第六話 『迎撃』
一方その頃、もう一騎のM.F.A.である『ランド・バック』に搭乗する竹内文子正四位は、防戦一方の苦しい戦いを強いられていた。
「くっ、そう! 従三位の状況がわからんまま大規模法撃なんか出来ないしっ!」
先ほどの一瞬、敵性体の接近とその攻撃を伝えることは出来たはずだが、しかし。
選りにも選って、あんな無防備な状況で既に掃討を終えたこの辺りには存在するはずのない高機動型の敵性体が襲い掛かってくるとは、と自分達の巡り合わせの悪さを呪っていた。
本来であれば苦戦する程の相手では無いはずなのであるが、それは騎体本来の戦闘能力を開放できうる状況であっての話である。
高速飛行を行い遠距離から先ほどのような攻撃を加えてくる相手に、周囲に余波の及ばない程度の射撃魔法では牽制にしかならない。
敵の攻撃自体はこちらの盾でほぼ防げるのだが、如何せん周囲に影響を与えずに済む兵装を、ランド・バックは持っていなかったのである。
「……『坩堝』での掃討だからって、火力重視の装備にしてきたのが裏目に出るなんて」
そうぼやく彼女であるが、通常であればそれは当然の選択であった。
魔境とも言える坩堝発生地域周辺では、基本的に破壊を躊躇する必要がない。
坩堝の中心部に至るまでの道中に蔓延る敵性体の為、一般人は言うに及ばず、護るべきものは全てが尽く坩堝の渦にすり潰されてしまっている。
故に、坩堝内での大火力の行使は全てが容認される。最強の対坩堝兵器であるM.F.A.を万全の体制で送り込める状態へと持ち込むセオリーへの最大の速道であるからだ。
そのための一環としての、今日の出撃であったのだが、まさかこのような自体になるとは夢にも思っていなかった。
居るはずのない高機動型の敵性体もそうだが、こんなところに単騎の、しかも所属不明のM.F.A.と出会うなど。
通常は複数で行動するのが基本の坩堝で、単騎で居るだけでも不審だというのに、個人所有のM.F.A.で、しかも自らの開発だと宣うのだ、呆れるにも程がある。
しかも同行する上官は、曲がりなりにもやんごとない生まれのお方である。
そのさらに上官から、わざわざ「彼女の背中を頼む」と仰せつかっているレベルの。
派手に長距離砲撃を加えるにしても、砲撃の際に起きる盛大な衝撃波で周囲は盛大に吹き飛ぶであろうし、ならば接敵して攻撃をと考えても、機体の外に出ていた上官の退避が済んでいるのかどうかすらわからない間は、流れ弾が来ない保証がない限り、それも選択できない。
まかり間違って戦闘の余波で彼女が
ならば今、多少苦労したところでどうということは無い。
そう帰結した彼女の思考により、徹底的な防御に徹する事になったわけだが、それでもやはり愚痴はこぼしたくなるのが人情というものであろう。
と言っても、口ではどうこう言いつつも、この程度の苦労は寧ろかけてもらって嬉しいと思うのがランド・バックを駆る竹内綾子正四位の本心であるのだが。
それはともかくとして、実際の所このままでは相手が根負けして去ってくれるか、こちらの戦闘稼働限界が先に来るか、である。
出来る事なら、早い段階で上官の安否が確認された上での撃墜が一番なのだけれどと、そう考え、ちらりと背後の二騎へと意識を向けると、簡易接続による自立稼動モードから閉塞モードに移行した『ロンゲスト・ゲート』と、薄く燐光を発しながらもぎこちなく動き始めた識別名『グラン・パクス』の姿があった。
「動いたっ? 従三位は!?」
グラン・パクスが動いていて、ロンゲスト・ゲートが動いていないということは、少なくとも両騎共に搭乗席は開いていた所は確認できていたため、初弾の爆風や熱であの騎体を操る鴫野某という男は被害を受けていないということを意味している。
『坩堝』指定地域内では生身を晒す事は、未確認の疫病を持ち帰る例があったため厳重に禁止されている。
故に、それなりの耐熱・防弾・防刃性を持つ戦闘用のスーツを着用している従三位に関しても、大丈夫なはずである。
しかしロンゲスト・ゲートは稼働を停止、今は衝撃で倒れたままとなっており、しかも本来の搭乗者でない限りは複雑な過程を踏んだ上でなければ再起動できない閉塞モードに入ってしまっている。
これは機体からある程度離れていても起動状態が継続する簡易接続中に、搭乗員の意識がなくなった場合の処置だ。
起動状態で搭乗者が襲われ、他者に乗っ取られることを防ぐためのものであるが、それであるならば従三位は現在意識を失っているという事になる。
攻撃を受け続けている今の状況ではろくな精密走査もできないが、現状で行える『ランド・バック『の簡易走査では、二騎の周辺の地表に従三位らしき反応は無いため、おそらくはあの『グラン・パクス』が回収しているのであろう。
