第五話 『攻撃』
冷静に対応してその姿を現したかに見える皇国のM.F.A.の搭乗者だが、実の所、大和が返答した言葉に、困惑を隠せなかった。
『自主開発、だと?M.F.A.を……個人で、か?』
『そう言っていますね。……黎明期には、民間レベルでの開発が無かったわけではありませんし、研究開発自体は大小様々な団体が行っていた記述も目にはしましたが、一個人でと言うのは記憶にありません。本国のデータバンクに問い合わせれば、何がしかの記録はでるかもしれませんが』
未確認M.F.A.の返答に耳を疑った近衛の呟きに、僚機のランド・バックを駆る竹内文子正四位は淡々とした応答をした。
相手の身分や所属こそ証明できていないが、抵抗するつもりはないと理解した二騎のM.F.A.は砲の展開をやめ、会話を行う程度には警戒の度合いを下げていた。それでも盾だけは展開したまま、いつ攻撃されても防げるように体勢を崩していないのはさすが本職といったところなのであろう。
『とりあえず、識別名『グラン・パクス』として仮登録しておきます』
「頼む。取り敢えず交渉してみるか。戦力としては未知数だが、仮にもM.F.A.だ、放置は出来ん。周囲の警戒は任せる」
『了解しました』
予定されていた作戦に支障をきたす事になるが、定期掃討任務よりも今はこちらのほうが優先だろうと頭を切り替え、櫻子は自身のM.F.A.を凖待機状態へと移行させ、機体との合一を一旦解除した。
『あー、鴫野殿、でよろしいか?こちらは大日本皇国近衛軍所属M.F.A.『ロンゲスト・ゲート』、私は近衛櫻子。階位は従三位だ。少々訪ねたいことが有る、降機願えまいか』
さて、実質投降を呼びかけているような内容だが、こちらに敵意がないのを示せば向こうもそう手荒な動きはしてこないだろうと考え、彼女は操縦席を開き、姿を見せた。
直接見るのと機体と繋がった状態で見るのとでは、やはり感覚が増幅している分、違和感が大きい。
機体のそれだと可視光線以外にも、紫外線・赤外線は言うに及ばず、放射線や電磁波から魔力にまでその知覚の幅は広がるのだ。情報量の過多による脳への負担が著しいため、常にその状態でいるわけではないが。
それでも実際に自分の目で見たその機体は、素直に美しいと感じられた。
自分の乗る機体が必要に迫られて質実剛健、機能美という名のシンプルさに纏められているのに比べ、目の前に機体には優美さすら感じられた。
さて返答は、と。ゆっくりと近づくグラン・パクスの巨体を見つめながら、彼女はいつでも搭乗席に飛び込めるように身構えていた。
『了解です。大和、一旦中断だ。開けてくれ』
しかし、その心配は杞憂であったようで、いともあっさりと相手はこちらの指示に従うことを了承したのである。
ゆっくりと開く、グラン・パクスの胸部正面装甲の向こう側に、彼はいた。
一見すると青年と言ったところか、と思える男性の姿が見て取れる。
「君が」
喉に、何かが詰まるのを感じ、彼女は言葉を詰まらせた。
M.F.A.は一個人で開発できるような代物ではない。
『無慈悲な交雑』での混乱期に、魔法世界と科学世界の、両世界に於ける最高の頭脳を結集して初めて生まれ得た、奇跡の集合体だ。
それを。
「君が……このM.F.A.を?」
「え? あ、はい」
この、見た目は特筆すべき所のなさそうな彼――鴫野剛志――が、作り上げたというのか、と。
恐怖にも似た、称賛と畏敬の念が、彼女に生じた。
その時である。
『未確認飛行物体感知! おそらく敵性体です、迎撃……速いっ! 高熱源体射出!? 防御っ』
櫻子の耳に届いたのは、僚機からの危険を促す声と。
彼方から飛来する、凄まじい魔力を帯びた、熱塊の着弾音であった。
「なんですとぉー!?」
衝撃を感じるまで、彼の視線は目の前のM.F.A.と、その胸元に立つ、均整のとれた肉体美を持つ女性に、釘付けになっていた。
均整が取れている……その、一部けしからん程に出っ張ったり引っ込んだりしている部分があったが。
胸とか腰回りとか臀部とか。
ともかくそのために若干対応が遅れてしまったのは否めなかった。
万全であったからといって即座に対応がとれたかどうかは別として。
何処からか飛来した灼熱の塊は、目の前のM.F.A.とその背後で警戒にあたっていたもう一騎との間に着弾したのである。
