第九話 『監視』
『『ロンゲスト・ゲート』、こちら管制。ご無事の帰還、何よりです』
「こちら『ロンゲスト・ゲート』、貴官に感謝を。これより着艦する」
『進入角正常。着艦、どうぞ』
予定していた通りの空域で母艦との合流を果たした近衛は、先ず自分と僚騎であるランド・バックの着艦を優先させた。
操縦技術が未知数の郷志を後続とすることで、着艦時の事故による後続騎の着艦不能と言う事態を未然に防ごうというのである。
郷志にすれば「そんな下手は打たない」と言いたい所だろうが、彼女らに見せたのは砲撃だけで、ここまで飛んで来る間も特に激しい機動などは行っておらず、実際の騎体制御においては及第点かどうかすら不明なのである。
「まあそれも当然か」
『はい、マスターは言ってみればシミュレーター上のエースパイロットです。素人童貞みたいなものです』
「いい加減お前のデータをデフォルトに戻したくなってきた」
『累積戦闘データ等も全て消去されてしまいますが、よろしいのですか?』
「……減らず口ばっかりうまくなりやがって。もういいよ、『ランド・バック』が着艦コースに乗ったみたいだ。次は俺らの番だぞ」
『了解、着艦シーケンスはマスターご自身で?』
「当然」
自信満々の郷志は、着艦を済ませてなお起動したままグラン・パクスの着艦を見守る二騎のM.F.A.に視線を向けると、ゲームにおいて存在した『M.F.A.母艦に着艦せよ!』という任務同様、お手本のようなランディングを見せたのであった。
「ありえません」
「何がだ?竹内正四位」
心配していた着艦ミスもなく、三騎とも無事に母艦へと降り立った後、『坩堝』区域内で生身を晒した郷志を一旦隔離する為に専用の医療施設まで送り届けた際に、文子が眉間に皺を寄せながらボソリと呟いたのだ。
「従三位、正直にお応えください。母艦への着艦、訓練なさいましたよね?満足の行く着艦はいつぐらいに出来るように?」
「そうだな……練習騎のM.F.L.『ディアー・ステート』で降りたのが最初だったか。浮上停泊中の訓練支援艦の後甲板だったから、然程難しいと感じなかったが」
「私もそうです。ですが実戦形式で、移動中のM.F.A.母艦への着艦、これは任官してからでした」
憮然とした表情で言う文子の言葉に、櫻子もはたと気がついた。
練習する機会など無いはずの、習熟していてなお緊張する母艦への着艦を、事も無げにこなしたあの青年は何者なのだろうかと、今更ながらに郷志と言う存在の不鮮明さに頬を引き攣らせるのだった。
「一方その頃俺は一人でベッド以外何もない部屋に放置されておりましたとさ」
【マスター、独り言の癖は治りませんね】
「……話し相手がお前だけだと、マジでリアル独り言に見えるからいやだわ」
見えるというか、AIの設定は自分自身なので、ある意味分身の様なもんだよなあと内心溜息を吐いてしまう。
と言うのも剛志は今、隔離病室に押し込められているからである。
手荷物と合わせて全身消毒の上、衣服は現在洗浄中で入院患者が着せられるような白い貫頭衣を身につけていた。
手荷物と共にAIの大和が入ったタブレット型デバイスも消毒されて返還され、現在ディスプレイ上には郷志が設定した女性キャラの3Dモデルが映し出され、文字表示での会話を行っていた。
因みに大和に設定した女性キャラは、見た目こそ長髪黒髪ストレートのおしとやかなお嬢様タイプであるが、性格設定を間違えたなと郷志は常々思っている。
【検査はどのようなことを?】
「打ち身の治療をしたあと、感染症のチェックにあっちこっちの粘膜採取に、MRIだかCTスキャンだかのよーわからん機械の中くぐらされたり、ああ、血も抜かれた。他は医者らしき人と対面で診察、これは普通に胸の音とか聴診器で聞かれたりした後に魔法かけられた、な。診察魔法、っての?他には口頭で体調とか聞かれたりな」
【普通ですね。まあ採取された血液がどのように検査されるのかはアレですが】
「アレ、ねぇ……」
具体的には口にしないが、原作を踏襲するのならばきっとDNA鑑定も行っているはずである。
そうなれば、自分がどう扱われるのか、色々とややこしくなるであろうことは請け合いであった。
「その時には任せるからな」
【問題ありません。奇しくも私の身体は、原作に登場する品そっくりに作られておりましたから】
変なところで凝るからな、『ミスマ』の運営は……と声にせず苦笑したところで、改めて自身の置かれた状況に頭を悩ませる。
しかし、今の環境では下手に口にだすことは出来ない。
間違いなく、というか天井には当然のように監視カメラが取り付けられているのを見るに、音声もモニターされているだろう。
壁に取り付けられている姿見など、怪しさ大爆発だ。
向こうからこちらを監視していても驚かない。
現在大和と会話するのにしても、ベッドに寝転がって画面が何処からも覗けないようにして、口に出せない内容は、文字を入力しての筆談を行っているのである。
「ま、どうにかなるだろ」
【最悪の状況に陥るのも『どうにか』の一つと言えば強ち間違いではありませんね】
「……お前ね」
