第16話 『転換』
周囲一面、砂、砂、砂。
視界の一部を切り取ったならば、まさしく砂漠と言っても過言ではないが、少し角度を変えて見てみれば、そこには少々色合いが暗いが澱んでいるわけでもない、それなりに美しい青い海。
ここは皇国軍の演習地がある、猿ヶ森砂丘。
皇国一の面積を誇る、要するにでっかい砂浜なのである。
そして、そのほぼど真ん中に位置する場所に、郷志は佇んでいた。
『ふむ、結界外には熱も及ばないということか』
『残留放射性物質も基準値以下の模様です。俄には信じられませんが、実際に見せられると困りものですね』
宇宙服を模したような、物々しい対放射線防護服に身を包んだ、試射を行った基地に所属する調査班の方々と共に、現場検証と言う名目の元、色々と引きずり回されているところだからである。
首から下は本当に宇宙服を流用でもしたのか、温度調節機能まで付いており、頭部を保護するのが宇宙服のような透過率の高いバイザー部分が大きな割合を占める形状ではなく、玉子を半分に切ったような形状のドーム型になっており、視界も外部に備えられたカメラによる投影式となっていた。
会話も無線越しで、着ているものが着ているものだけに、ぱっと見では個人の特定も難しい為、隊員の方々はその胸元部分に大きく名前が書かれていたりする。
当然郷志の着ているそれも同様の防護服なのだが、ゲスト扱いの彼のそれには名前など入っているはずもなく、予備No.1を示す『ヨ-1』と書かれたのが彼だ、と言うことを周知されていたりする。
『いやそれにしても、確かに理論上というか、理屈ではわかるんだが……』
『ならばご理解していただいた上でご納得いただくしかありません。事実は事実であり目の前で起こったことに関して、欺瞞せよとの命令がない限り、私個人としては嘘を吐くことはできかねます』
爆発の中心付近では、また別の班が調査を行っており、そちらには郷志も世話になった母艦『ポートマイティ』の艦長である川上従三位と、兎人であるリエヴル勘解由小路の姿もあった。
非常に稀な、『坩堝の新生』と言う現象を、グラン・パクスの主兵装の一斉射で吹き飛ばしてしまったという事実を持って、郷士の実弾射撃展示訓練という名の見せびらかしは終了した。
したのではあるが、それを以って更に郷志の立場は難しい物になってしまっていた。
坩堝の新生と言う事象自体は知られていても、それをその場で破壊するなどという事例はコレまでに一件もなかったからである。
坩堝の新生とは、空間の歪みから生まれるとも、坩堝が生じたために空間が歪むとも言われており、どちらが先かと言う事すら未だ判明していない。
しかしながらその新生とともに周囲の空間が結界で覆われ、外部からの干渉を妨げるとともに、一気にその占有空間を広げ成長を始める。
坩堝の中心核が成長を始めると、その結界は更に強化され、空間を捻じ曲げ、外部からの侵入を困難にするとともに、中心核自体は地下深くに沈み込み、そこでゆっくりと成長を始めるのだ。
その内部は時として物理法則すら狂わせ、外部からの観測と内部での測定に大幅な隔たりが生まれることもしばしばである。
先日のグラン・パクスが発見された『坩堝』においては、その専有面積の最大半径が外部からの計測ではおよそ20kmであるにもかかわらず、内部での測定においてはその数分の一から数十倍という計測値が弾き出されることもあり、まさに異常としか言いようのない空間と成り果てている。
結界の外周も、脈動するかのように拡大収縮を繰り返しているためこちらも計測値が一定せず、研究者の頭を悩ませる一因となっていたりするのだが。
ともあれ、坩堝を潰す事、それ自体は問題になるどころか推奨される話なのだが、要はその潰し方が問題であり、そしてそれをなしたのが氏素性の知れない一民間人という点が、更なるネックとなっていたのである。
「……なあ大和」
『なんでしょう、マスター』
無駄に天気の良い空模様を見上げながら、郷志は懐に仕舞いこんである大和に声をかけた。
いつもと同じ調子で返事をしてくる大和の、その感情に左右されることのない対応を恨めしく思いつつ、陰々滅々と言った顔色で、ボソリと呟いた。
「どうしてこうなった」
『自重しなかった為です』
郷志の力ない声に、大和が端的に答えるが、それは彼自身も予想していた答えだったのかこれといった反応を見せなかった。
しかし、気が済んだわけではないのか更に大和へと問いかけて来たのである。
「自重してたら?」
『坩堝が新たに生まれ、この周辺数kmは坩堝の結界に取り込まれ、跡形もなくなっていたものと考えられます。原作的に考えて』
