第25話 豚汁とさわらの塩焼き

ジュッ


豚肉を炒めて1度取りだし、胡麻油を加えて生姜を香り立つまで炒めます。


こんにゃく、ごぼうも加え、玉ねぎ、大根、人参もしっかり炒めていきましょう。


玉ねぎのシャキシャキとした歯応えは少し残したいので、ふにゃふにゃまでは炒めませんが、 十分に炒めることで甘味も出ます。


お水をいれて暫く煮たら、お酒とみりん。


それから、お出汁と田舎味噌を加え、沸騰させないように様子を見て、おろし生姜をプラスします。


1度じっくり冷まして、たまねぎや大根にお味噌を染み込ませます。

そうして再び温めます。


ごぼうも風味豊かで、生姜もたっぷり香り立つ、ぽかぽか豚汁の完成です。


午前10時30分。


「あー・・・美味しい」


豚汁を食べる葉子さんの声が、食堂に響きます。


今日はとっても良いお天気。


冬の冷たい空気は健在ですが、雲ひとつ無い空は、見ているだけでワクワクしてしまいます。


私は食堂のドアに、葉子さんが作ってくださったクリスマスリースの飾りつけをしていました。


ぽんすけは足元で私を見上げるようにして、見守ってくれています。


「作りすぎちゃったから、おかわりしてくださっても構いませんよ」


「えーっ。じゃあもう一杯食べちゃおうかな」


そうは言っても、もう2杯は食べています。


そんなに喜んで召し上がって頂けるなんて、嬉しいことです。


「あと一杯だけっ」


葉子さんが上機嫌でお椀片手にキッチンに入ったときでした。


「こんにちは、お久しぶりです」


店先で作業をしていた私に声をかけてきたのは、北原 美香さんでした。


その隣には、佐野 雅紀さんの姿もありました。


「いらっしゃいませ。北原さん、おかえりなさい」


「わぁ!お元気そうで良かったです!」


葉子さんはお椀を流しに入れてから、店先に駆けてきました。


葉子さんの後ろを、ぽんすけが足早についてきます。


「はい、おかげさまで。少し長引いたんですが、無事に退院できました」


「本当、心配しましたよー」


佐野さんも隣で笑っています。


「さぁ、中へどうぞ。寒い中、来てくださってありがとうございます」


「お店もクリスマス仕様ですね。素敵です」


席に着いた北原さんは、玄関に飾ったクリスマスリースを見て仰いました。


「リースは葉子さんが作ってくださったんですよ」


「へぇ!とっても綺麗で可愛くできてますよね。器用なんですね」


「僕も、既製品かと思いましたよ」


北原さんと佐野さんに褒められた葉子さんは「それほどでもないですよー」と良いながらも、とても嬉しそうでした。


「葉子さん、野沢菜漬けの準備をお願いできますか?あと豚汁もお願いします」


「はい!」


野沢菜漬けは、私が塩と昆布でじっくり漬けたものです。

さっぱりしていて、パリパリと歯応えもあり、瑞々しくてとても美味しいのですよ。


私はその間に、お魚を焼いて、おにぎりを作ります。


「おにぎりの具は何にしますか?」


「私は梅干しでお願いします」


「じゃあ、僕も同じで」


「かしこまりました」


お料理を作っている間、お二人はぽんすけと遊んでくれていました。



さわらを使って、塩焼きを作ります。


春の魚と書いて鰆ですが、この時期に旬を迎える寒鰆というものがあります。