M.F.A.の探査能力は本来恐ろしく高く、喩えるならば某都心駅の通勤ラッシュの中でさえ、一個人を特定してしまえる程である。
よって、先の攻撃で消し飛んでいないのであれば、であるが、かの騎体に保護されている可能性が高いと推測されるのだが、それでも確証を得たい。
「通信っ……こちら『ランド・バック』竹内正四位だ、『グラン・パクス』! 聞こえているか!」
文子は吐き捨てるように叫びつつ通信を繋ぎ、敵性体からの攻撃を避け、防ぎながら、向こうの状況を確認しようとした。
だが返ってきたのは返信ではなく、キュバッ!という甲高い音と、一瞬の間隙の後に、周囲を薙ぐように通り過ぎてゆく強烈な衝撃波であった。
そして、今の今まで立て続けに起きていた周囲への弾着が無くなり、彼方を遊弋するように飛行していた敵性体が、頭部を失って落下し始めたのが確認できたのである。
何だ今のは、と文子が目を見開いていると、通信機を通じて少々間の抜けた声が届いた。
『あのー。あれ、落としちゃったけど良かったんですよね?』
「『グラン・パクス』か!? おい、従三位はどうした、そこにいるのか!?」
その声を耳にした途端、文子は真っ先に上官の安否を確認した。
『え?あ、はい、居ますけど。気を失ってますが……』
「そうか……保護してくれたこと、感謝する」
戸惑い混じりの言葉であったが無事であることを知った文子は、ほっと息を吐き、感謝の意を示した。
その感謝の言葉を聞いた剛志は、同時にもぞり、と腕の中の女性が身動ぎしたことを感じた。
「あ、気がつくかな?」
『そのようですね。マスター、エンゲージ解除、簡易接続に移行します。なおイレギュラーの搭乗者が居るため、安全具の装着はいたしておりませんのでご注意の程を』
「ああ、わかった。頼む」
身体中のあちこちに突き刺さったようにみえる水晶柱が、キラキラとした光の飛沫を上げて揮発するように消えてゆく。
「……一体、何がどうなってやがんだか」
己の身に降りかかっている状況に、青年は大きく溜息を吐き、「夢、じゃないよなぁ」と今更のごとくその頬を精一杯の力で抓った。
「痛いし」
『痛覚を刺激するのでしたら私が火花放電を』
「やめて」
現実逃避も出来やしないな、とふてくされていると、『ランド・バック』がすぐ傍に移動してきていた。
『『グラン・パクス』、こちら『ランド・バック』、竹内正四位だ。従三位は目を覚ましたか?』
そうこちらに尋ねながら、地面に倒れ込んだままだった『ロンゲスト・ゲート』に手を添え、魔法陣を励起させた。
重さを感じさせずに同じサイズのM.F.A.を持ち上げる『ランド・バック』に、思わず「なるほど、ああいう使い方もあるのか」と口にする。
とその時、自身の膝の上でお姫様だっこ状態になっていた女性がいきなり起き上がり、上部に設置されているバイザーに頭をぶつけて元の位置に戻る、という冗談みたいな行動を取ったのだった。
「う、ぐ……。一体何が……っ、そうか、あの時敵性体の攻撃で……」
聞こえてきたのは、ヘルメットの中からのくぐもった声。
青年は、一応の説明はしなくちゃいけないよなぁ、と思い、コツコツとそのヘルメットを指先で叩き、こちらに意識を向けさせようとした。
「あのー、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫だ。特にこれといって身体に痛みも感じないし、スーツのバイタル表示にも異常は出て、いないな。まあ戻ったらどちらにしても精密検査……ってぇ!?」
問いかけに答える櫻子は、軽く伸びをしつつヘルメット内部にでも表示されているのか、着用者の生命微兆にも触れ、続いて自身が今どういう状況に置かれているのかをはっきり認識し、引きつるような声を上げた。
『おい、今の声は従三位だな!? 従三位、私です、竹内文子正四位です! 御身はご無事ですか!?』
男の膝の上に横抱きされている、そういう現状に凍りついた櫻子を、文子からのがなるような大音量の通信が彼女の再起動を促した。
「あの、なにか……」
「え、ええ。お、
どうしたのかと問いかけようとしたところに返ってきた、ポツリと漏らした櫻子の言葉に、郷志は、「え」としか口に出来なかった。
そのまま再び微動だにせず固まる二人に、文子からの問いかけの通信が暫くの間続いたのであるが、場の空気を読んだ大和が音量を徐々に落としていったため、邪魔とはならなかったのである。
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