第18話 『独擅場』

『ATTENTION!気をつけぃっ!』




 その日、皇国軍幹部候補生学校に於いて、異例の臨時全校集会が執り行われた。


 昼からの授業を取りやめ、全幹部候補生が講堂へと集められたのである。


 壇上に登るのは、幹部候補生学校の学長を務める小倉正道正三位。


 ロマンスグレーの、ガチムチなおっさんである彼は、一分の隙もない姿勢のまま眼下の候補生たちを見つめ、口を開いた。




『諸君ももう既に聞き及んでいるかと思うが、先日転属した教官に変わり新たな教官が三名赴任されることとなった』




 そこまで言って一呼吸置いた学長は、候補生達が微動だにしないのを見やって僅かに口角を上げ微笑みを浮かべた。


 さぞかし面白い反応が返ってくるであろうと予感して。




『それでは、新任の教官殿に何か一言お願いするとしよう』




 その新任教官の紹介はおろか名も告げず壇上から降りた学長に、候補生たちは一様に怪訝な面持ちになるが、続いて現れた人物を見て、およそ全ての者達が目を見開いた。


 壇上に姿を表したのは三名、その先頭に立つのは『皇国の双剣』の一人であり『坩堝の戦乙女』と名高い、皇軍M.F.A.奏者である、トップエースの近衛櫻子従三位だったからである。




『本日、この幹部候補生学校の特殊機導兵科教官として着任した近衛櫻子従三位である。貴官らの優秀さは学長から既に伺っているが、より精進して貰いたい。我々もそのために力を貸そう。以上だ』




 第一種礼装を身に纏った櫻子は普段に倍する凛々しさを醸し出し、それに伴って彼女自身が発する威圧ともいうべき雰囲気は乗算されたかの如く周囲に発散されていた。


 それに圧倒された候補生らが息を呑むしか出来ないうちに、簡潔にそれだけ言って下がった櫻子は、背後に並ぶ二人――文子と郷志――に顎でマイクを指し示した。


 それを受けて、文子が壇上を一歩踏み出すと、それだけで先ほどのショックから開放されたのか、再び講堂がざわめきに包まれた。




『同じく、本日よりこの幹部候補生学校の教官として赴任した竹内文子正四位です。骨のある候補生ばかりだと伺っているので、教えがいがありそうで楽しみです。担当するのはいわゆる機導魔装の実技関連だと思うけれど、ま、よろしくね』




 櫻子よりも些かフランクな態度の文子に、候補生の大半が目を輝かせて気合を入れ、ごく一部の候補生は渋い顔で壇上を後ろに下がるその姿を見送った。


 それは文子の見た目に釣られたものと、その過去を聞き及んでいるものの差であったろう。


 華奢で儚げな外観とは裏腹に、文子はその高い保有魔力を利用した身体強化を得意としており、坩堝の戦乙女と呼ばれる櫻子と並び称される『皇国の双剣』の片翼であるM.F.A.奏者としての能力とともに、誰が付けたか人呼んで『格闘妖精(物理)』などと影で囁かれていたのである。


 幹部候補生らの中には一部、下士官として実務についていた者も居り、そう言った表立って広まらない話などを小耳に挟んでいても不思議ではないのだった。


 そして文子が下がると今度はずいぶんと頼りなさ気に見える青年がマイクの前に立ったのであるが、候補生達の誰もが知る先の二名とは異なり、全くの無名な人物であったため、違う意味でどよめきが起こった。


 しかし、自身に対するそう言った反応を全く頓着せずに、その青年は演台上のマイクの角度を弄り自身の高さに調整してから、気負うこと無く話し始めた。




『えー、この度、機導魔装運用の教官として赴任致しました、鴫野郷志と申すものです。あ、位階は従四位、です。えー、何分こういった立場になるのは初めてなもので、至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくお願い致します』




 実に簡潔にそれだけ言って、郷志も先の二名にならってさっさと後ろに下がったのである。


 そんな郷志の態度に苦笑しつつ再びマイクの前に立った櫻子は、ざわついた面々を見下ろして再び口を開いた。




『我々は貴官らを一人前に仕上げる手伝いをするためにここに来た。ここでお山の大将を気取る者は実戦で泣くどころか死に至る事となる。そうなる前に、まず我々が泣かせてやろう。今までのようにはいかんと思え。以上だ』




 そう言い切った後、櫻子は踵を返し二人を引き連れて壇上を後にしたのであった。







「あんなんでよかったの?」


「ま、及第点かしら。私と従三位で大方の誘導は出来たと思うし?」


「うむ、骨があるものならば噛み付いてこよう。でなければ、前任者の不手際だったのだろう」




 壇上から下がり、裏手に回りながら心配そうな言葉を口にする剛志に、二人はどこか楽しそうに笑みを浮かべて答えたのだが、彼女らが纏うその雰囲気に郷志は「ああ、笑顔が攻撃的なのってこういう感じか」などと妙な方向性の納得の仕方をし、若干眉をひそめつつ後に続いたところで一人の男性に声をかけられた。




