第十話 『時代』

 あれからどれ位経ったのか、郷志が眠りから一旦覚めてウトウトと至福の二度寝タイムに突入しようとしていた時である。

 通路に続くと思われる部屋の扉の向こうから、騒がしい男の声が響いてきたのである。


「しかも状況から見ればこの『坩堝』がここに発生した以降に、埋もれていた物が姿を表したとしか思えない」

「貴様、ここは仮にも医療施設だぞ。その五月蝿い口を暫くの間閉じる事も出来ないのか」

「いや、だって近衛従三位殿が面会を許可してくれないんですから、許可を得るために彼自身の話を聞きたい、聞くべきだと思う、僕が考える理由を語るのは当然ではないですか!」

「そうか、貴官の意見は十二分に拝聴し理解した。配置に戻って返答を待て」

「いやいや、もうここまで来てるんですからついでに会わせてくださいよ。ちょっと話を聞きたいだけなんですから」

「……っ」

「倉橋正五位、それ以上は止めておきなさい」

「竹内正四位殿も彼に話を聞いたほうが良いと思われませんか!?本人の口から聞いたほうが、情況証拠を並べ立てて推測するより、当の本人が其処に居るんですから直接聞いたほうが」

「喧しい。その口を閉じろと私は言ったはずだ」


 どんどんと大きくなる喧騒に、近づいて来ているのだけは分かるが、扉の向こう側が一体どういう状況になっているのかサッパリの郷志である。

 まあえらく険悪な空気であることは間違い無いと郷志理解し、このまま眠っていた方が良いのではないかと考えてしまったりしたが。


【声から察するに、近衛櫻子従三位殿と竹内文子正四位殿他一名、いえ、二名ですか。後、現在時刻はわかりませんが、最後に私とマスターが会話したのは九時間三十四分前です】


 ピッという電子音と共に、大和が表示してきた内容は、言われなくてもわかっている事実の追認と追加、そして寝ている間に経過した時間であった。


【あー、スッゲー寝たのな。あと今の騒がしい原因の人には心あたりがある。アニメにも出てた人だわ】


 ディスプレイ上に指を這わせ、そう入力する。

 ロボット物に限らず、メカが絡む作品にはお約束的なメカ大好きの技術者が一人や二人いるものである。

 その一人に、先ほど響いてきたような会話をするであろう人物が思い当たったのだ。


【きっと相手するの面倒くさい人だと思うから、出来ればもうちょい落ち着いてからがいいかな……】


 などとすさまじい速さでフリック入力しているウチに、どうやら扉の向こう側は静かになったようである。


【静かになったというか静かにさせたというか】


 その辺は触れたくないな、と思いつつ、さてどうするかと考えたが、部屋の外の物音で目を覚ましたという事にしておく事にした。

 すると扉がこちらの断りもなく開き、何やら手提げ袋を携えた白衣の女性医師と、それに続いて二人の女性が入室してきたのだ。


「えーっと、鴫野郷志君? 体調はいかがかしら?」


 女医の問いかけに、郷志は「ええ、これといって何も……」と、特に異常は無い事を言葉少なに返すだけだった。

 言葉を返せた、その事実が彼にとっては上出来だったとしか思えなかった。

 その横に立つ、二人の女性。

 そのどちらもが美しく、何より存在感の凄まじさに思わず身構えてしまいそうになる程だ。

 郷志の目の前の女医さんは、ここに入る前に彼の検査もしてくれた人で、彼女も原作に登場していた人物であった。

 名前は錦小路慶子、切れ長の瞳に眼鏡の似合う、いかにも出来る女性と言った感じの美人さんなのは間違いないのだが、別口の二人は格が違うと言わざるをえない。

 見覚えのない顔の二人は、どちらもスラリとした、細身ではあるがしなやかに鍛え上げられた身体つきをしていた。

 鍛えあげられているとはいえ女性らしさは些かも損なわれておらず、方や妖精のような、と形容するに相応しい可憐さを持ち、もう一方は邪魔にならないのだろうかと心配になりそうなほどの膨らみを備えている。

 そして郷志には、その実り豊かな女性の方の体型に些か見覚えがあった。


「あ、あの。もしかして、近衛さんと竹内さん、でしょうか?」

「ん?ああ、先だってはヘルメットを付けたままだったからな。こうして顔を合わせるのは初めてか。改めて、私が近衛、近衛櫻子だ。従三位を賜っている」


 郷志の問いかけに、若干首を傾げた背の高い、女性的な凹凸のはっきりした女性の方が、先ず口を開いた。続いて華奢で可憐な女性の方も口を開いたが、そっけない端的な言葉だけが紡がれただけであった。


