第19話 『少年少女』

 ここ、皇国軍幹部候補生学校に於いて、若い幹部候補生たちは、普段暇を持て余している。


 無論それは講義も何もない自由時間に限っての話であるが、とにかく暇なのである。


 ここはド田舎もド田舎、額に入れて飾っておくレベルで見事なほどにド田舎なのである。


 いや、一般人が住んでないという事を考慮すれば、ド田舎という言葉には少々語弊があるかもしれない。


 田舎と呼ぶのもおこがましい、辺境、僻地、最果てと言っても過言ではないのだ。


 なにしろ近隣のそれなりに遊べる大きな街に出ようと思うならば、朝から浮遊車両を用意して出発しなければ遊ぶ時間も無くなる距離があるため、休日でなければちょいと気軽に出歩くなどということはまず無理である。


 過去には幹部候補生学校は皇国の帝都近郊に設けられていたのであるが、候補生たちが夜な夜な抜けだしての飲酒行為その他、如何わしい場所での如何わしい行為を行っていたりといった問題行動が頻発していた。


 これに憂慮した上層部は、施設の老朽化が進んだ為に建て替えとの話が出た際に、これ幸いと陸の孤島どころか下手をすると遭難する勢いの地方へと、その所在地を移したのである。


 そんな訳で娯楽といえば構内に設けられている図書館――と言う名の、言わばセキュリティが十二分に構築されたネットカフェ――を利用するか、談話室に置かれているホロビューを見て時間をつぶすか、通信機能のないゲーム機や昔ながらの盤ゲームにカードゲーム等に興じるのが関の山なのだ。


 それで十分な者も居るには居るが、今どきの若い者達にとってはおよそ長期間興味を惹かれるものではないと言うことなのだろう。


 しかしながら、特殊機動兵科の、魔装騎兵奏者候補生達には、他の科の者には不可能なお楽しみが存在していたのである。




「結局今日は挨拶だけかー。近衛様、竹内様と直接お話してみたかったな―」


「機会はすぐ来るじゃん。『皇国の双剣』の方々とは実習になれば嫌でもお話できるようになるでしょ。それに今日は座学だけだったんだし、無くなってラッキーって感じ。他の教官の話なんて聞いてても眠くなっちゃうだけなんだし。どうせ講義に使う教材の内容なんて、全部頭ン中に入ってるんだからさ」




 赤毛の長髪をポニーテールに纏めた少女、香寺 美里が、伸びをしながら少々がっかりした面持ちで口を開き、それを受けて少々背の低い少年――小野寺小鶴が横に並びながら午後からの休講を素直に喜ぼうと微笑みかけた。




「まあ座学が無くなるの自体は正直どうでもいいんだけど。でもさー、実習の時間だとそれ関連の内容ばっかりになっちゃうだろうしー?そーゆーのとは違う、普通の世間話ってのをしてみたいじゃない?」


「言わんとする意味はわかるけれど、それって……」




 幹部候補生学校の教官とその教え子という繋がりが先にできてしまった自分たちには、将来的にはどうかは知らないが、現状最早不可能なんじゃないかな?と小鶴は思ったが、言うのは憚られた。


 臨時集会を終えた講堂で本日の講義は以後すべて休講と知らされた生徒たちは、解散の言葉を受けた後三々五々あちらこちらへと散っていく。


 そして今、会話を続けながら講堂から出た二人は、彼らを待っていたと思しき面子と合流すると、逡巡すること無く歩みを自分たちが学ぶ棟へと向けた。


 美里と小鶴が合流したのは、如何にも軍人らしいガッチリとした立派な体格の浮御堂 兵衛と少々小柄で銀髪をショートカットにした少女、乙小雪の二人であった。




「さあて、今日こそは俺様が歴代一位の記録をぶちぬく記念日にしてやるぜ。んで『皇国の双剣』に目にもの見せてやる」


「まだ歴代ベスト一〇〇にも入ってないレベルでよく言う。せめて私か飛鳥の記録を抜いてからほざくがいい」




 四人で纏まって歩きながら、兵衛が鼻息も荒く目標をぶち建てるが、直ぐ後ろを行く小雪にさらりと切って落とされた。




「おめーと飛鳥は現時点の候補生ツートップじゃねえか……。まあそのうち追い越してやるから待ってろ」


「待たない、置き去りにする」


「そこはいつでもかかってこい的な返事するところだろうが……」




 立ち止まり後ろからくる小雪に対してライバル宣言を行う兵衛であったが、にべもなくあしらわれ、しょんぼりと後ろをついて行くのであった。




「……相変わらず顔に似合わず辛辣だね、小雪は」


「なによ、兵衛ってばまた妄想語ってんの?」


「おい美里、妄想ってのはどういうことだ」


「妄想っていうのは、現実にはありえない考えとか根拠の無い想像上のお話って意味で」


「いやそれを聞いてるんじゃなくてだな」




 二人を更に後ろから眺めていた小鶴と美里が、本人的には大きな目標、はたから見ると誇大な妄言としか思えない兵衛の発言を弄っていると、前を行く小雪が振り返りもせずに淡々とつぶやきはじめた。




「ここ五回の兵衛の記録、一三〇〇から一四〇〇点。最高記録は一六五〇点。私の最高記録、二三三〇点。同じく飛鳥は二四九二点。歴代の記録は一位が近衛櫻子の三八二〇点、二位が竹内文子の三三九七点。候補生学校の歴史を紐解いても三〇〇〇点オーバーはこの二名のみ」


