音まで楽しんでいただけるなんて嬉しいですねぇ」


そう言いながら、ふと店先に目をやると、ぽんすけとコロが身を寄せあって丸まっていました。


ここで過ごすうちに、ぽんすけにもお友達が出来た事。


それが何だか、とても嬉しく感じました。


「うん。旨い旨いっ」


わかさぎの天ぷらを頬張りながら、河田さんが仰有いました。


おにぎりは、おかかをお出ししました。


河田さんは手を止めることなく、ぱくぱくとお料理を食べ進めています。


「白菜もハルさんが漬けとるんですか?」


白菜の浅漬けを食べながら、河田さんが尋ねました。


「えぇ、そうですよ。それと完成はまだまだ先ですが、お味噌も先ほど浸けました」


「味噌も手作りですか。いやぁ、本当にこんなに旨いならもっと早くに来れば良かったなぁ。あ、野菜も採れたら持ってきますよ。栗原さんには負けんくらい良いやつを!」


得意気にそう言って、おにぎりにかぶり付きました。


「河田さんからもお野菜を買えたら、食堂のメニューの幅もぐんと広がりますね!」


葉子さんが食器を洗いながら、嬉しそうにいいました。


「そうだ河田さん。その事なんですけれど」


「うん?」


「良かったら、出荷出来ないお野菜をいただけないでしょうか?勿論お支払もします」


「何でだね?綺麗なものをやるよ。沢山出荷しなくても、独り身だから食っていけるんだよ」


河田さんの畑のお野菜は、出荷しているものです。


先日、佐野さんに、傷物や形が悪いものは売れず、廃棄されると聞きました。


沢山の野菜が廃棄される事もあると聞いた私は、とてもショックで悲しかったのです。


「せっかく作ったお野菜が捨てられるなんて、考えるだけで悲しくて。それなら買い取らせて頂きたいんです」


河田さんは、私のそんなお願いにも「タダであげるよ」と笑いながら仰有いました。


「よし。ほらコロ、行くぞ。ありがとうございました、ごちそうさまでした」


河田さんはそう言って、少し別れを惜しむコロを連れて、まだ雪のちらつく道を帰っていきました。


ぽんすけも、そんな河田さんとコロの背中を寂しそうに見送っています。


「ぽんすけもお友達が出来て良かったわね」


「ぽんすけの彼氏になるのかなぁ。良いなぁ、ずるいぞ!自分だけー!」


葉子さんがぽんすけの頭をわしゃわしゃと撫でまわしました。



手作りのお味噌で作る、田舎味噌のお味噌汁。


炭を乗せてふっくら炊いたご飯のおにぎり。


心を込めて料理をする人。


心を込めて食物を作る人。


農家の方が、寒い日も暑い日も良いものを作るために試行錯誤して作るお野菜。


見栄えが悪いと言う理由で、目の前で廃棄されるのを見る作り手の方々の気持ちは、想像するだけで胸が苦しくなります。


丁寧に一生懸命に育てた野菜ですから、1つでも多く食卓にあげたいのが私の願い。



おにぎり食堂『そよかぜ』では、そんな皆さんの優しい想いのつまった食べ物を、大切に美味しいお料理にして召し上がっていただいています。


あなたも是非、食べにいらしてくださいね。


この季節、ここはとっても寒いですけれど。


だるまストーブの炎で暖まりながら、静かな食堂でお食事はいかがですか?


あなたとの出逢いを、心より御待ちしております。

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