幸いにして目の前のM.F.A.が盾となり、彼自身には着弾時の余波によって頭髪が少々焦げた程度で済んでいた。
しかし、無防備な背後から衝撃をモロに食らったM.F.A.『ロンゲスト・ゲート』の方は大きくよろめき、その胸元になんの支えもなく立っていた近衛は、投げ出されるようにして宙を舞う羽目になってしまった。
『マスター! エンゲージを!』
機内のスピーカーから響くAIの大和の言葉で我に返ったのは、吹き飛ばされてきた近衛へと手を伸ばし、それでも届かないと見るや足場から身を乗り出して彼女の腕を掴み、落ちるままになっていたはずの彼女をなんとか落下の方向を変えて、自身が掴まっているグラン・パクスの腹部装甲の段差に転がり落ちる程度に済ませた折である。
彼女の身体を、自身が回転することによって掴んでいた腕ごと抱き込み、なおかつクッション代わりになってしたたかに装甲に叩きつけられた肉体は、彼に失神する余地をなくす程度に痛みを与えていたが。
「痛っってぇえええええ!」
肩が抜けたかどこか捻ったか?最悪、骨の一本くらいは折れたか?などと冷静に自己診断している自分がいることに内心苦笑しつつ、握りしめた手に伝わるその感触に、抱え込んだその重さに、彼は安堵した。
「おい大和!一旦どうなってんだこりゃ!」
『坩堝から湧きだした敵性体による攻撃と思われます』
「聞きたいのはそれじゃねえ!いやそれもだけど!」
状況が把握できていない恐怖と、現状感じている身の危険、その手の中にある他人の危機、もう一騎のM.F.A.の状況等々、知りたいこと、分からないことは山ほどあるが、とりあえず今は、と脳内を整理して、大和に指示を下した。
「俺の位置、わかるか? 見えてるか!? 俺プラスもう一人、現在進行形で絶体絶命! 何とかできねぇ!?」
『問題ありません、すでに簡易ではありますが備蓄分の魔力で障壁は展開いたしました。暫しお待ちを、マスター』
言われて視線を転じれば、機体をうっすらとした燐光が覆っている。
身動ぎする騎体の動きに視線を移せば、右掌が目の前に迫って乗れと促しているのがわかった。
痺れて感覚もなくなってきている腕の中には、意識を失っているのかぐったりとしたままの状態の、けしからん体型を誇る女性。
さて移動するにはこの体勢を変えなければいけないわけだがさてどうするか、触ってもいいんだろうか、などと普段なら考えるだろうがさすがに喫緊の事態である現状でそのような無駄な思考に時間を取られる余地は無かった。
何とか動く足を伸ばして装甲板の端に引っ掛け、転がり落ちるようにして二人は『グラン・パクス』の掌に移動することに成功した。
装甲を開いたままの胸元に運ばれたが、自身が立ち上がるのもやっとの状況でどう乗り込もう、と彼は途方に暮れそうになった。
『
「は?」
何それと言う間も無く、搭乗口から爆発するような輝きが吹き出し、彼は近衛を抱きかかえたまま、ゆっくりと宙を漂うよう感覚が通り過ぎた後は、気付くといつの間にか座席についていたのである。
『乗員保護機構が備蓄魔力を用いての搭乗過程の省略を実行しました。体勢の修正は仕様です』
「……さいで」
何かと言いたい事、問いたい事が増えていく彼であったが、ホッとしたのは事実であるため、改めて状況の把握に努めようとして身体を起こた。
それに合わせてツルリとした光沢の、抱きかかえた柔らかな身体を包むパイロットスーツと触れ合った部分が擦れ、なんとも言えない感触が伝わってくる。
『マスター、エンゲージを』
「わかってる、けどこの人を……」
どうしよう、と口にする前に、自身の手が違和感を告げた。
その手が、助けた女性の、近衛櫻子の腕を掴んだままである事を、今やっと認識したのである。
「はぁっ!? なんで? って、ゆっびっ、がっ!」
認識したため指を開こうとしたのだが、己の意思に反してその掌は開こうとはしなかった。
『マスター! お早く!』
「ああもう、わかったよ! わかんないけどもっ! マジス・コア、エンゲージッ!!」
大和に促され発したその言葉とともに、彼の視界を一面の水晶柱が埋め尽くした――。
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