「……」
郷志は、時折尋ねられる法撃の詳細に答える以外はほぼ門外漢であるため、調査班の尻を追いかけて移動するだけの手持ち無沙汰な状態に辟易としていた。
そんな中、本来ならば時間を潰す方法などは無いに等しく、只々時間が過ぎ去り調査の早期終了を待つ他はなかったはずだったのだが。
幸か不幸かこの防護服には、長時間に渡る作業を見越して一々着脱をせずとも水分補給を行えるようにと、口元にストローが伸びているのであるが、その為の飲料水パックを収めるためのポケットの一つに、郷士はタブレットをねじ込み、有線イヤホンマイクを通しての会話を行なっているのである。
なお他者との会話も同じイヤホンマイクを使用するわけであるが、当然のことながら必要な時以外は大和によりこちらの会話はガードされているので色々と安心だ。
それはともかく、自分でも「やっちまったなぁ」とは思ってはいるので色々と覚悟はしているのであるが、覚悟ができているからといって平静を保てるかどうかは別問題である。
彼自身、わかってはいるのだが、それでも言わずにいられなかった事だったわけだ。
『なお、原作通りであるならば、管制塔のある地点までは坩堝の結界は広がらなかったと考えられます。ですが……』
「うん、でも坩堝の新生が成ったら、周囲に致死量を遥かに超える放射線だか魔力線だかが放出されるんだよな、確か」
郷志の記憶にあるアニメの展開では、機導魔装候補生たちの実弾演習時に坩堝の新生が起こり、新たな坩堝として存在を確立してしまったのである。
生まれ広がる結界にすり潰されてゆく演習地や、発生した高放射線、魔力線による被害は周囲の生物相を直撃した。
それは当然その範囲内に存在した人にも影響を与え、結果生き残ったのは……。
『肯定です。メモリ内の設定資料集によれば、その場合、M.F.A.のコクピット並みの遮蔽がされていない限り……』
「うん、もういいよ。これは俺が望んでやった事だ。しなかった時の事を考えれば遥かにマシだ」
そう言いつつも、膝が震える。
ガチガチと歯が鳴る。
改めて、自身が「もし、やらなかったら」どういう結果が生まれていたのかを理解した上で想像してしまったのである。
アニメの中ではM.F.A.に搭乗していた機導魔装候補生とその教官、管制塔の地下階に居た一部の職員以外は、高放射線・魔力線による被害を受けていた。
その被害さえも言葉で語られただけで、直接の描写は映しだされていなかった為、郷志はあくまでも一視聴者としての感覚でしか接していなかった。
故に、今この場に存在している人の内の何割かが死亡、若しくは死に至る放射線・魔力線被曝を被っていたかもしれなかったのだ。
袖触れ合うも他生の縁と言う言葉通り、郷志としては基地内で挨拶程度であっても関わった人たちのそういった死を回避出来たことに、多少の満足感を得てそれでよしとしたのである。
なお、その頃の主人公は、未だ候補生たちと合流していなかった時期であり、その事を後に知った際に当事者たる候補生らとそれとは知らずに話題に上げ、少々揉める事態に陥るのだが、この世界では最早詮無きことだろう。
どちらにせよ幸いだったのは、この演習場、実弾射撃を行う関係上周囲に民家等がない。
いや、民家どころか何もない。
軍事基地とは言え常駐している部隊も少なく、精々が演習場に誤って民間人が入ってこないか見まわったりする等の、警備が主なお仕事な駐屯員と射撃演習の下準備とその成果の確認を行う為の観測班程度しか居ない。
その上ここは、その性質上新兵器の実験も行うこととなるため通常ならば基地周辺に多少なりとも生じるであろう娯楽関係の施設も無く、全てがとまでは言わないが、おおよそ基地内部で全て賄えるようになっている、いわば陸の孤島であった。
それ故に、原作では軍関係者のみに被害が抑えられた上、権利関係等の諸問題も存在しなかったわけだが、軍内部における隊員のメンタルに関しては途轍もない傷跡を残していたのである。
「……流れ、更に大幅に変わっちゃう訳だよな、これで」
『肯定です。シナリオを丸暗記していたとしても、役に立つのは人為的な干渉では変化がない部分のみに成るかと思われます』
こちらに聞きたいことは取り敢えず聞ききったのか、郷志になにか尋ねてくる者は現状いない。
それをぐるりと回りを見渡して確認すると、彼は大和との会話を続けることにした。
「例えば?」
『……明日以降からの一週間ほどは士官学校周辺地域に於いては晴れが続く良い天気です。それ以外に原作及び設定資料から得られる情報はありません』
