第七話 『慟哭』
『認証(サティフィケイション)』
『ランド・バック』に支えられている『ロンゲスト・ゲート』の胸元まで、『グラン・パクス』の掌により運ばれた櫻子は、胸部正面装甲の横に手を当て、そう呟いた。
すると、手の触れた装甲表面に幾何学模様的なラインで構成された回路のような物浮かび上がり、それが騎体の表面全てに広がるとあっさりと消えてしまった。
そのまましばらく待っていると、『ロンゲスト・ゲート』から耳鳴りのような音が聞こえ始め、自らの主人を招き入れるかのように、静かに胸の装甲板が開いたのである。
「ふうん、あれが本人確認ってことか。一卵性の双子でも同じじゃないっていう魔力波紋を騎体に通して認識、ね。その辺は原作通りって感じだなぁ」
『マスター、あまりそういった発言は慎まれるのがよろしいかと』
「わーかってるよ大和。ちゃんと通信繋いでないの確認してっから」
原作アニメのことを思い返しながら呟いた言葉に、AIの大和が苦言を呈するが、当の本人はその点に関してはあまり深刻さを感じていないようである。
あの後、「責任を取らなければいけないのだろうか、いやそれってむしろどんと来いじゃないのか?ヘルメットの濃ゆいバイザーのせいで顔はわかんないけどお体の方は超々ド級でしたし!」などと夢想してこちらも固まっていたのだが、両者が落ち着いたところで、大和による櫻子への『世間一般における、抱かれると言う言葉の定義』の懇切丁寧な説明が行われた結果、無事に誤解を解くことに成功し、事なきを得たのである。
不思議なことに、固まっていた時よりも気を失っていた時よりも、心拍数等が通常では有り得ない数値を示したがそれは大和の与り知らぬところであろう。
多分。
その後『ランド・バック』の文子にも、櫻子自身の言葉で心身ともに無事である事が伝えられ、中々臨戦態勢を解かなかった彼女の乗騎も通常の警戒モードにまでその機能を落としている。
そうして現在、閉塞モードにより機能を停止していた『ロンゲスト・ゲート』の再起動を行っているわけである。
開ききった胸部正面装甲の内側に位置する搭乗口から乗り込む櫻子を眺めながら、彼は疑問に思っていたことを口にした。
「なあ大和。今更だけど、なんだこれ。て言うかなにこれ」
『−−−質問の意味が不明です』
「いや、意味が不明っていうか現状が意味不明だよな! なんでアニメの世界に来てんの。いや夢で見たこと有るくらいのめり込んでたから嬉しい気持ちはあるよ、ありますけど! ていうか!」
『ゲームをしていたと思ったらその原作のアニメ世界なう。仰りたいことは以上でしょうか』
「一行でまとめてくれてありがとう!? って全然嬉しくないわ! 夢? 夢なら覚めなくてもいいけどせめて誰か説明をプリーズって感じだよチクショウメー!」
『おっぱいプルンプルンですねわかります』
「あーくそう! 誰だよンないらん事AIに教えたの! 俺だけど!! って違うわ! んな掛け合い今はいーんだよ! 一体何がどうなってこんなトコに居んの!? て言うか、もしかして俺今絶賛レム睡眠中なわけ!?」
『――質問の意味が不明です』
はあはあと息を荒らげて言い切った彼に、大和は淡々と、普段の感情豊かなやり取りとは異なった平坦な、抑揚のない声を返した。
「……いや、わかっちゃいるんだ。AIのお前に聞いても収められてるデータ以上の答えなんざ帰って来ないって事ぐらいは。でも他に言えるやつなんかいないしなぁ」
『現地妻の一人ぐらいゲットして、膝の上や胸の中で泣き言ぐらい言ったり出来る仲に成ってしまえばよいでしょう。この甲斐性なし』
「やかましいわ! そんな事できてりゃ俺はとっくの昔に嫁と子供に恵まれた幸福な一家を構えとるわ! ヲタクの対人スキルの低さナメんな! ヲタ仲間じゃなきゃ精々頑張って仕事関係者ぐらいが通常会話の限界ってことぐらい知っておいてくださいッ!」
『声を大にして言うべき内容ではありません。落ち着いて自省して下さい』
「くっ、AIに諭される俺って一体……」
などと二人で、正確に言えば一人と一AIで漫才をしていると、再起動を終えた『ロンゲスト・ゲート』からの通信が入った。
着信の音に頷く彼に、大和は『ロンゲスト・ゲートより通信です』とだけ改めて伝え、回線を開いた。
『あー、こちら『ロンゲスト・ゲート』、近衛従三位、です。『グラン・パクス』、聞こえますか?』
「聞こえてますよ。再起動はうまく行ったみたいですね、何よりです。それで、どうしました?」
先の混乱が尾を引いているのか、若干上ずった声の櫻子からの通信に、彼は努めて普通に返事をした。
『いえ、それがですね。私達は、察しておられるでしょうが作戦行動中だったのです。それを続けようにも、少々予定が押しておりまして。このまま本来の予定行動に戻ると、帰還予定時刻が大幅にずれ込むことになります』
彼女らの予定を聞き、郷志は「はあ」とだけ答えた。
すると櫻子は、今回の作戦は坩堝の効率的な排除の為の前段階で、然程重要と言うわけでは無い事、有る程度の余裕を持って排除スケジュールは組まれていることを続けて告げ、帰還予定時刻までに戻らなければ捜索部隊が出るのが常だ、とまで言われていたため流石にそれは避けたいということで一旦帰還する事として文子も納得したと言う話であった。
そう言えば『坩堝』内部からは外部との通信が難しいんだったなと、彼は思い返した。
坩堝内に満ちる異常魔力が、外部との通信を阻害するためだ。
内部であっても彼我の距離が離れるに連れて、まるで通信妨害でも食らっているように劣化する、ということになっていたはずだと。
何処ぞの架空物理学の粒子みたいだよなと考えつつ、たしかに連絡も取れないのであれば、下手に帰還予定に遅れが生じた場合、作戦行動中行方不明扱いされる可能性も高かろうと。
そしてどうやらこの近衛櫻子なる人物は、原作通りかなりの重要人物であるのだろうとも。
『それで、だな』
「はい?」
んんっ、と喉を鳴らして改まった口調で、彼女はこう口にした。
『申し訳ないのだが、貴殿には我々と同行していただきたい。それというのも……』
「いいですよ」
『いや、迷惑だというのはわかる。自力で開発していた騎体の試験を行っていたのであろうから、その事を秘匿しておきたいと言う気持ちもわからなくも……って、いいのか?』
あっさりとした郷士の答えに、櫻子はまさか即答で快諾されるとは思ってもいなかったのか驚愕を露わにして逆に問い返す始末であった。
「良いも悪いも、ここに居るのは実のところ慮外な事なんですよ、僕にとっては。どちらにしてもここ……坩堝からは出ないといけませんし、出るにしても色々と有るでしょう?確か」
『あ、ああ、ああそうだな! 入るにしろ出るにしろ、面倒なことには変わりない。皇国の御旗を掲げる我々であれば、そのあたりも幾分優遇できると思うぞ!』
喜色を露わにした櫻子の返答に、郷志は「……いくらなんでも懐き過ぎだろ」と嘆息しつつ、主人公補正すげえと内心驚嘆していたのだった。
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