第20話 『夢か幻か』

 中々に歴代の記録を抜くのは難しい、そう呟きながら彼女は動きが止まった模擬訓練機の中で待機していた。


 最終的な訓練結果の数値がデータ化され評価点となって表示されるのを待つ間に、高ぶった心と体を静めるためだ。


 そして表示された結果を見て小さく嘆息すると、身体を拘束する固定具を解除して外にでるためにハッチを開いたのであった。




「ふう……」


「いい動きだったぞ。あー、飛島飛鳥候補生」




 彼女が慣れ親しんだその模擬訓練機から外に出ると、そこには本日教官として着任したばかりの皇国軍魔装騎兵奏者のトップ2人がそろい踏みで待ち構えていた。


 飛島飛鳥は、魔装騎兵奏者となるべくこの地にやってきた、優秀な候補生である。


 若くして沈着冷静、泰然自若とその評価は高い。


 どのような事態が降りかかっても、常にその時の最善を尽くして乗り越える努力を行う、行える人物であった。




「はっ、ありがとうございます!」




 模擬訓練機から出るや一分の隙もない敬礼を見せた彼女は、その通りいかなる場合でもその冷静沈着さを発揮できるように自身を律する事ができる人物なのである。


 その、内面とは裏腹に。




(ファッ!?え、嘘。『皇国の双剣』がなんでいきなりこんな所に。いいえ、たしかに先ほどの集会で着任したのは事実だけれど。それが何故、実習の時間でもないのにここに居て私の訓練結果を覗きこんでたりするわけなの?)




 などという心の内は欠片も出さず、彼女は外面的には冷静に、教官の次の言葉を待った。




「期待の候補生だと学長から伺ったが、紛れも無い事実のようで嬉しく思う。我々の教導で更にその腕を高めてくれることを切に願う」


「ご期待に答えられるよう、精進いたします」




 敬礼を解いた飛島飛鳥に熱のこもった言葉を投げかけた櫻子は、親しげに微笑みを浮かべて彼女の肩に手をのせ、励ましの言葉を続けて送った。




(こっこれは夢!? もしかしたら今日、新任の教官が着任したとか挨拶だけの臨時集会なんて実は無くて、目が覚めたらいつもの寮のベッドの中だったりするのかしら! いいえ、夢なら覚めないで! 『皇国の双剣』に期待されるなんて言葉を貰えるなんて、これは夢! きっと幻! いいえでももしかしたらうつつなのではないかしら! 落ち着け私!)




 そんな内心で盛大に動転している飛鳥であったが、やはりその動揺は表には出さず、模擬訓練機から離れたのである。




 そして、彼女がアニメに登場したキャラクターの一人であることをシミュレーターのモニター表示により理解していた郷志は、冷静な表情の飛島飛鳥の内面で行われているであろう様々な一人漫才を想像して、こっそりとほくそ笑んでいたのであった。







「……おいおい、今日は盛況だな」


「ひのふのみ……五基も動いてる?」




 簡単に昼食を取って模擬訓練室に訪れた香寺美里・小野寺小鶴・浮御堂兵衛・乙小雪の四人は、稼働している模擬訓練機が五基もあることに驚きを覚えていた。


 いつもであれば一番乗りか、若しくは自分達以上に常連と化している、優秀な訓練実績を誇る候補生が一人、居る程度であるのだ。


 五人も誰が?と思って近づこうとした所で、壁沿いに設けられているオペレーター席についていた人物に声をかけられた。




「おう、邪魔しとるぞ」




 学長が、オペレーター席のモニターを凝視しながら、声だけで彼らを迎えたのだった。




「学長!? って、失礼しました!」


「ああ、構わん構わん。楽にしろ」




 オペレーター席に付いていたのが学長の小倉だった事に気づいた候補生たちは、慌てて敬礼を行ったが、小倉は答礼を返しながら「気にするな」と返したのである。




「そんな事より、モニターを見てみなさい。面白いモノが見られるぞ」




 学長の言葉に、皆がこぞって彼の座っている椅子の背後に並び、モニターを覗きこんだのだ。


 各模擬訓練機に付随して設置されている稼動状態を表示するだけの物とは違い、模擬訓練機に背を向ける形に座るオペレーター席には座席を覆うように湾曲した半円周モニターが設けられており、複数の模擬訓練機を同時にモニタリング出来るようになっている。


 稼働している模擬訓練機の情報のみならず、模擬訓練機が実機として稼働していると仮定した状態で仮想空間を構築し、それを外部から観測した形で映像化することも出来るのだ。


 そしてそこに映しだされたのは、M.F.L.五機が同一の空間に於いて隊を組み戦闘を行っている、実戦に則した作戦行動の、その交戦状態の映像であった。




「五機小隊編成。隊長機、近衛従三位。以下、竹内正四位、鴫野従四位、高倉正六位、飛島少初位。作戦目標、坩堝内における戦闘の可能な限りの継続」


「……敵性体が無尽蔵に?」


「そうだ、過去に記録されている坩堝の氾濫をベースにシミュレートされておる」




 モニター中央に映し出される戦況情報と、その左右に表示される各騎の動き。


 凄まじい勢いで溢れるように現れる敵性体を、五機のM.F.L.が連携をとり殲滅を行っている。


 近衛騎を先頭に、左右を竹内騎と飛島騎、後衛を高倉騎、そして遊撃として鴫野騎が跳び回っていた。


 それらを学長は鋭い視線で追い続けていたのだ。


 過去に起こった坩堝からの敵性体の爆発的な増殖及び、それら敵性体の坩堝外部への氾濫。それは、坩堝から得られる遺物や敵性体から得られる希少性の高い部位などを長期に渡って得ようと考えた国家が、坩堝内の敵性体を間引くのみで「坩堝の核」の破壊を行わなかった為に起こった人災である。