大和の入っているタブレットには、購入特典として付いてきた設定資料集が収められている。
そのため郷志の記憶から抜け落ちている事柄があったとしても、再確認が出来る状態だったのだが、それもこの時点以降はあまり役に立たないと考えてしかるべきだろう。
「だよなぁ……お話の中の主人公たちは、学校での生活とかがメインだったしなぁ。経済的な点とか、戦闘に関しての事を教えるための学校だもんなぁ……」
幸いなことにというか何というか、主人公がらみのストーリーとしては、ほぼ学園内に終始していたため学外で起こった騒動は結果だけが知らされ、その影響で彼ら候補生の実戦参加が早まる事になっていた筈である。
なので郷志自身が何を為そうとそちらに直接関わるようなことはまず無いだろうというのが当人の推測であった。
『そう悲観することもないかと思われますが――マスター、近衛従三位より通信です』
「ああ、繋いで。こっちに向かって来てるアレかな?」
そう言って振り返れば、無人の砂丘を疾駆する、構内移動用なのであろう、ナンバーも何もかもが外れた状態の、オープントップの浮游車両が此方に接近しているのが見えてきていたのである。
『鴫野殿ー!』
『従三位、そんな大きな声を出さなくても聞こえますって。無線つけてるはずでしょう?』
そこには以前『坩堝』で初めて会った時と同様の、M.F.A.搭乗服を着用した近衛櫻子従三位と竹内文子正四位の姿があったのである。
☆
『鴫野殿の処遇がようやく決まってな。早く伝えたくて、いてもたってもいられずに来てしまった』
『通信でもよろしいのではと何度も申しましたのに。私達に合う予備の防護服がないというのにそれならばとM.F.A.搭乗服を引っ張りだすとは思いませんでしたわ』
『おだまり文子。それでですね、鴫野殿の今後というのが――』
目の前に立つ二人に、郷志はドギマギとした対応を隠せずに立ちすくんでしまっていた。
以前の切羽詰まった状態ならばまだしも、今のこの命の危険がない状態で目の前に立たれた日には、正直な所、目が釘付けにならない男がいたらそいつはきっと枯れ切ったジジイか同性愛者か何かだと思えるほどの眼福であったからだ。
事実、彼の背後にいる調査班の面子も、二人にチラチラと視線を送っているのがよく分かる。
何故ならば、彼らの着る防護服は中で視線を動かせば、頭部に据えられた広角・赤外線・標準望遠の三種のレンズがワンセットになったレンズターレットが動き、どこを見ているのかすぐわかるからである。
なお、調査班の大半が望遠に切り替えていたのは言うまでもない。
そしてお二方はこの格好に然程羞恥を感じていないようで、堂々と胸を張っているため、その女性の母性的なご立派なものが見事なまでに存在を主張してくれるものだから、ごっちゃんですと言わざるをえない状態になってしまうのも致し方ないのである。
かたや正しく女性の理想であろう折れそうなほどに細い腰に、ソレと相反するかのごとく隆起する上下の2つの丘、そしてしなやかに伸びる肉感的でありながら細く靭やかな美脚。
対するは、スリムな女性を極限まで追い求めた理想がこれだと言っても過言ではあるまいと断言できるほどの、しかしながら女性らしさを失わない曲線で構成されているという奇跡の逸品。
まさに対極と言える女性的な美の極限である。
そんなセクシーダイナマイトと儚げさの集大成の二人がその体型を露わにする搭乗服でのご登場である。
耐性のない郷志にとってはさながら天国で地獄な状況であっただろう。
『という訳なんですよ』
「はあ」
視線が一部に固定されたままの郷志に一連の決定事項を楽しそうに告げる櫻子の言葉であったが、郷志自身は上の空で、生返事を繰り返していた。
『まあ、これ以上厄介事を増やさないでよね。なにか起こしたら後見人の従三位に迷惑がかかるんですからね』
「はあ」
『……マスター、守秘回線でお伝えします。只今の会話は保存しておきましたので後ほど再生します。取り敢えず――』
呆れた大和がフォローするように返す言葉を選定して伝えるレベルである。
「――色々とお骨折り頂いたようで、感謝の次第もございません」
『いえいえ、私どもがお手を貸したくて貸しただけのことです。御身に不利益等ございませんし、これを対価に等というつもりも毛頭ございませんから』
『ま、しばらくはよろしくね』
「はぁ……」
二人のその言葉の意味を郷志が完全に理解するには、今しばらくに時間が必要なのであった。
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