第3話 さやいんげんのごま和え

6月の旬は、さやいんげん。


私の自慢の畑で採れたものを、


塩ゆでし、お砂糖、お醤油、すりゴマであえます。


すりゴマは、口にいれた瞬間にふわりと薫りが広がります。


採れたてのシャキシャキとしたさやいんげんが、今月のおすすめです。



日曜日の今朝は、6時に起きて仕込み開始です。


土鍋で炭を入れて炊いた、地元のお米。


ほんのり甘い、深みのある田舎味噌を使ったお味噌汁。


今月のおすすめおかずの、さやいんげんのごま和え。


それらの用意をして、今はせっせと完熟した梅を漬けています。


うちのメインメニュー。梅干しはおにぎりの大切な具です。


青梅は梅酒にしてあります。


注文があれば、梅酒もお出しできるように。


余れば私の晩酌に。


そんなワクワクしながら作業をする私を、今日もぽんすけは玄関先で眺めていました。



「あのぅ・・・朝ごはんって食べれます?」


びっくりして入り口を振り返ると、一人の30代くらいのロングスカートを履いた女性が、大きな荷物を持って、申し訳なさそうに苦笑いしながら立っているではないですか。


足元では、ぽんすけが初めてのお客さんを喜んでいるかのように、女性の周りをくるくると走っています。


「いらっしゃいませ。お出しできますよ、お席にどうぞ」


「わぁ、良い匂い!へぇー!おにぎり屋さんですかぁ」


席に付いた女性は、店の中を見渡し、「私ね、昆布が好きなんです」と笑顔で言いました。


「では、昆布のおにぎりをご用意しますね。おかずは材料があればお好きなのをお作りしますよ。おすすめは、今が旬のさやいんげんのごま和えですけど」


「わぁ!私、さやいんげん好きなんです。あのポリポリした食感が好きでっ」


女性は嬉しそうに両手を口の前で合わせる仕草をして「それでお願いしますっ」と言いました。


私は、笑顔で「かしこまりました」と頭を下げ、キッチンに入ります。



カチャカチャと食事を準備する音が、静かな店内に響く。


土鍋を開けると、炊き上がったご飯が、炭の力でふっくらと輝いています。


昆布を中に入れて、ふんわり優しく握る。


って言えば、大層な技術みたいですけど、実際はお母さんが握るようなものと大差ありません。


美味しく食べてもらえるように、想いを込めて握るだけです。


湯気がたった温かいお味噌汁と、今朝畑で採ったさやいんげんのごま和え。


自家製の白菜の漬け物を添えて。


それらを女性のお席に運びました。



「美味しそうっ!いただきます!」


女性は真っ先に、おにぎりにかぶりつきました。


私はキッチンに戻り、お客様の食べる姿を見ていました。


私はこの瞬間が大好きなんです。


お洒落なものは出せないけれど、シンプルで素朴な物こそ、本当の美味しさが出るものだと思っています。


その本当の美味しさを、口いっぱいに感じたときに、幸せと喜びを感じられるのだと信じています。


彼女は「美味しい!」と、ごま和えも笑顔で食べています。


お味噌汁を食べたときは、顔が緩んでおりました。


白菜の漬け物を、パリパリと食べたときには「おばさん、これどうやって作るの?!」と、聞いてきました。


「お教えしますよ。なんなら、手土産にお漬け物くらいなら直ぐには傷まないので持たせてあげますよ。」


彼女は、嬉しい!と喜んでくださいました。



お会計を済ませ、「ごちそうさまでした!」と満面の笑顔でそう言ってくれました。


「ご旅行ですか?」


このあまり人の来ない所で、これから何処へ行くのでしょう。


「この道の先に、私のおじいちゃんが居るんです。ここからまだ距離があるし、お腹ペコペコだったので助かりました。私、栗原まどかって言います」


「まぁ、栗原さんのお孫さんだったのね。ぽんすけの餌も頂いたし、お野菜を分けてもらったりとお世話になってるのよ」


「そうだったんですか!じゃあおじいちゃんに『そよかぜさんのご飯美味しかったよ!』って宣伝しておきます」


「ふふっ。ありがとう。栗原さんも来てくれるかもしれないわね。私は桜井ハルよ、そこのわんちゃんは看板娘のぽんすけ。また遊びに来たときはいつでもどうぞ」


そうして彼女をお見送りしました。


まどかさんは、「また来ますー!」と手を振って、村の方に歩いていきました。

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