第12話

田舎の小さな学校の割に、図書室の蔵書数は多い。

タケル君に誘われて、お弁当は本に囲まれた環境で食べる。

入口から一番離れた、あまり人目に付かない席。

何か話があるのだろうと思うけど、タケル君は言いあぐねているようで、時おり僕に視線を向けては逸らすということを繰り返してる。

「規理乃ちゃんのこと?」

僕から話を切り出してみる。

タケル君は目を見開いてから、申し訳なさそうに俯く。

「その、別に俺は、良太の邪魔をしたいわけじゃないんだ。ただその、椎名のことは、まだ信用できないっていうか……」

「瞳ちゃんに、何か言われた?」

「いや、そう言うわけじゃなくて!」

強い否定は、より疑いを濃くする。

「いや、良太が俺を疑う気持ちも判るけど、俺達が椎名を信じられないっていうのも判るだろ?」

「まあ、ある程度は」

「アイツの悪い噂は沢山あるし、俺達は良太が騙されてるんじゃないかって心配してる。だから、試させてくれ」

「試す?」

「ああ、もうすぐ椎名がここに来る手筈になっている」

図書室にいるのは、僕らの他に二人だけ。

当然、見知っている顔だし、名前も家の場所も知っている。

そのうちの一人は、ちょっと図書室にいるのが意外に思える一年生。

根古畑随一のイケメンと言われているマサヤ君は、図書室の入り口にずっと目を向けている。

「もしかしてマサヤ君に──」

「しっ!」

タケル君は僕の質問を遮る。

その視線を追えば、規理乃ちゃんが図書室に入ってくるところだった。

「椎名先輩」

呼んだのはマサヤ君だ。

「誰?」

「あ、俺、一年の檜原雅也って言います」

「そう。私は次の授業で使う地図を取りに来ただけだから」

ひどく冷たい響きで、規理乃ちゃんは返答する。

「手伝いますよ」

「結構よ」

マサヤ君は顔を歪める。

女子から、こんなおざなりな扱いを受けたのは初めてではないだろうか。

「あの、俺、今度東京に行くんすよ」

「そう」

「それで、動物とか好きなんで、いい動物園とかそっち系のカフェとか教えてほしいな、と思って」

っ!?

思わず腰を浮かし掛けた。

余所者だから信用できない?

悪い噂が多い?

幼馴染達の、ちょっとしたお節介くらいに思ったけれど、ちゃんと調べた上での妨害じゃないか。

もちろん、わざわざ規理乃ちゃんの趣味嗜好を調べたわけじゃなくて、たまたまゴローと規理乃ちゃんが仲良くしているところを目にしただけ、という可能性もある。

それでも、相手の弱いところや好きなものにつけこむ手段に嫌悪感を覚える。

だけど──

「ネットで調べた方が早いわよ」

にべもない規理乃ちゃんの返事。

冷めた声と、冷ややかな視線。

一瞬、マサヤ君が醜悪な表情を浮かべた気がしたけど、すぐさま爽やかな笑みを作る。

「いやぁ、やっぱり実際に住んでいた人の生の声の方が参考になりますし」

「東京に住んでいた人間が、あちらの動物園や動物カフェに詳しいとは限らないんじゃないかしら?」

「え? あ、その、志藤先輩のところの飼い犬と仲良くしているのを見かけて、それで動物好きなんだろうなぁ、なんて思ったんすよ。違いました?」

「あの子達、とても賢いのよ?」

「は?」

「あなたが動物好きなら、きっと懐いてくれるわね」

「あ、いや、俺は」

「私、男子が嫌いだから、もう話し掛けないでくれると有難いわ」

「……」

規理乃ちゃんは、頼まれた地図を見つけたらしく、それを胸に抱えて図書室を出る。

真っ直ぐに伸びた背筋。

どこにも綻びの無い歩く姿。

凛として、気高くて、息をのむほどに綺麗だと思う。

でも、筒状に巻かれたその地図は規理乃ちゃんの背丈ほどもあって、それを抱える姿は、何だか妙に可愛らしかった。


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