第14話
目が覚めて連絡帳を見ると、良二が新たに書いた文章が無い。
良二と入れ替わるのは不定期ではあるけれど、最近は毎日のように交替していたから、二日連続で僕であるのは久しぶりだ。
入れ替わることが、僕や良二の意思と感情に左右されるのかは判らない。
ただ、僕から良二には意図的に変われるのに、良二から僕には変われない。
それはもしかしたら、僕に逃げの姿勢があるからでは、なんて思ったりもする。
今日は土曜日で学校は休みだ。
自由参加の補講は行われていて、理解出来なかったことや、知りたいこと、学びたいことに対して、先生が対応してくれる日でもある。
窓の外からは、雨音が聞こえてくる。
雨は嫌いじゃない。
雨音や、部屋に描かれる陰翳や、緑と水が混じったような匂いが、優しく溶け合って心を落ち着かせてくれる。
どういうわけか、タロウも雨が好きなようで、傘を差して散歩に行こうとする僕の後ろを着いてくる。
谷川に沿う道を下る。
小さな吊り橋があって、山仕事のためと思われる小道が対岸に続いている。
僕と、大型犬であるタロウが一緒に渡れば、吊り橋はゆらゆら揺れてちょっと怖いはずなのに、お互い何となく楽しんでいるように顔を見合わせた。
橋を渡り終えてからは味気ない杉林がしばらく続くけれど、10分ほども歩けば、シイの大木が現れる。
山仕事の人も伐採する気にはなれなかったのだろう、数百年の時を経て、それはそこにある。
僕はその幹に凭れて、森の中で奏でられる雨音に耳を澄ます。
タロウが僕の隣に座って、耳を済ませるような仕草をした。
雨音が強くなって、森の中を不協和音で満たす。
ポタポタ、ピチョン、ポトリ、ザーザー、チョロチョロ。
便利な擬音語を駆使しても、不便に思えるほどあらゆる音が溢れている。
規理乃ちゃんは、この村にとって不協和音なのだろうか?
幹を伝う雨水を背中に感じながら、そんなことを考える。
でも、教室での物憂げに窓の外に目を向ける後ろ姿、あるいは、学校の外で何度か見た、太陽の光と木々の緑を身に纏った規理乃ちゃんの姿を思い浮かべると、調和や融合といった言葉のほうが似つかわしいとさえ思える。
彼女は、都会的に洗練された容姿と鋭さを持ちながら、この根古畑の長閑な風景や、遥か昔から息づく自然の営みの中で、何ら違和感もなく、それどころか、お互いが引き立てあうかのようにそこにある。
不思議な人だなぁ……。
そう思ってハッとする。
同じような感覚を、数年前にも抱いたことがある。
「澄埜ちゃん……」
性格も雰囲気も全然違うのに、今はいないその人のことを思い出したのは何故だろう?
雨は激しくなる。
雨にけぶるモノトーンに近い風景に描いた規理乃ちゃんの姿が、どういうわけか澄埜ちゃんの姿と重なる。
あれ? 二人は似ている?
ふくよかで柔らかな気配を湛えた澄埜ちゃん。対照的に尖った気配の規理乃ちゃん。
大きな瞳をにこやかに細めていた澄埜ちゃんと、切れ長で冷ややかな瞳の規理乃ちゃん。
うーん……似てないよなぁ。
でも、どこかで二人は重なるような気がする。
もしかして、タロウ達はそれに気付いているから規理乃ちゃんに懐くのかな。
言葉には出来ない、身に纏った空気のようなもの。
言葉には出来ない、不思議な存在感と、ふとした仕草に覚える既視感。
どこか危ういような儚げな佇まい。
なんで僕は、彼女のことばかり考えているのだろう……。
タロウが心配そうに僕を見た。
気温が下がってきたのか、それとも濡れてしまったからなのか、身体の芯が微かに震える。
「そろそろ帰ろうか」
タロウにそう言って、僕は立ち上がる。
もう傘は意味を成さないくらいに服は濡れそぼってしまって、立ち上がると重さを感じるほどだ。
このくらいの重さなら、僕は抱えて持ち歩けるのだけど……。
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