第21話 『俺機直上急降下』

「さてと、騎体は何を使えるんだ?」




 身体を固定する拘束具の具合を確認し、操縦桿等をいじくりながら、郷志は大和に問いかける。流石に腕を見たいと言われているのにグラン・パクスの騎体データを使っては意味が無いと彼は考えていたので、現状の模擬訓練機で使用可能なものを尋ねたのである。




【デフォルトでは、『エンシェント・ホーク』級・『ヴァージャー』級・『スメール』級、各M.F.L.から選択となっていますが……グラン・パクスは使いませんか?】


「しょうがないんじゃないかな? 突出した機体使う意味なんて無いし、ここ教習所みたいなもんなんだから。んじゃスメール級で」


【浮気者】


「なんでやねん」




 いつものごとく大和に遊ばれている郷志であったが、久しぶりの「ゲーム感覚」に少々気分が高揚していた。


 ゲームで使用していたのは専らM.F.A.であったため、感覚の齟齬が心配だったが、その差異もこれで修正してしまえばいいのだと思うことにしたのである。




「マジス・コア、エンゲージ」


【らーさー】


「……いや、いいけどさ」




 起動を始めた模擬訓練機だが、流石に実際にコアとエンゲージを行うわけではなく、操縦席外周のモニターが起動時のエフェクトをそれっぽく表示して完了するのであった。




【M.F.L.『スメール』級、起動完了】


「了解、それじゃ行くとしますか。『こちら鴫野郷志従四位。準備完了です』」


『……小倉だ。この設定でいいのかね?』


「は?ええと、なにか不都合な点でも?」


『いや、それならばいいのだ。では始めてくれたまえ』


『了解。状況開始します。鴫野従四位、母艦である強襲飛行揚陸艦に接近する敵性体が五体、観測されました。直ちに発進、迎撃を行ってください』




 カットしていた外部との通信を繋ぎ、準備が整ったことを学長に告げると、早速オペレータをかって出た高倉正六位から状況開始が宣言された。




「さて、鴫野殿の腕前が騎体に依るものかどうかがこれではっきりするな、文子」


「そうですねぇ」




 起動し始めた模擬訓練機を見ながら、櫻子が隣に並び立つ文子にそう言うが、言葉とは裏腹に、その瞳は郷志の腕前をこれっぽっちも疑ってるようには見えなかった。


 文子としては、後見人となっている櫻子に恥をかかせないレベルであれば文句はないので、生返事を返すにとどまるのだった。


 そしてその顔が驚愕に染まるのに、然程時間はかからなかった。




「うん、これなら行けそう、かな」




 M.F.L.を起動させてから軽く騎体の動作確認を行った後、郷志は強襲飛行揚陸艦から発艦、即座に騎体を上昇させ、敵性体の現在位置を再確認した。


 モニターに映し出される外部の光景の中に、幾つもの黄色く四角い印が表示される。


 敵味方識別がされていない、一定以上の魔力量を保持している動体反応の印である。


 全周囲モニターに点々と表示されるマークのうち、左下方に示されている5つがたちまち赤い菱型と丸に切り替わり、攻撃対象であることが示された。


 それはこちらに対し攻撃の意志がある行動を見せていることを意味し、それはすなわち敵性体と言うことになる。


 そしてそれらが記憶された未来位置と寸分変わらぬ位置に居る事で、郷志は思わず笑みを浮かべるほどであった。




【……これ、ゲーセンでやった奴だ、等と発言しないでくださいね、マスター。訓練開始の時点から、操縦席内部はモニターされています。私との会話も文字情報でなければ記録されてしまいます。ご留意ください】




 わかっている、と指先をタブレットの画面で滑らせて返事をする郷志であったが、特に会話が必要だとは思えなかった。


 なにしろ目の前に広がる光景は、以前から慣れ親しんだ、ゲーム時代の「タイムアタックモード」に他ならなかったからである。


 一気に加速、彼我距離と相対速度を確認して、逆落しに急降下。




「い~やっほー!」


【このマスター、ノリノリである】




 高々度からの急降下による奇襲。


 敵性体から見て左斜め上方からの急降下を行うとともに、固定武装である四五口径十二糎単装魔砲による掃射行う。


 仕留める事などかなわない程度の威力であるが、強襲飛行揚陸艦へと突き進んでいた敵の勢いを阻害し、一気にその注意を自身のM.F.L.に向ける事に成功していた。


 敵生体の数は五。


 装鱗鯱と呼ばれる敵性体だ。


 分厚く巨大な鱗で全身を覆い、頭部は昆虫のような外骨格生物を思わせる形態を持ち、坩堝の魔力濃度の高い空間を泳ぐように飛び回る、異形の飛行魚とも言える存在で、しかも同一の種が群れをなして一斉に襲いかかって来る、厄介な相手でもあった。