「私は竹内文子、正四位です」

「あ、どうも。えー、鴫野郷志と言います。よろしくお願いします」


 自己紹介の言葉を受けた郷志はそう言いながら、ベッド上で頭を下げた。


「さて、鴫野君?検査結果ですけれど、まあここに二人が来ている時点でわかるとは思うけれど、『坩堝』で病原体を拾ってきた、と言う事はありませんでした。立派な健康体です」

「ずいぶんと早くわかるもんなんですね」


 潜伏期間とかはどうなんだろう、などと考えたところで錦小路医師は端的に答えた。


「ええ、検査魔法をかけましたからね。人体に悪影響のある病原体は特に無し、血液検査等の数値も全て基準値内。あやかりたいくらいね」


 その言葉に郷志は、ろくに健康管理をしてこなかったこの身体は殊の外健康優良児のようだ、と内心苦笑しつつ、そういや原作主人公は無駄に健康優良で体力ある設定だったなぁと思い返していた。


「そうだ、さっきの騒ぎはなんだったんですか?」


 内心答えを知りつつ、そんな事を口にする。


「ああ……ちょっと興奮した技術者が、貴方に会わせろって聞かなくてね」


 困り顔で申し訳なさそうに言う女医に、やっぱり、と得心した郷志は、「会ったほうがいいんですかね?」と、誰とも無しに呟いた。


「あー、あまりお勧めはせんな。少々……と言うには度が過ぎるほどのM.F.A.狂いで知られていてな。君のグラン・パクスにもご執心のようだ」


 きっと機体について根掘り葉掘り聞かれる事になるぞ、と彼の呟きを受けて答えた櫻子が苦笑する。


「……えーと、俺の騎体ってそこまでおかしいですか?」

「おかしいどころの話じゃないわよっ!」


 おかしいだろうなぁ、とは理解しつつ、取り繕うようにそう伝えると、今度は文子の方が身を乗り出すようにして割って入ってきた。

 言われるまでもなくおかしいのは理解している郷志である。

 基本骨格と呼ばれる、魔法で強化された骨格を魔導金属で編まれた筋肉で包み、魔力伝達管を張り巡らせる。それから操縦席とマジス・コア、魔導炉が一体化したユニットを胸部に埋め込み、各種装甲やオプション装備品などを取り付ける為のアタッチメントを配置した物が「素組み」と呼ばれる、言わば素っ裸状態である。

 通常はパワー、スピード、魔力量などがバランス良く配分された何種類かの出来合いの素組みを選択し、デフォルトで選べる各種装甲板やらアイテム、武装などを組み合わせ、色指定して出来上がりとなるわけだが、深みにはまった郷志を始めとした廃人連中には更に先がある。

 装甲板形状は基本形状を組み合わせる事で全身を覆い、攻撃に対して貧弱な素組みを覆い尽くす事が主眼であるのだが、彼らは様々な装甲板を複数枚、一枚や二枚ではなく、厚さ設定を限りなく薄くして十重二十重にあるいはそれ以上を重ねあわせ、本来は――版権的に――存在しない形状の装甲を創りだしてしまったのである。

 過去に自動車レースのゲームでも、単純な形状のステッカーの重ね張りで車体にアニメキャラを描いて話題になったというが、まさにそれと同じことが起こっていたりしたのである。

 翻って郷志の騎体であるグラン・パクスであるが、正直な所中身はともかく見た目は原作の主役メカと外観的にはさほど変更点はない、と彼は思っている。

 精々、自分的に好みの味付け、と言えば良いのだろうか、オリジナルが一般の市販車両だとすれば、郷志はそれにエアロパーツを組んでホイールを変えた程度だ、とも。

 中身はフルチューン車両どころか、F1レベルすら及ばない勢いで超越しているのだが。

 であるために、見た目にそぐわない破壊力を見せた……いや、破壊力の点で言えば他のM.F.A.でも同様の威力を発揮させることは可能であるし、事実同様の武装もあるにはある。

