第2話 看板犬ぽんすけ

うちの店には、看板娘がいます。


犬ですけれど。


名前は、ぽんすけ。茶色い雑種の犬です。


え?娘なのに何でぽんすけかって?


出会ったときに、男の子だと勝手に思って、勢いでつけてしまったからです。


1度、ぽんすけと呼んでしまったら、変えるわけにいきませんでした。


だって、彼女は「ぽんすけ」と呼んだ私の声に、尻尾を力一杯ぶんぶん振って寄ってきたんです。


その日から、ぽんすけなのです。


因みに、ぽんすけは我が店の、第一号お客様。


まずは、そのお話から。




うちの店は酷い雨の日以外は、玄関や窓は開けっぱなし。


開店したのは梅雨の真っ盛り。6月の半ばでした。


3日連続で雨が降っており、お客さんも来ません。


これからやっていく為に取り揃えた、お気に入りの食器を洗って拭いていた時です。


しとしと雨だったので玄関は開けていたのですが、ふと見ると、そこに茶色い塊がこちらに背を向けて寝ていました。


「こんにちは、わんちゃん」


「・・・」


「あら。無視するなんて失礼じゃないかしら?」


その言葉が解るのか、頭をゆっくりと持ち上げ、こちらを振り向きました。


あまり綺麗とは言えない毛並みのその犬は、何処かから逃げてきたのでしょうか?


「あなたの飼い主さん、心配してるんじゃない?」


「・・・」


「なにか食べる?」


「・・・」


よし、と立ち上がり、エプロンを外して傘を手に取り外へ出ました。



「ハルさん、いきなり餌を分けて欲しいって、犬飼ったのか?」


栗原さんと言うおじいさんは、大きな餌袋から私の持って来た袋いっぱいにドッグフードを移してくれました。


「今日ふらりと店にやって来たんです。この辺で、茶色い雑種の犬を飼ってる人を知りません?まだ若い犬だと思うんですけど」


「知らんねぇ。河田さん所のうるさいコロしか。この辺は年寄りばかりだから、そんな若い犬を飼う人はおらんよ」


栗原さんは「はいよ」と、パンパンのドッグフードの袋をドサッと私の腕に置きました。


「本格的に飼うことになったら、また取りにおいで」


「ありがとうございます」


頭を下げてそう言い、自分の店に急ぎました。



もしかしたら、もう居なくなってたりして。


そう思ったけど、その犬はまだ店の前で寝ていました。


「名前。何て呼ぼうかしら」


オスかメスかもちゃんと確認していないけれど。


「ぽんすけ!」


人間なら聴こえないであろう距離から、思い付いた名前を叫んでみました。


ピクッと耳が動き、こちらを振り向いたかと思うと、物凄い勢いで走ってきて、尻尾をぶんぶんと振りながら飛び掛かって顔中舐めまわします。


「あははっ。ちょっと、こらっ」


それから、その犬の名前はぽんすけになりました。


今思えば、私が餌を持っていたから喜んでいただけかもしれませんね。



その日の晩、私は店の2階にある自室で、ぽんすけの飼い主探しのチラシを作る為、似顔絵を描きました。


夕方に一度止んだ雨が、窓の外でサーッと音を立てて降る夜でした。


ぽんすけは、老眼鏡を掛けた私をじーっと眺めています。


「・・・お腹すいたわねぇ」


店の余っていたご飯で作っておいたおにぎりを、冷蔵庫から出して温め直し部屋に持ち帰ると、ぽんすけがドアを開けたところで待ち構えていました。


「ふふっ。めざといわねぇ」


足にまとわりつくぽんすけを避けながら歩くと、うっかりバランスを崩したと同時に、おにぎりが転げ落ちたではありませんか。


ぽんすけにしてみれば、棚からぼたもち。


幸い、具も塩も使ってないただの米の塊なので、そのままプレゼントすることにしました。


「お客さん、来なかったからね。あなたがうちの第一号のお客様よ」


こんな田舎町。


人が誰も店の前を通らない事だってあります。



ガツガツおにぎりを食べるぽんすけの背中を撫でながら、私は飼い主が見つかるまで責任もって飼うことを決めました。


「その日が来るまで。よろしくね。ぽんすけ」


おにぎりを食べきったぽんすけは、ベランダへ出ていき、おしっこをしてしまいました。


「あ!あらら・・・ってあれ?あなた、女の子だったの?」


座って用を足したぽんすけを見て、思わず笑ってしまいました。


こうして、ぽんすけは『そよかぜ』の看板娘となったのです。

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