そんなことをグダグダと言いつつ、郷志はいつしか眠りに落ちていった。
☆
「寝たか」
「はい、特にこれといった行動に移る様子もありませんでした」
郷志の予想通り、彼は監視をされていた。
彼の予想とは少し違う点は、原作での主人公の扱いと同じではあるのだが、あちらは純粋な救助対象であったのに比べて、こちらはスパイかはたまたテロリストかと言う嫌疑がかかってしまっている点であろう。
それと言うのも、彼がやらかした行為に対して疑問符が付きすぎているのである。
本来一般人の立ち入りに関して厳しく管理されている『坩堝』指定区域内に、個人が持ち得ないはずのM.F.A.に搭乗して、しかもそれが何処にも登録されていないのに加えて民間レベルでは必要のない高火力を保有し、おまけにM.F.A.を自主開発したと言い張り、更にそれを手足のように操作する技術を持っていた。
加えて手荷物扱いで持ち込まれたタブレットには高度な人工知能が組み込まれており、先の戦闘データ以外の情報提供を拒んだ上で、それ以上の接続はマスターの許可があろうとも自己保存のため拒否すると宣言したのである。
無理にデータを抜こうとするのであれば、
……おかしいと思うのは当然であろう。
その為に監視を行っていたわけだが、もしここで郷志が部屋を出るそぶりでも見せていたならば、その場で逮捕、身柄の拘束、略式裁判で即投獄、下手をするといなかった事にされていた可能性もあったのだ。
無論そんな行動をする気力も体力も理由も無い。
仕事帰りの疲れた身体で趣味のゲームを楽しもうとしていて、気がついたらこの世界に来ていただけのただのヲタクである。
張っていた気が緩んだ今、眠りに誘われても仕方の無いところであり、その抜けっぷりが周囲の警戒を下げたというのも間違いないところであろう。
それに加えて、近衛櫻子の尽力もあり、ごく真っ当な扱いになっていたのも彼の気が抜けた一因であった。
そういう事で、現状郷志の身の安全は保証されていると言っていい。
更には、彼の乗る騎体とその装備に関して、かなり興味を示している人物がいるという点がある。
当然グラン・パクスは郷志にしか操作できない為に、近衛以外にも擁護する者が出てきているという事だ。
そして、現在一番の問題点というのが、彼の存在そのものであった。
「検査結果に関しては、打ち身以外は心身ともに異常なし。ですが……」
黒髪の長髪をアップにした眼鏡美人の細面な女性が、担当した医師なのだろう。
困惑を隠さずに、手にした書面を上官である男に手渡した。
「ふむ、ありえんな」
「はい、通常であれば」
そこには、通常の人としては尋常ならざる魔力量を示す値が記されており、尚且つそのDNA上に魔法世界側との混血や魔力線被曝によるDNA改変の痕跡等、この世界に生きる者であれば受けているはずの影響の跡が認められなかったのである。
「無慈悲な交雑時の異常魔力による魔力線放射、その影響はほぼ全ての生物のDNAに何らかの変異をもたらす、だったか」
「はい、その結果、魔力を持って生まれる者が増えた、と言うのは些か思うところがありますが」
そう言いながら、モニターの中でのんきに眠りこんだ郷志をじっと見つめるのは、第一種軍装と呼ばれる、詰め襟の学生服の肩や首元に階級章を、胸元には略章と呼ばれるこれ迄に賜った勲章を簡略化した物が取り付けられている軍服を着込んでいる、巌のような骨太の中年男性とそれに向き合い郷志の検査報告を告げている女性医師であった。
「純血の科学世界の人間からは、ほぼ間違いなく魔力を持つ者は生まれ得ません。極稀に例外が有るとすれば……」
「……止事無き血筋の、という奴、か?」
厄介事が増えたと苦々しげに語る男に、女医は首を傾げながらそれもどうだろうかと上官の意見を否定した。
「昔ならばいざ知らず、現在その血筋の重要性から、半家以上の家格の方々は婚姻のみならず、交際……いわゆる不純異性交遊に関しても男女問わず厳しく管理されておられます」
「ご落胤、という節は消えるか……」
ふむ、と顎をこすりながら、男は郷志の処遇に関して方針を決めかねているようであった。
「それと、あのM.F.A.に関して、倉橋正五位が非常に興味深いと仰られていまして……」
「……あの技術馬鹿か。なんと言っている?」
苦虫を噛み潰したような顔つきで、女医の言葉を待つ男に、彼女は軽く溜息を吐きつつこう口にした。
「是非、これを組んだ人物と膝を突き合わせてお話を、と」
それを聞いた男は少々考え込んだ後、ニヤリと口元を歪めて女医に言伝を頼んだ。
「保護者に許可を得てからなら構わんと言っておけ」
「保護者、ですか?」
「近衛従三位だ。ワシは先任とはいえ一応同格なのでな、軍令でない限り無理強いはできん」
とても良い笑顔でそう言って、男は用は済んだとばかりに踵を返して部屋を後にした。
面倒臭いなぁ、と再びため息を付く女医は、モニターの中で気持ちよさそうに眠る青年の姿を見て、仕方ないかと笑みを浮かべた。
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