「やあやあ、良い挨拶だったよ。しかし、君たちが本当に来てくれるとは」


「いえ、我々は命令に従ったまでです」


「成り行きともいうわね」




 壇上から下がった三名を迎えたのは、学長の小倉正道であった。


 今回の近衛・竹内両名及び郷志の教官着任に関しての、きっかけを作った人物である。


 対外的にはかの皇国の双剣を教官に迎えるという離れ業をやってのけた、といえば聞こえはいいが、実のところ郷志の立場的な落とし所を探っていた上層部らが悩んでいた所に舞い込んだ、嘆願とも言える新任教官の招聘要請にこれ幸いと乗っかっただけなのである。




「本来ならばここに来られるような余裕は無かったのですが……。鴫野殿の活躍で、坩堝の成長が抑えられるにとどまらず、繭化しましたからね」


「猿ヶ森での新生が成っていたら、それどころじゃなかったのよね。ホント、勲章の一個や二個じゃ安いくらいよ」




 繭化と言うのは坩堝の内封エネルギーが低下した際に起こる結界の重封現象というもので、坩堝内部への侵攻が極めて困難となる、結界が強化された状態である。


 いわゆる次元の歪みから生まれる空間の位相圧力が坩堝のエネルギー源であるのだが、その内封エネルギーの極端な低下が繭化と言う現象を発生させると推測されている。


 繭化は小規模の坩堝によく起きる現象で、坩堝に発生した敵性体の駆逐率が著しい場合、頻繁に起こる事が確認されている。


 これには一応の推測がなされており、坩堝から発生するエネルギーが敵性体を生み出し、そして敵性体の存在自体が坩堝のエネルギー源である位相圧力を高める要因となる。


 しかし、坩堝内の敵性体を短期間のうちに相当数殲滅すると、位相圧力が急激に下がることになり、坩堝の核が保有するエネルギーが逆に「向こう側」に吸いだされる事となる。


 それを防ぐために、「核」自身が自己と支配空間を安定させるために繭化するのであろうといわれているのである。


 大規模な坩堝であれば、位相圧力を逆転させうるほどの影響を及ぼすほどの大量の敵性体を倒す事は至難の業であるが、先日剛志が吹き飛ばした『魔素喰らい』は、おそらく坩堝が生み出した高位敵性体であり、生み出された際に消費したエネルギーはかなり大量と考えられていた。


 それが坩堝内に留まっているならばその存在自体が位相圧力を増す一因となるはずだったのだが、発生したての所を消滅させられた今回の様な場合だと、生み出された際に消費したエネルギーが補充されぬまま駆逐されたことにより相対的に位相圧力の維持が困難となり「向こう側」にエネルギーの逆流が起こる可能性が高く、故に坩堝の繭化が始まったのではないか、と推測されている。


 繭化している状態では、此方から攻め入ることも出来ない代わりに成長することもなく、繭化が解除された際には繭化前の状態よりも確実に規模が縮小されているのが経験則として存在していた。


 これを繰り返すことで大規模な坩堝は徐々にその勢いを削られ、やがては消失してしまうこととなる。


 ために、幾分楽観的なのは否めないが、今回はさらに坩堝の新生を阻止するというおまけ付きである。


 本来はおまけどころの話ではないのだが、新生が成っていた場合、近隣に存在する坩堝が勢力を増す可能性が非常に高く、過去に存在した最大規模の坩堝である『最も深く闌けき坩堝』と呼ばれる程の大規模坩堝を超える規模に膨れ上がることと成っていたかもしれなかった。




(それを避けるための『魔素喰らい』の狙い撃ちで、坩堝の新生に主砲ぶっ放してふっ飛ばしたんですけどね!)




 アニメにおいて、主人公機が坩堝内で発見されて回収された後、次回に続く!となる前に、もぞりと動く敵性体の影が映ったのを郷志は覚えていた。


 その為に周囲を広域に詳細にサーチをかけ、発見した敵性体に主砲攻撃を浴びせたのである。その結果が繭化なのであれば、郷志としては十二分の結果であると思えるし、坩堝の新生が成っていたら繭化が起こらなかったで有ろうことも理解していた。




(アニメ通りだと、一人は死亡で一人は再起不能になるわ魔素喰らいが出るわでてんてこ舞いになってたところに坩堝の新生が起こって更に倍率ドン!なんだよな。魔素喰らい潰して新生潰してってしたお陰でそう焦ることはなくなったけど、関わりにならない方向で要るつもりだった幹部候補生学校の、生徒じゃなくて教官になっちまったよドチクショウ!)




 アニメ展開を回避するのは大前提ではあるのだが、アニメのキャラ達に絡むのも避けたかった剛志である。


 まあもう既に、本来のストーリー歴史とはかけ離れている上、死んでいたはずの櫻子に重症を負っていたはずの文子まで無事で、おまけに本来なら文子の退院後に成るはずの教官ルートである。


 櫻子にいたっては自分の後見人となっているのだから、もう郷志的には先が読めないどころの話ではない。




「と言ったところで鴫野従四位、君の担当だがね」


「……はい?」




 一人悶々とこれまでの展開を反芻していた郷志に、急に話を振ってきた学長である。


 実に楽しそうに、学長は「ついてきてくれたまえ」と言って、三人を引き連れて歩き出した。

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