「……改めて、『皇国の双剣』って呼ばれるだけのことはあるってのがよくわかる話、よね」




 高い目標があるという事実をにつらつらと並べる小雪に、改めて偉大なる先輩であり新たにやって来た教官である二人に対する認識を新たにする美里であった。




「まあ細かい話は置いといて、取り敢えず軽く何か食ってこうぜ」




 少し早いが、と言いつつそう提案した兵衛の言葉に反対するものはいなかった。







 一方、学長の小倉正三位に連れられた郷志達は、講堂を離れ特殊機導兵科の棟にやって来ていた。


 講堂を出たところで合流した郷志の世話係である高倉紀都正六位は、首を傾げながら先頭を行く小倉に問いかけた。




「学長、なぜこちらに? 伺っていた予定では鴫野従四位は近衛従三位の補佐として教導の任に就くと伺っておりましたが」


「いやいや、噂に聞く鴫野従四位の腕前を見せてもらいたくてねぇ」




 若い正六位からの質問に、小倉はニッと口角を上げて「如何にも何か要らんことを考えています」と言う雰囲気バリバリな笑みを浮かべた。


 その美しい眉間にシワを寄せながら、高倉はスススと郷志に近づくと、耳元に顔を寄せこっそりと囁くように告げた。




「(学長はいわゆる他人に面倒事が振りかかるのを見るのが大好きな方なので、鴫野従四位もお気をつけになってください)」


「(あー、はいはい。あれね、愉悦大好き人間なのね……面倒臭そうなおっさんだな)」


「(私がここに居た頃も、色々と逸話がありまして……って!?)」




 ぼそぼそと肩を寄せあって内緒話をしていた郷志と高倉であったが、二人の隙間に差し込まれた二本の腕によって分断されたのである。




「二人で何をこそこそと会話をしている?」


「こ、近衛従三位……?」


「いや、別にこそこそしてた訳じゃないですよ?ちょいとアチラに聞かれたらアレかなって会話をしてただけで」




 切れ長の目を半眼にした状態で薄っすらと微笑みを浮かべている櫻子に、郷志はいつもの調子で前を行く小倉の背を指さして返事をしていたが、高倉は頬を引き攣らせてタジタジとその場所を櫻子に明け渡して一歩下がる羽目になったのである。


 そして高倉との会話内容をこちらは郷志が櫻子の耳元に顔を寄せ、ヒソヒソと伝えると、櫻子はビクンと肩を震わせて「わ、わかった、鴫野殿には疚しいところはないと。学長の悪戯心を心配しての高倉正六位の気遣いということだな」と納得し、つつと剛志から距離をとったのであった。


 そうして明後日の方向を見つつ、小倉の耳には入らない程度の小声で櫻子が思い返すように口にしたのは、ここに籍をおいていた当時の話であった。




「わ、私達の居た頃は、学長は別の方だったがな。小倉正三位は特殊機動兵科の学科長で、皆を直々にしごいていたよ」


「そうね、あの頃はまあ弄りがいのあるおっさんだったわよね、色々と」




 横から口を挟んできた文子に「そうなの?弄られてる所、想像つかないんだけど」と返した郷志であったが、前を行く小倉の肩が一瞬ビクリと動いたのだけは視認することが出来たのである。


 ために、教え子に色々と弄られて苦労した反動でそうなっちゃったのかね……と生暖かい目でその弄りがいのあるおっさんとやらの背中を見つめる段になってみると、にわかに哀愁を感じる気がしたのであった。


 そして歩き始めて十分ほどで辿り着いたそこには、郷志の知らないはずである、よく知る機械が並んでいたのである




「懐かしいな。コレを見るのは卒業して以来だ」


「そうねぇ、任官しちゃうと実機でシミュレートモードを使う事の方が普通だしねぇ」




 和んでいる櫻子と文子の二人に対して、郷志は一人、目の前にずらりと並ぶシミュレーターを凝視していた。


 その、元の世界でのゲームセンターに置いてあったゲーム筐体と酷く似通った外観、開放されているシミュレータの扉を覗きこんだ先のコクピット内、それらが元の世界のゲーム筐体とほとんど変わらぬ構造であることに、驚愕していたのである。




(……おいおい、ぱっと見ほとんど同じじゃねえか)


(『マスター、「ほとんど同じ」ではありません。使われている素材以外は「間違いなく同一」かと。違うように思われるのは、ゲーム筐体が床に直置きだったのに比べ、こちらは下部に浮遊車両等に用いられている魔法を用いた浮揚技術が用いられているからだと思われます』)


(……あー、なるほど。ってあっちの端っこの奴、今現在絶賛稼働中じゃねえか、なるほどなぁ……ああなるわけか)




 そう言って郷志が視線を転じた先、ずらりと並ぶシミュレーターの最奥に位置する筐体は、床面に設置されている基部から若干浮き上がり、前転後転左右側転からぐるんぐるんと回転したり、時には上下左右に激しく動きまわり、いつしかゆっくりとその動きをゆるめ、やがて停止した。




「……ふむ、中々いい腕だ。いつでも実戦に出せるレベルだな」


「そうねぇ。第一線の実戦部隊の人でも、この点数を叩き出せる人はそうそう居ないと思うわよ?」




 郷志らは、連れ立って稼働中の筐体に近づくと、その筐体のモニターを覗き込み、シミュレーター中の詳細を確認したのである。


 そのモニターには、こう表示されていた。




 模擬訓練機運用中


【奏者】 『候補生 飛島飛鳥 少初位』

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