第11話

昨日は草抜きの手伝いをする約束をタケル君としていた筈だけど、連絡帳の簡潔な内容から判断すれば、それは履行されなかったと考えるべきだ。

雨が降っていたようだから、草抜き自体が中止になっていた可能性が高いとは言え、謝っておかなきゃならない。

「そういえば良太、一昨日はどう──」

「タケル」

「タケル君」

タケル君の方から話し掛けてくれたのに、雛ちゃんと瞳ちゃんが遮る。

そのタイミングに、何らかの意図を感じないでもない。

雛ちゃんは我儘だし、瞳ちゃんは僕らの学年のリーダーだから、呼ばれれば逆らい難いものがあるのか、タケル君は席を立つ。

そのまま教室を出る三人と擦れ違って、規理乃ちゃんが教室に入ってくる。

「あなたと仲良しの彼、何だか悲壮な顔をしていたわよ?」

以前から抱いていた疑問だけど、僕が思っている以上に、何か上下関係みたいなものがあるのだろうか。

しっかり者の瞳ちゃんに対して頭が上がらない、といった面はあるにせよ、普段の彼らの様子を見れば、屈託なく話しているように見えるし、時にはタケル君が瞳ちゃんをからかったりすることもあるから、考え過ぎかも知れないけれど。

「余所者から見て、あなた達の関係は歪に見えるわ」

「え?」

規理乃ちゃんは、出て行ったタケル君達の方を見て言う。

あなた達というのは僕と良二のことではなく、僕ら全体を指しているみたいだ。

「彼らもそうだし、彼らがあなた達に対するときもそう。何かのしがらみ、決められたものがあるみたいにどこか不自然よ」

僕らに対して周りが不自然であるとすれば、それは良二の存在が関係しているのだと思う。

幼馴染とは言え、多少は腫れ物に触るような部分があるのは確かだ。

「だから昨日、私は彼に、ここの人達は信用できないって言ったのよ。もっとも、信用できないのはそれだけが理由じゃないけれど……そのことは聞いてる?」

「うん、簡単には」

「だから……」

「だから?」

「やっぱり、あなた達には頼れないわ」

情報が足りなくて戸惑う。

良二は、「俺達に頼れ」とでも言ったのだろうか?

だとすれば、良二の意図は?

よくよく考えてみれば、良二はその日あった出来事を書くにあたって、簡潔なだけじゃなく、自分の意見をあまり言わない。

規理乃ちゃんのことを批判的に書いたりはしても、それはあくまで表面的なことであって、まるで第三者の意見のように読めるものだった。

良二は、自分の意見を押し付けるつもりは無くて、ただ僕に判断材料を与えてくれているだけなんだ。

つまりは、僕が判断して行動しろということだ。

「僕もそうだけど、タロウ達も規理乃ちゃんのこと信用してるのになぁ」

「ゔっ」

ズルイとは思ったけど、タロウ達を利用させてもらう。

「ゴローなんか、もう規理乃ちゃん大好き! って感じだよね」

「くっ!」

ちょっと冷たい印象を与える、薄い唇を噛む。

身体には力が入って、プルプルという擬音が聞こえてきそうなほどに、手をぎゅっと握り締める。

何と言うか、予想以上に効果覿面で、申し訳ないような気分になってくる。

「僕が頼りにならなくても、タロウ達には頼って」

「でも──」

「それに、頼るとか頼られるとかじゃなくて、ただ話したり、時には根古畑自慢に付き合ってもらったりとか……ダメかな?」

「狡いわ」

「うん、自分でもちょっとそうかなって」

「別にあなたが悪いわけじゃないって判ってるの。ただ、自分で思っていたほど私は強くなかったみたいで、それが癪に障るだけ」

口惜し気に結ばれた唇は、弱さなど感じさせない。

強い眼差しは、気高くさえある。

「僕ら二人は、根古畑を網羅してるから、きっと力になれると思う」

「……そういうところが狡いって言ってるのよ」

何故か睨まれたけれど、六月の湿度を帯びた鬱陶しい空気を、規理乃ちゃんは潤いに変えてしまう。

だから、規理乃ちゃんの方が狡い、なんて、僕は思ってしまうのだ。


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