第十五話 『要撃』
『弾道修正用のデータ、もう十分です。マスター』
「ういうい、んじゃ主砲発射」
対空兵装である四〇口径一二糎七高角魔砲で一番目立つ大物を狙い撃ち、弾道修正のためのデータ取りを行っていたグラン・パクスの郷志であったが、大和の許可が降りた次の瞬間には気楽に既に準備万端であった主砲の引き金を引いていた。
狙い違わず吸い込まれていった主砲身から放たれた砲弾が穿った破孔を確認した郷志は、一応の主砲である四五口径四六糎魔砲を一旦解放し、今度は多目的砲である六十口径十五糎五粍三連装魔砲塔を四基展開、動作確認のために砲身の仰角を可動範囲一杯にまで往復させた。
『各砲門、異常なし。魔力弁開きます。照準・弾種は?』
「あー、任せる。動かん標的を狙うの楽しくないしさ。弾種、徹甲……じゃなく、一番砲塔から順に、地・水・火・風」
『了解しました、これより自動法撃制御に移ります。第一射、魔導徹甲弾装填完了。ターゲットの優先順位は?』
「遠いやつから順番に。第二射以降も同様に……。ああ、標的は一発で弾いたら勿体無いから、端っこ削ってからな」
『了解、SDF式ですね。目標補足。照準、誤差修正。第一から第十二まで、魔力充填完了』
「撃ちーかた、はじめ」
『発射!』
その言葉と同時に放たれ十二の魔力弾は、砲身から放たれた瞬間大きく輝きを放ち、畝るようにして三つが一つの魔力弾へと融合し、それぞれが魔力により形作られた霊獣へと姿を変えながら、目標へと突き進んだ。
『着弾確認。各種魔導弾頭、効果を発揮しました。第二射参ります』
「……りょ、了解」
自分で構築した魔力弾であったが、リアルで見るとこれまたなんという厨二病的な出来栄えかと、郷志はモニターに映る結果を見つめて内心身体中を掻きむしりたくなる気分でいた。
放った法撃は、狙い違わず彼方に転がされるように配置している標的へと殺到し、各種魔法弾はその属性をあますところなく発揮して、風は雷を纏う猛禽が目標に向け吐き出した超高温のアーク放電で溶融させ、火はその名の通り燃える翼を持つ鳥が超高温を発したまま目標にぶち当たり、それそのものを炎上させた。
水は目標に向け飛んだ青い液体の身体を持つ東洋の竜に変化した砲弾がその口腔から水柱を吐き出して装甲に穴を穿ち、地は甲殻を纏った岩の塊のような亀へと変化し、両手両足に頭まで引っ込めて超高速で横回転を始めてそのまま目標を断ち切ったのであった。
『マスター、全目標への法撃を終了しました。稼働可能兵器は全て沈黙しました』
魔導炉を可動させていた全ての目標を沈黙させたグラン・パクスは引き続き掃討へと移る予定であった。
「うーん」
『……マスター? いかがなさいました?』
眉根を寄せて何やら考えこんでいる郷志に、大和は法撃の最終シーケンスを止めて問いかけた。
「いや、原作の進行的に、今日が候補生の演習の日だったんなら……ってね」
『はい、原作内での日付は明らかになっておりませんが、候補生の演習時には……』
彼らがそこまで口にした所で、ズタボロになった標的たちが転がる地域で高魔力反応が立ち上った。
「くっそ、やっぱ今日か!?」
『主砲展開シーケンス再開します』
「あーうん、任せた」
モニターに映る光景は、朽ち果てた陸上戦艦から吹き出すように魔力光が生まれ、まるで活性化した火山の火口のように、その赤黒い魔力を天高く噴き出しはじめたところであった。
『四五口径四六糎三連装魔砲塔、展開します』
ごうん、と。
砲身一本でさえ脇に抱えるように保持していたほどの長大であった主砲身、それが三連装。
グラン・パクスの前方に、超高密度の積層立体魔法陣が編まれ、それによりその存在を構成する魔素が集積、構築され、姿を表したのである。
砲塔側面にある、測距儀を模して作られたハンドルを握るグラン・パクスは、通常であればそのまま腹部から魔力伝導力場を形成し、本体からの魔力供給を開始するのであるが、今回は時間との勝負だった。
『展開完了、魔力充填はキャンセル。備蓄魔力、緊急使用します』
「ほいよ。発射はこっちでやるわ。魔導ライフリング回転開始、照準手動。逆鉤の開放は俺、トリガーも俺、弾種恒星弾頭っと。力場開放半径は……千メートルくらいでいーか、な?っと」
逼迫した状況となったにも関わらず、郷志はいつもよりむしろ気の抜けた態度で大和に受け答えし、手元の操縦桿や各種スイッチを操作し始めたのである。
魔力コンデンサの備蓄分魔力が、ダイレクトに砲塔の魔法弾頭生成を行う薬室魔法陣内へとぶち込まれる。
一気に形成された三つの魔力弾は、同時に展開された結界により砲弾へと成形され−−−。
「発射用意よし、発射!」
AIからの発射用意完了の言葉を待たず、視界の隅で準備完了のグリーンの表示を確認するのとほぼ同時に、郷志の指先は何の気負いも無く、引き金を引いていた。
演習場の彼方に整然と配置されていた旧式兵器群が鉄くずに変わるさまを余すところ無く見届けていた面々は、次に来るであろう本来の目的を思い出していた。