寒鰆は、身が締まっており、上品で淡白な味わいですが、脂が乗っているため、とても味わい深いお魚なのですよ。



塩を振って下処理をすませた寒鰆に、小麦粉をまぶします。


じっくり焼いて焼き目がついたら裏返して、出てきた脂を軽く拭き取り蓋をします。


火を止めて、余熱で身をふっくらと仕上げます。


シンプルな塩焼きは、さわらの味を引き立ててくれますよ。


大根おろしと、切ったレモンを添えて完成です。


「はい、どうぞ」


葉子さんが佐野さんの分、私が北原さんのお料理をテーブルにお運びしました。


葉子さんは、北原さんの足元に居たぽんすけを玄関の方に連れていってくださり、私はキッチンに戻ります。


「いただきまーす!」


「いただきます」



「はぁああ!豚汁温まるーっ」


真っ先に豚汁を食べた佐野さんが、そう仰いました。


「鰆もとっても美味しい。こんなに美味しいお魚料理、初めて食べたかもしれないです」


「へぇ!僕も食べてみよう!」


北原さんが美味しそうに鰆の塩焼きを食べる姿を見て、佐野さんも鰆をひとくち。


「本当ですね!柔らかくて、魚の味が生きてる」


私は賑やかな食事風景を眺めて楽しませていただきました。



「ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでした!いやぁ、幸せ!」


「ふふっ。ありがとうございます。温かいお茶をお持ちしますね」


私はキッチンでお茶を淹れます。


「ハルさんっ。お二人はどこまで進んでるんですかねぇ?」


流しに下げた食器を入れながら、小さな声で言います。


「ふふっ。どうでしょうね。でも、あまり邪魔はしないようにしましょうね」


「はい!了解ですっ。私、洗い物が済んだらあっちの片付けでもしてきますね」


葉子さんは、奥の部屋を指差しました。


「ありがとうございます、助かります。お願いしますね」


私は、お茶を淹れた湯飲みを2つ、テーブルへお運びしました。


「ここはいつ来ても変わりませんね」


お茶をテーブルに置く私に、北原さんは食堂を見回して言います。


「えぇ。何もない所ですけれど私は気に入ってるんですよ。こうしてお客様も来てくださって、本当にありがたいです」


「そこが良いんですよ!ね、美香さん!」


「はい。街に帰れば物に溢れて不自由は無いですけれど、街には無いものがここには沢山ありますから」


北原さんは、陽射しの差し込む窓を見て言いました。


「ふふっ。そう言って頂けて嬉しいです」


「僕なんて、野菜作る度にここに持ってくるのが楽しみなんですよ!ハルさんが美味しく料理してくれますから、作り甲斐があるんですよね」


佐野さんがそう言ってくださり、とても嬉しく思いました。


お店で買ったお野菜だと、作った方に食べていただく機会はなかなか無いですから。


一生懸命育ててくださる方にまで喜んで頂けて、私もまだまだやっていく自信がつきますね。


「病院のベッドで、ずっと考えてたんです。もし死んじゃったら、二度とここには来られないんだって」


北原さんは、足元に寄ってきたぽんすけを優しく撫でながら言います。


「ここは、優しくて温かくて。静かな所だけど、実はあちこちで命が芽吹いたり、色んな生き物たちが生き生きとしてる。今までの人生で、1番生きてるって感じられた場所なんです」