 過去に起こった『坩堝の氾濫』と呼ばれるこの状況は、手酷い被害を被りながらも殲滅せしめることができていた。


 一国家が隠せると目論んだ程度の規模の「坩堝」でしか無かったため、氾濫した敵性体の数や質が比較的低く、被害半径が小さかったのと、何よりも当事国が政府機能も含めてその時点で壊滅、坩堝周辺はもとより国土全てが蹂躙され尽くしており、周辺国家が採算も何もかもを度外視した大規模破壊兵器の投入を躊躇する必要がなかったのが殲滅成功の最大要因であったとされている。


 なお、以後その国家のあった地域は、世界中の国家が加盟している『世界安全保障連合』による委託統治領と言う名の無人の荒野となってしまっている。




「これは『最も深く闌けき坩堝』が氾濫を起こしたと想定された状況だ」


「はぁ?」




 それは過去これまでに存在した最大規模の坩堝であり、連日のように大規模な掃討作戦が行われたにもかかわらず、氾濫を起こす寸前までいった、曰く付きのシロモノであった。


 シミュレーションとはいえその坩堝と同等の氾濫とは、と言うのが候補生達の心情であった。


 しかしながら学長は、その状況をあり得ないとは考えていない模様で、眼前で展開されている仮想戦闘を、食い入るように見つめ、それ以上に言葉を続けることはなかった。







 少し前。


 飛島飛鳥候補生が訓練機から出た直後である。




「さて、鴫野従四位。一つ腕前を見せていただこうかと思うが……」


「鴫野殿、乗りなれない模擬訓練機だとは思うが、ここはひとつ頼まれてはいただけまいか」


「あ、いいですよ」


「いや、無論適当に手馴しを行ってもらって構わないし、私もフォローさせても……よいのか?」




 天丼か。


 それはともかく、居並ぶ模擬訓練機の反対側の壁に設けられているオペレーター席についた学長は、電源を立ち上げながら背後に立つ郷志に声をかけた。


 櫻子は郷志を気遣い、申し訳無さそうに頼んでくるのだが、シミュレーターは彼にとってはなんでもない事であり、むしろお願いしてでも乗りたいと思うほどなのである。


 申し訳無さが天元突破しているのか、あっさりと了承した郷志に対して更に言い募ろうとしていた櫻子はあっけにとられてしまうほどである。




「今の模擬訓練機に乗るのは初めてですけど、基本的な仕組みは同じでしょう?出来ますよ」


【機種ごとに操縦席の構造が違う、と言った過去の航空機とは違い、操縦席は同規格ですからね。精々後付のなにがしかが設けられている程度だと思われますから、マスターであればどうにでも成るかと】




 自信満々に答える郷志に、イヤホンマイク越しに大和も賛同している模様であった。


 それでは先ず、と郷志は模擬訓練機に乗り込むこととなった。


 成り行き上、その光景を見ることとなった飛島飛鳥候補生は、脳内でこう語るに至った。




(え、この男性は新任の教官だったはずよね?それなのに学長が彼の腕前を知らないとかなんなの?馬鹿なの?死ぬの?いえ寧ろ無様な腕前なら私が後ろから流れ弾を当てて味方に被害が行かないように努めなければ。いえちょっと待つのよ飛島飛鳥。もしかしてこれはフラグ!?ふらりとやって来た敵方のパイロットが、模擬訓練シミュレーターで圧倒的な腕前を披露してその部隊のトップエースの目に止まって、そこから模擬対戦を行う流れとなってお互いの腕を認め合う。そしていつしか二人は恋仲に……たしかそんな古典映像作品があったように記憶しているわ!)




 この間、五〇ミリ秒。


 それはさておき、嬉々として模擬訓練機に乗りこんだ郷志であった。




「うん、これなら大丈夫そう、だな」


【はい、私の接続が差しこむだけで行える、相変わらずの謎コネクターも存在しておりますし】


「だよなぁ。ゲーム筐体との専用コネクターだからなんとも思ってなかったけど」




 模擬訓練機内の座席についた郷志は、早速待機状態で幾つかのランプが灯っている状態を確認して、ハッチを閉め、大和の入っているタブレットをいつもの位置に存在していたスロットに差し込んだのである。


 ゲームとして楽しむ際のサポート機として存在していた専用デバイスであるが、その存在はこの世界でも通用するのが郷志にとっても不思議であった。




「このコネクターが軍関連共通みたいなんだよな、不思議」


【……エアランダーにも普通に刺さりましたものね、私】




 謎に包まれたお約束に彼らは「便利だからオッケー」とスルーし、起動シーケンスを続けるのであった。

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