「……この試射って、さっき貰った資料にはもっとすんごい威力がある的な事書いてた気がするんだけど」
「うん、確かに今までのも凄いって言えば凄いけど……。いやマジ凄いけどさ」
比較対象として何を上げれば良いのか、と考えて、自軍の誇るM.F.A.やM.F.L.を思い浮かべ、アレと同じことが出来るのか?と思考して、出来なくはないが、出来たとしてもそれだけで稼働率が酷いことになるだろうという結論に達した。常時緊急出力での戦闘など本来であれば出来ようはずがないのである。
三門四基、計十二問の砲身から法撃を放ち終え、展開していた兵装を切り離したグラン・パクスは、切り離され騎体からゆっくりと霧散していく副兵装をよそに、何やら魔力走査を行っているように見えた。
そんな光景を目に映しながら、候補生達は深い思考の海に沈みかけ――たのだが。
「ふう……見晴らしは良いが息が詰まるな、管制塔は。それにしても、見事な法撃だった」
「まあ、あそこはお偉いさんが幅を利かせますしねぇ。で、結局アレは撃たないんでしょうか」
彼らの背後から聞こえた声により、現実に引き戻された。
その美しいソプラノと鈴の音のような声の響きは、候補生らにとってはちょっとした衝撃であったためだ。
「鴫野殿は見せてくれると言っていたからな、何やら考えが有るのだろう」
「そうでしょうか。あの男が一体何を考えているのやら私にはサッパリわかりませんが。むしろ何も考えていないのではないかと思ってしまうほどです」
その声に最初に振り返ったのは、誰であったろうか。
「あ」
「ああっ!」
そう声を上げたのは誰であったろうか。
「ん?どうした?……後ろに何かあるのか?」
「後ろには私達が出て来た管制塔への扉くらいで、他には何もありませんが?」
背後からの声の主――近衛櫻子と竹内文子――の姿を目にした候補生達は、一斉に身を翻すようにして姿勢を正し、綺麗な敬礼をしてみせた。
それに答礼を行いながら前に進んだ二人は、自然と開いた人垣を抜け、屋上の端にまで辿り着いた。
「うん、ここの方が良いな。何より気が楽だ」
「まあ確かに。正直、正三位以上の方が見えるとは思いませんでしたからねぇ……抜け出せて何よりです」
そんな事を口にしながら、彼方に立つグラン・パクスに視線を向ける二人の背後では、他の見学者らが彼女らを遠巻きにして口々に声を上げていた。
「近衛従三位だ……」
「その横にいるのはそうなると当然、竹内正四位?」
「うわ、本物?」
「坩堝の戦乙女……」
「皇国の双剣、なんでここに……」
そんな声を耳にした櫻子は、目をぱちくりとさせて文子に向き直り耳元で囁くように問いかけた。
「……なあ、なんだか知らないが私達の事を知っているようなんだが」
「ああ、ええ、そりゃあ当然知ってるでしょうねぇ」
こちらもぼそぼそと返すが、文子的には彼らの反応は当然の事と考えているので櫻子の慌てぶりが何やら可笑しく、くすりと含み笑いをしてしまうほどであった。
「ふむ……? おお、あの制服は皇軍士官学校の物か。しかも機導魔装候補生のようだな。ならば私達を見知っていたとしても不思議はないな、なにせ私もお前もあそこの卒業生だ」
「いやまあそうですけどぉ……」
見覚えのある、皇軍の軍服とは若干作りが違う制服を見、そしてその胸に輝く機導魔装の搭乗者を示す鈍色の籠目紋を象ったバッジに、得心が行ったとばかりに満足気に微笑む櫻子に、文子はまあいいやと捨て置くことにした。
相変わらずこの愛すべき上官殿は、自身の事に関しては無知としか言いようがないな、と感じながら。
「あ、あの!」
「ん?」
そんな幾分和んだ二人の背後から、一人の候補生が意を決して声をかけてきた。
と、その時。ひりつくような感覚がその場にいる全ての者達を支配した。
「っ!? まさか!」
「この感じ……」
押し寄せる不快感の源へと、皆が一斉に視線を向けると、そこには禍々しいまでの魔力光が、朽ちた標的らの中心から天高く立ち上っていた。
「坩堝の新生……だと……?」
それは、坩堝が新たに生まれ出る兆候。
世界を蹂躙する種の一つが芽吹く、悪しき歪みの顕現である。
皆が呆然とその光景を見つめている中、管制塔から遅ればせながらの警戒警報が大音響で発せられ……。
「あ」
いつの間にか展開された、巨大な砲塔を携えたグラン・パクスが、三条の光弾をその光源へと放ち、以前垣間見た地上の太陽が、再び現れたのを唖然とした面持ちで見つめる事となった二人なのであった。
「……何アレ」
「うそん、マジ欲しくなってきちゃった……」
無論、初見の候補生達見学者にとっては、それ以上の衝撃を与えられてしまい、唖然を通り越してもはや変な笑い声しか出なかったという。
そんな中、興奮しすぎた一人の候補生は、ハイテンションなアレ欲しい病を悪化させて逆に冷静に成ってしまったのであった。
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