第八話 『撃滅』

『い、い、いくらなんでもアレはおかしいのではないかと思うのですがっ! ねえ近衛従三位、そうは思いませんか?!?』

『私もそう思う。鴫野殿、一体どういう運用思想でそれを組んだのか、帰還した後に幾ばくかの時間を戴かねばな』


 帰還する、と決めたからにはさっさと戻ろうということになり、移動を開始しようと言うことになった三騎であるが。

 『ロンゲスト・ゲート』から母艦の予定位置情報等を送信してもらった『グラン・パクス』は、現在位置が記憶にある原作の主人公機の発見場所と重なる事に気づき「これってもしかして、やり直し系か?」と額をおさえたのである。

 やり直し系とは、要するに「原作の展開が気に食わない」ファンが、自身がこうあって欲しいと願うストーリーを創作してしまう事を意味する、いわゆる同人活動的二次創作の一派閥である。

 本来の歴史原作を無視して、好みの結末を迎えるためだけの自己満足なのだが、これが結構需要があるのだ。

 例をあげようと思えばいくらでも出てくるほどに。

 例えば創作に限らず、現実の歴史ですら、もしこうなっていたら、と言うIFもしもを前提にした仮想歴史・戦記作品は数多存在するのだから。

 本能寺で信長が死なない、関ヶ原の合戦で西軍が東軍に勝つ、明治維新が幕府側の勝利、ミッドウェイ海戦で空母機動艦隊が沈まない……。

 お分かりだろうか。

 そう、そのどれもが「負けた側」の「逆転劇」なのである。

 郷志はそれに気がつくと大和に指示を出し、今まさに発進しようとしている二騎に少し待って欲しいと告げ、凖待機状態である簡易接続から、本来の合一接続に移行したのだ。


「マジス・コア、エンゲージ」


 虹色の飛沫を溢れさせるかのような『グラン・パクス』を目にしていても、櫻子と文子の二人は彼が何をしようとしているのか、想像もつかなかった。

 やけに大出力で周囲をサーチしているのはわかるが、この周辺には敵性体は先ほど彼自身が落とした高機動型以外には小型のものしか存在しないはずである。

 その手合は、自分達のようなフルスペックのM.ミスティックF.・フレームA.アーマーではなく、装備を簡素化して出力を落とし、取り扱いを楽にした中型のM.ミスティックF.・フレームL.・ライトアーマーや、更に小型化軽量化を目指した結果、パワードスーツ的なサイズにまで落とし込んだM.ミスティックF.・フレームS.・スーツと呼ばれる物などを、状況に則した機構の装備を持つ者で掃討を行う形になっている。

 これは単純にフルスペックのM.F.A.では火力が大きすぎるのと、金がかかり過ぎるためである。

 M.F.A.が大型敵性体を倒し、小型の敵性体をM.F.L.やM.F.S.が受け持つ。

 また、M.F.A.が倒した敵性体を処理するのも小型機のもう一つの役割となっている。

 敵性体は、その体内に様々な希少物質を貯めこんでいる事が多く、それらは魔法と科学のどちらからも垂涎の的となっている。

 為に、過去には『坩堝』を潰さずに管理し、長期にわたって利益を得ようとした国家が有ったりもしたのだが、そのような国は『坩堝』から溢れだした敵性体により蹂躙され、無慈悲な交雑当時を再現し、改めて『坩堝』の危険性を知らしめ、滅ぶに至ったという。

 ともあれ現状、彼らを脅かせるほどの脅威はそれこそ坩堝の奥、地底深くに存在する中心核付近で発生する大型敵性体が群れで出てきた時ぐらいのものである。

 もしや心配性で周囲の安全を確認しなければ気が済まないだけなのではないか?と、見ていた二人思ったほどだ。

 ここから帰還するルート上に、それほど危険な敵性体はいない。

 何か別の物でも探しているのかと剛志に問おうとしたところで『グラン・パクス』が動きを見せた。

 ゆっくりと頭部を巡らせ、ある一点を見つめるように止まる。


『見っけ……たっ!』


 その言葉が二騎のスピーカーから響いた時には、既にそれは放たれようとしていた。

 一瞬にして展開された超高密度で描かれた長大な魔法陣の砲身が『グラン・パクス』の手に生み出されるや、よどみのない動きで腰だめに構えられたかと思うと、凄まじい勢いで周囲の魔力を吸い上げていき、そうして『対ショック、対閃光防御を推奨いたします』という大和の警告を受けて、二人が騎体を屈ませて外部カメラにサングラスのようなバイザーを展開させた、次の瞬間。