北原さんがぽんすけの首の辺りを撫でてやると、目を細めてとても気持ち良さそうにしていました。


その反応に、北原さんもクスリと笑いました。


「そうそう。佐野さんね、私が返事を出す前に次々と手紙を送ってくれるんですよ。届く度にどれに返事をすれば良いのかわからなくなっちゃって」


「まぁ。そうなのですか?」


私は思わず笑ってしまいました。


北原さんも佐野さんの顔を見て笑っています。


「えっ?!あ、あははは・・・すみません」


佐野さんの頬が少し赤くなりました。


「特に何て事無い、畑の野菜の様子だとか、日常の他愛の無い話だったり。あと、この食堂での事だとか」


北原さんは、静かに湯飲みを手にして一口飲みます。


「でもね、物凄く一方的に来る手紙なんですけど、きっと病院にいる私を少しでも外の世界と繋げようとしてくれてるんだろうなぁって思ったら嬉しくて」


北原さんが佐野さんを見てにっこりと微笑んだものですから、佐野さんは完全に照れてしまい、目をそらしてしまいました。


「とってもいい人だなぁって思いました」


「いい人・・・ですか」


佐野さんは下を向いたまま、小さな声で呟くように言いました。


その時、佐野さんが突然立ち上がり、椅子がガタンッと大きな音を立てました。


佐野さんは、意を決したように真っ直ぐ北原さんを見つめていました。


「あの・・・!僕はっ」


そう言いかけた時、北原さんがその言葉を遮りました。


「今は、恋人にはなりませんよ」


「えっ・・・」


「・・・ごめんなさい」


北原さんは、微笑んでそう言いましたが、どこか悲しそうにも見えました。


「今は、です。私の病気が治ってくれないと。付き合ったらもっと情が沸くもの。もし何かあったら悲しませてしまう」


北原さんは財布を取り出し、テーブルに食事代を置いて立ち上がりました。


「ハルさん、今日はそろそろ失礼します。とても美味しかったです」


「ありがとうございます。顔色も良さそうで安心していたのですけれど・・・無理はなさらないで。気を付けて帰ってくださいね」


私がそう言うと、北原さんはにっこりと会釈してから佐野さんに背を向けて玄関の方に歩いていきました。


「僕は・・・美香さんが病気でも、傍に居たいんです」


北原さんは玄関の扉に掛けた手を放して、佐野さんの方を振り向きました。


「駄目・・・ですか?」


少し震える声で、でも真っ直ぐに北原さんを見つめて言いました。


食堂に静かな空気が流れます。


パチッパチッと小さいはずのストーブの音が、一際大きく聞こえました。


「ありがとう」


美香さんは寄ってきたぽんすけの前に、私たちには背を向けるようにしてしゃがみこみました。


そして、ポケットに入れていた右手を出して喉の辺りを撫でてやりました。


少しの間ぽんすけを撫でてから、静かに立ち上がり、北原さんは店を出ていきました。


バタン


北原さんが出ていった店の玄関のドアを、佐野さんは見つめていました。


ぽんすけはドアの方をじっと見てから、佐野さんの足元に駆け寄り、彼を見上げています。


「あー・・・はははっ。あ、ぽんすけ。いやぁ、振られちゃったかな?」


彼はぽんすけの頭をわしゃわしゃと撫でました。


「な、何だか変な空気にしちゃってすみませんでした」


「そんなこと無いですよ。それに、北原さんにはちゃんと伝わっていますよ」


「そ、そうですかね」


佐野さんは困ったように笑いながら、席につきお茶を一気に飲みました。


「佐野さん、お気づきになっていませんか?」


「え?」


きょとんとする佐野さんの足元。


私は、ぽんすけを指差しました。


「ん?何ですか?」


ぽんすけは、まだ佐野さんの足元で彼を見上げて座っていました。


「あれ、何か付いてる」


ぽんすけの首輪です。


小さな紙が挟まっています。


佐野さんは、ぽんすけの首輪に挟まったそれを抜き取りました。


佐野さんは暫く手紙をじっと見つめていました。


私とぽんすけはその様子を見守るように静かに見ています。


「う、うそ。ハルさん、ハルさん!」


「ふふっ。彼女は、佐野さん以上に恥ずかしがり屋さんかもしれませんね」


佐野さんの今までに見たことの無いくらいの、驚きと喜びが混じった表情で、私も手紙の内容は予想した通りだと確信しました。


「よっしゃー!」


ガッツポーズと共に、食堂に佐野さんの歓喜の声が響き渡りました。


「やったー!」


佐野さんに続いて、後ろから負けないくらいの声が聞こえてきました。


葉子さんが大喜びで奥の部屋から駆けてきました。


「まぁ、もしかしてずっと見てました?」


「いやぁ、あははっ。すみません」


私たちの様子に、ぽんすけも嬉しそうにクルクルとその場で駆け回り喜んでいました。


「さ!畑仕事頑張ってきますかね!」


佐野さんは鞄をもって席を立ち、食事代を手渡してきました。


「とびきり美味しい野菜をお届けする為に、佐野雅紀、今まで以上に気合いを入れて頑張ります!」


「ふふっ。楽しみにしていますね」


そうして佐野さんは、幸せに満ち溢れて帰っていかれました。



「いやぁー!良いですね、若いってドキドキしますね!」


「ふふっ。とってもキラキラしていますよね。でも葉子さんも40代なんてお若いのですから、素敵な人が現れるかもしれませんよ」


「とんでもない!私はハルさんとぽんすけと一緒にこの食堂に残りの人生を捧げますよ!」


葉子さんはそう言って、佐野さんと北原さんの座っていたテーブルを拭いています。


「まぁ、それは頼もしいですね。では明日からは6時に起きて、畑のお世話を一緒にしましょうか」


「えっ!」


「ふふっ、冗談ですよ。これからも今まで通り宜しくお願いしますね」


「お、起きれた時は頑張ります!」


そう言って台拭きを洗いに、キッチンに駆けていきました。



窓の外では、淡い水色の空を、名前もわからない沢山の白い鳥たちが群れをなして右へ左へと元気に飛び回っています。


紅葉もすっかり葉が落ちて、遠くの土手沿いの桜の木は僅かな葉と、来年に向けての小さな芽を付けています。


静かな冬も、お客様が来てくださることで賑やかになり、幸せに溢れます。


「ぽんすけ、佐野さんにきちんとお手紙を渡して、偉かったわね」


私の足元に座る、得意気な表情のぽんすけを優しく撫でました。


もうすぐクリスマス。


きっと沢山の恋人が愛を誓い、人々は大切な友人、家族と幸せな時を過ごすのでしょう。


ここを訪れる皆さんの人生が幸せでいっぱいになることを、心から願っております。

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