第13話
曇天の下、タケル君と田圃の草抜きをする。
午前中は晴れ間も見えたのに、午後からまた曇り出した。
根古畑は、太平洋からの湿った空気の影響を受けるので、もともと雨の多い地域だし、梅雨や台風シーズンになれば、ほぼ連日のように雨が降る。
大人たちは田の畔の雑草を草刈り機で刈り、僕らは水田の中に生えてきた雑草を抜いていく。
辺りには草刈り機の音が響き渡って賑やかだ。
うるさくはあるけど、いつも静かな根古畑が騒がしくなるのは嫌いじゃない。
雑草の中には、白い穂を出したチガヤが沢山ある。
草刈りや、チガヤの穂は、蛍が飛び交いだす季節であることも教えてくれる。
僕の家の前の小川や、田圃の横の用水路には、ゲンジボタルがいっぱいいるし、もう少し夏らしくなれば、水田にヘイケボタル、森に入ればヒメボタルが見られるようになる。
「良太、あの……さ」
僕ら二人は、それぞれ分かれて草抜きをしていたけれど、割り当てられていた棚田が残り一枚になったとき、タケル君が声を掛けてきた。
六畳ほどの広さしかない棚田だったので、腰を曲げて作業しながらでも声は届く。
「その、怒ってるか?」
べつに怒ってはいない。
でも、気分のいいものじゃない。
それに、あの後いちばん怒っていたのはマサヤ君で、随分と毒づきながら図書室の椅子を蹴飛ばしていた。
「規理乃ちゃんの対応も悪かったって思ってる?」
「まあ……少しは。でも、正直なところ痛快でもあったんだ。ほら、雅也って、イケメンなのを鼻にかけてるところあるだろ? そういう意味では、椎名ってスゲー! みたいな」
「あれって結局、規理乃ちゃんが男好きとかいう噂を立証してみせようとしたの?」
「うん、まあ、そうなるかな」
「男好きだったら、最初から男子に愛嬌振りまくと思うけど?」
「俺もそれは思ったんだけど、ほら、特定のターゲットに絞って優しくしたりしたら、男の方はコロッといっちゃうんじゃないかって」
「で、僕から規理乃ちゃんに近付いていったのに、僕がターゲットにされたって?」
「それは俺も矛盾してるなぁって思ったし、瞳にもそう言って──あ!」
やっぱり瞳ちゃんか。
「いや、ほら、瞳だって良太のことを心配してるからこそだし!」
「雛ちゃんは?」
「雛は……雛は不服そうな顔してた。アイツは、良太が嫌がるようなことは絶対したがらないし、でも、椎名のことは嫌いみたいで、ずっと俯いてた」
「そっか」
瞳ちゃんに、どこか違和感のようなものを覚えたのはいつからだろう?
雛ちゃんには、申し訳ないような気持になる。
規理乃ちゃんの存在の有無に関わらず、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染ではあっても、ずっと同じではいられない。
「タケル君」
「うん?」
日が暮れてきたからか、そこかしこで蛙が鳴き出す。
それは子供の頃から変わらずにあるもので、やがては大合唱になる筈。
変わらないものと、変わってしまうものの違いは何なのだろう?
変わりたくはなくても、僕らはきっと、いずれ道を違えてしまうのだ。
「蛙が鳴いてるね」
「あ? ああ」
「普遍的で不変的」
「は?」
怪訝な顔をするタケル君。
それは幼い頃から変わっていないものだったから、僕は思わず微笑んだ。
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