 問題はその魔砲撃の発動までにかかる時間で、通常の騎体であればかなりの時間、魔力充填にとられてしまうため、実戦で使うには色々と制約がある。

 あの短時間であの大威力の攻撃を行うのは、例え最新鋭のM.F.A.と言えど騎体に搭載された魔導炉にも、搭乗者にも、かなりの無理がかかる形になるだろう。

 しかし郷志のグラン・パクスは事も無げにそれを行い、尚且つ騎体にも搭乗者にもこれといった不調が出ていない。

 これはM.F.A.に携わるものならば明らかにおかしいと感じる点なのである。

 これはグラン・パクスに、課金アイテムとして存在していた『魔力コンデンサ』が搭載されている為である。

 しかも容量は最大で複数。

 事前に充填しておくことで、事実上溜めなしであらゆる魔力砲撃が可能になるのだが、そんな技術は原作には登場しておらず、ゲームオリジナルの反則技である。

 アイテムの解説には「解析中だった黎明期の失われた技術の復活によるもの」等という取ってつけたような言い訳じみた理由が書かれていたが、ゲームなんだからいいじゃないかというユーザーと何でもありは興を削がれるだろうという意見が半々で、結果、通常対戦時には使わないという不文律が出来上がっていたりする。

 郷志がフルスペックのユーザーオリジナル機体であるのはあくまでもストーリーを追う為のキャンペーンモードで無双したかったがためであるが。


「と言うかですね、僕の周りの連中は、グラン・パクスと対して変わらないレベルのものを色々と組んでたりしてるんですが……」


 言っていいか悪いか、今ひとつ判断のつかなかった郷志は、予測のつく原作の展開に何とか戻そうと、頭を捻った末、話の内容を修正することにした。


「はぁ?あんなのがゴロゴロ居るってなんの冗談よ」

「私も寡聞にして聞かん。あのような騎体は全て国家かそれに類する組織に管理されているはずだ。それに、最新鋭の物と比べても遜色ないどころか凌駕しているように思える。個人でそれを成すのは不可能を通り越して空想や妄想の類だ」


 圧倒的に正論に否定されて、郷志は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 そこに「ピッ」という電子音が響いた。大和である。

 ベッドの上に放り出したままだったタブレット型のPDAデバイスに手を伸ばすと、そこには大和の姿と【音声での発言の許可を、マスター?】と言う発言が記されていた。


「あ? ああ、いいぞ」


 いつもはこんな事を聞いてこないのになー、などと思いつつ、郷志はその言葉に了承した。

 それを受けて大和は『では画面を皆様にお向けください』と発言すると、しばらくして画面の中で深々と礼をし、周囲を見るように首を左右にめぐらした後、話し始めた。


『皆様にはお初にお目にかかります、グラン・パクス管理AIの大和と申します。以後お見知り置きを』


 そう言って再び頭を画面の中で下げた後、端的に問いかけたのだ。


『お伺いしたいのですが、現在の日付・時刻はグレゴリオ暦でいつになるのでしょう』


 そんな事を言い出した大和に、郷志は「原作だとその辺はっきりしてなかったなぁ、『無慈悲な交雑』から大体百年後ってくらいだっけか?」と思い返していた。


「今は……って、あなた時計機能ぐらい……?」


 大和のデータが収められているデバイスは、この世界で使われている物とほぼ同じ外見をしている。

 原作キャラクター達が使っていた個人用の多機能コンピューターがそのモデルとなっているため、同じなのは当然といえば当然であるのだが。

 その為、時間を尋ねるなどという当然付いているであろう機能の、それも基本と言ってもいいレベルの物に対しての質問に、不信感を抱いたのである。


『……私に内蔵されている原子時計チップは、現在西暦二千二十五年十月一八日土曜日の午後四時一三分二六秒を示しています』


 返答を待たずに、大和は自身の映るディスプレイ上に、日付と時刻を表示した。

 それも、郷志の暮らしていた時の日付・時刻ではなく、原作で主人公が示した彼の持っていた腕時計と変わらぬ時刻を、である。


「それって……」

「ふむ……」

「……現在、皇国ではグレゴリオ暦自体使用されていないわ。今日は皇紀二千七百八十年、十一月二五日。時刻は今、朝の八時二九分よ」


 大和の言葉に、三人はそれぞれ何やら思うところがあるのだろうか、暫し躊躇した後に女医が眼鏡の位置を直しながら手首の腕時計に視線を落とし、現在の時刻を告げた。

 それは剛志にとって聞き覚えはあれど、聞き慣れない暦である。

 過去の日本で、明治初期から昭和初期の第二次世界大戦終了までの間に使われていた暦だ。


『西暦に直すと、二千百三十年です、マスター』

「ひゃくごねん……」


 元の世界からの換算だと百十五年後か、と内心溜息を吐きながら。原作世界での正確な年月日がわかってもこれっぽっちも嬉しくない剛志なのであった。

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