「まずふたつ。九三式魔導魚雷、壱番弐番管発射用意、撃っ!」




 そんな敵に対し、射撃を行いつつ降下を続けた郷志の乗るM.F.L.『スメール』級が、降下速度を維持したまま敵性体の隙間を掻い潜る様にすれ違った数瞬後、敵性体の群れの先頭を、先を争うように進んでいた二体が爆散した。


 スメール級を始めとするM.F.L以下の小型機導魔鎧が搭載している九三式魔導魚雷が直撃したのだ。


 魔晶結石と呼ばれる、高濃度魔力により変異した結晶体に魔力が予め込められており、M.F.A.のように高出力の魔導炉が搭載されておらずとも高い火力を発揮できる魔導兵器の一つである。


 但し、発射前に攻撃を食らうと誘爆の危険性が高い諸刃の剣。


 非常に危険。


 素人にはおすすめできない。


 そして更に希少な魔晶結石を用いるため高額であるという欠点がある。


 なお「魚雷」と言う名称については、坩堝内での挙動が航空魚雷そのものに見えるため、慣習的に呼んでいたものが定着してしまったというのが、ゲーム及びアニメ時代の設定であった。




「次、三つ目」




 振り返りつつ敵性体の下方へと水平飛行に以降、仰向けの状態で、上方に向けて伸ばした両腕から筒状に展開された帯状魔法陣により発動された、五〇口径二〇糎連装魔導砲が満を持して火を噴いた。


 若干のズレを生じさせて放たれた魔力の塊は、敵性体の回避運動をトレースするかのごとく順次着弾し、その強固な装甲鱗の中でも比較的薄い腹部を砕き割り、開いた傷口に更に火力の暴風を突き入れて内側から炙り、地に落としたのである。




「残り二つ」




 引き続き背面状態のまま敵の比較的柔らかな腹に向けて撃てるだけ撃った後、敵の下腹部を舐めるようにして引き起こしをかけ、上昇。


 敵性体の斜め後方にまわりこむ形に持ち込めた郷志である。


 彼はそのまま敵の背後から、若干斜め後ろを維持したまま移動しつつ、敵性体に容赦なく法撃を浴びせかけた。


 頭部の兜と鱗で覆われている身体のちょうど境目付近に集中して法撃を行ったのである。


 硬い装甲とは言え、その自身の装甲の隙間に潜り込まれた状態で炸裂する法撃は、その威力を十二分に発揮し、敵性体の最も硬い頭部外郭で守られた最重要器官、脳髄を焼きつくしたのだ。




「四つ目、次でラスト――」







「これほどとは……」




 それは、専門家としての立場から見ても、高い次元で磨き上げられた動きであった。


 郷志の駆るM.F.L.が敵性体を蹂躙する様をまじまじと見つめる学長の漏らした言葉に、櫻子は思わず口角を持ち上げ、当然だ!と言うかのごとく腕を胸元で組みなおしていた。


 最後の敵性体が、背後からの近接武器によってその装甲の隙間を貫かれて堕とされたところで、学長はその立派な体躯を空いているオペレーター席に預けたのである。




「敵性体の撃墜を確認。鴫野従四位、お疲れ様でした」


『ありがとう。っと後は着艦して終了?』


「はい。それにしても素晴らしい戦闘でした」




 オペレーター席でコンソールパネルを操作しながら告げる高倉正六位からの賛辞の声に感謝の言葉を返し、騎体を強襲飛行揚陸艦へと向け、郷志は「ほう」と一息ついた。


 ゲームのタイムアタックモードで考えると、低得点な結果だよな、などと考えたからだ。


 自機や母艦に被弾しないさせないのは当然として、最初にあちこちの動作確認を行ったのも時間を食っているし、残弾に残魔力量、敵の倒し方等々、彼的には今ひとつな出来であったのだ。


 廃人レベルの奏者を知っているだけに、それと比較してまだまだだなぁ、などと思いながら、近づいてきた強襲飛行揚陸艦へのアプローチを始めたのであった。

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