 グラン・パクスが構えた砲身から小さな星の欠片のような煌めきが放たれ、そして――太陽が生まれた。

 正確に表現するならば、太陽のような輝きが地上に生まれた、と言わねばならないが、彼女らの目にはまさにそう見えたのである。

 そうして先程の二人の発言に戻るのだが、郷志としては確実に安全に、とりあえずの災いの種を叩き潰したかっただけなのである。

 と言うのも、ああでもしなければ、少々元の流れとは違っているけれど、きっと二人の内どちらかは敵性体の襲撃を受けて、死亡するという結果が待っている、はずである。

 多分。

 彼自身、未だに信じきれていないが、ここはあのアニメ作品『機械仕掛けの魔法人形』の世界なのだろう。

 アニメの世界に入ってしまったのか、そっくりな設定の別世界に入り込んだのかは不明だが。

 であればどちらにせよ、元の筋書き通りなぞるのは本意ではない。

 良い作品だったとは思うし自身も大好きではあるが、戦闘を主体とした作品だけに、やたらと人死にが出るのだ。

 レギュラーキャラっぽく登場していたとしても、それこそバタバタと倒れ、死んでゆく。

 不定期に白と黒が入れ替わると言われる某クリエイターの暗黒期に生み出される物語のようだと初見の頃には感じていたりしたが、実際そういうストーリー展開であるならばそれもしょうがないし、そういう世界観であると理解させる為に必須であるのだろうが、自分が現実にその場にいる事になるなら話は別だ。

 彼はニュース番組の中で見る内戦や戦争の話題では、『へーそうなんだ、大変だよな』程度の感想しか持たない質だが、身近な者が不慮の事故で怪我をしたり亡くなったりすると、それがどんなに付き合いが浅くとも、同じような感想では済まない。

 何かしら事前に手が打てていたのではないかと考えてしまう。

 繋がりの薄い自分ですらこうなのだから、親類縁者に取ってはいかほどのことであろうかと気に病むことになるのだ。

 そんな彼が、そのような物語の世界に実在している者として、居る……。

 当然できうる限りの策を取る事になるのだが、周囲の者からすればやり過ぎとしか思えないのであり、したがって先程の彼女らのような物言いになってしまうのである。

 とは言え彼にしても、理由なくこのような行動に出た際の弊害は理解している。

 故に、その理由を掲示することに努力は惜しまないのである。


「まあ二人共落ち着いてください、これはアレですよ。緊急避難ってやつでして……」


 あくまでも仕方のない事です、といったような口調で二人に着いて来るように促し着弾地点へと『グラン・パクス』を向かわせた。


『……いったい何があるというのだ』

『あの辺りは既に掃討済みのはずなんですけどねぇ』


 疑問符とともにではあるが後に続いてくれたことにホッとしつつ、剛志は目的のものが残っている事を祈って騎体を進めるのだった。



「『ロンゲスト・ゲート』及び『ランド・バック』の反応を確認」

「着艦準備!各班は所定の位置へ!」


 航空船舶と呼ばれる空を航行する船は、魔法と科学が交わったこの世界において、さほど珍しくない交通機関の一つとなっている。

 それは当然のごとく軍事に活かされる形で発展し、絵空事であった空中戦艦のような物が建造された例もあり、過去の戦争形態を無に帰す勢いでその存在意義を高めている。

 それらは海洋船舶の軍艦と同じような発展を半ばしていると思ってほぼ間違いないが、現在その破壊力は国家対国家で使われることは無く、あくまでも坩堝から溢れる敵性体に向けられる物となっていた。

 坩堝の核の破壊を行うM.F.A.を運用する艦艇もその内の一つとして存在しており、近衛ら三人が乗る騎体は『坩堝』外周ギリギリを遊弋する母艦へと帰還するべく、合流予定空域へと移動を続けていた。

 そして、ロンゲスト・ゲートの識別信号を確認した母艦側は、その所属する騎体以外のM.F.A.と思しき反応に、何事かと色めきたった。


『こちら『ロンゲストゲート』、近衛従三位。作戦行動中に未登録のM.F.A.を保護した。予定していた作戦は未達成、詳細は帰還してからになるが、危険はない。繰り返す、危険はない。従三位の権能において宣言する』


 通常、M.F.A.は建造においても運用においても巨額の資金が必要とされるため、主に国家が保有している。

 民間での保有は、巨大資本を背景に持つ民間軍事会社が運用している事が確認されているが、その背景の更に裏側では複数の国家が絡み合っていると言うのは公然の秘密である。

 ともかく、何処にも所属していないM.F.A.を保護した、などというのは、何処の国家にも属していない軍艦や戦闘機を拾ったと言っているも同然であり、おいそれと信じられるような事ではなかった。

 であるが、M.F.A.奏者の言は重く、しかも近衛に至っては従三位という高位である。

 これは旧世界とも呼ばれる《無慈悲な混交》以前の軍において、大佐に相当する階級だ。

 それだけでもなかなかの影響を持つのだが、今と昔では少々意味が違う。

 『皇国』においては二十階級の位階が設けられ、政府機関の全てにおいてその役職に当てはめられる事となった。

 これは縦割り行政の弊害を、緊急時においては無視できるように、他部署であっても上位者の要請には本来の業務が滞らない場合に限り、融通を効かせる事ができるという、特例前提の物なのだが。

 発令した際の責任は、全てその発令当事者が背負うという、いわば立場を犠牲にして無理を聞いてもらうと言う非常手段を行える、そういう非常事態において活用される階級でも有る。

 為に、それを口にした近衛に対し、竹内は目を見開いて驚き、母艦側の者達も、若干訝しげにはしつつも受け入れ体制を即座に整え始めたのである。

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