第28話

どこかでその可能性を認識していた。

南方澄埜と椎名規理乃。

苗字が違うのは親が離婚したかららしく、澄埜は父方に、椎名は母方に引き取られたようだ。

そのせいで二人のことが結びつかなかったが、高校二年という中途半端な時期に、親の都合でなく自主的に転校してきたことは不自然ではあったし、放課後にあちこち歩き回る姿は澄埜と被る。

もっとも、歩き回る理由は違い過ぎて悲しくなるが。

片や植物を探して、片や、いなくなった姉を捜して。

希望したのか偶然か判らないが、寮の部屋も澄埜と同じはずだ。

俺も良太も澄埜の部屋に入ったことは無いけれど、二階の窓から手を振ってくれた姿は鮮明に憶えている。


休日なのに学校に来たのは、俺も改めて椎名とちゃんと話したいと思ったからだ。

ジローとゴローが同伴しているのはコイツらの勝手で、べつに椎名に会いに行くと言ったわけではない。

それでも何故か俺の考えが判るらしく、学校までの道のりを俺の前に立って歩いていた。

校門をくぐったところで足を止める。

かつて澄埜の姿を見た窓で、椎名が洗濯物を干していた。

お嬢様然としたアイツが家事をする姿は意外と様になっていて、ちゃんと自立して一人暮らしをしていることが窺える。

椎名が俺に気付いた。

いや、俺と言うよりは、ジローやゴローに気付いたと言うべきか。

ちょっと柔らかな笑みを浮かべて、一瞬、それが澄埜の姿と重なった。

「上がってきて」

「え?」

意外な申し出に戸惑う。

椎名が男を部屋に招くとは思わなかった。


かなり傷んだ階段を上ると、椎名は部屋から出て待っていてくれた。

小型犬のゴローだけならともかく、ジローまで部屋に入れるのはマズイだろうから、お前らは玄関前で待機だ。

不服そうな顔をするけれど、椎名が玄関までならと言うと、ジローもゴローも納得して嬉しそうな顔をする。

ジローもゴローも、もしかしたら椎名が澄埜の妹であることを、最初から判っていたのかも知れない。

少なくとも、同じ匂いを感じていたのだろうと思う。


椎名の部屋は、質素という表現が最も的確だろう。

女の子らしい飾り立ては一切無くて、必要最低限の生活必需品があるのみで、鏡台すら無い。

ただ、薄暗くて古ぼけた寮の部屋であっても、清潔感があって綺麗に片付いているのは女の子らしいと言えるかも知れない。

そんな中、一つだけ、いや、五つと言うべきか、タンスの上に置かれた五匹の犬の縫いぐるみだけが浮いていた。

「何よ」

俺の視線に気付いたのか、椎名は少し文句を言いたげだ。

「あなた達のせいじゃない」

何か判らんが、いきなり俺と良太のせいにされた。

……判らないってことは無いか。

たぶん、この五匹の縫いぐるみは、タロウからゴローなんだろう。

誰にも頼らず孤高でいた椎名が、縫いぐるみを傍に置いておきたいと思ったのが、俺達のせいと言いたいのだろう。

「お前、良太と付き合え」

「な、何を言ってるの!?」

まあ、当然驚くよな。

「澄埜のことは共感、共有できる。タロウ達と判り合える。お互い、お互いのことをそれなりに好ましく思っている。まあ良太の方は、それなりどころかお前を神聖視しているくらいだが」

「なっ!?」

やはり自覚は無いか。

でも、驚いてから、少し不満そうな顔をするのは何故だろう?

「そこに、等身大の私はいるの?」

そういうことか。

俺は嬉しくなった。

自分を過大評価されたのではないかと不満に思うなら、それは自分自身を正当に評価し、見てほしいということだ。

椎名は良太に、ちゃんと自分を見てほしいと言っているのだ。

「いるよ」

俺は端的に答えた。

良太は椎名のことをしっかり見ている。

俺ですら色眼鏡で見ていたのに、良太は周りの情報に一切惑わされることなく、真っ直ぐに椎名を見ていた。

「神様のいたずら」

「は?」

「ちゃんとお前のことを見た上で、神様のいたずらなんじゃないかと思うくらい、お前は綺麗なんだと」

「\:/;F[@ELFかKV@:34は%GるL:!!」

「……何を言っているんだ、お前は」

「ど、どどこに等身大の私が!?」

「まあ、最上級に賛美しているな」

「だったら!」

「素直に喜べ。少し大袈裟だが、俺もあながち的外れとは思っていない」

「……」

「お前の性格に難があろうが、変顔しようが、鼻水垂らしていようが、その評価は変わらないってことだ」

「……」

まだ不服そうだ。

その不服そうな上目遣いですら、どれほど綺麗で魅力的な表情であるか、コイツは判ってないのだろう。

「……でも、彼となら」

「ん?」

「姉に、もっと近付けるの?」

縋るように細められた目に、俺は答を出しあぐねて窓の外を見た。

寮の部屋の窓は南向きなのに、木々が繁って日当たりは良くない。

窓から見えるのは、緑の濃淡と、きらきらと反射する陽射しの欠片。

近付くとは何を意味するのだろうか。

それは痕跡を見つけるということか。

それとも、死を確認することなのか。

「ごめんなさい。答えようが無いわよね」

「いや、まあ」

俺は曖昧な返事をしながら、ずっと澄埜との距離を考えていた。

俺ならいつか、お前に寄り添えるだろうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

田舎と転校生とさがしもの 杜社 @yasirohiroki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