第四話 『展開』

『キャンペーンモードで開始、承りました。機体はご自身の物をお使いに?』

「ああ、それで。原作仕様だと流石に手間取るだろ」


 キャンペーンモードは、難易度自体はそう高くはない。

 いや、一般人からすればそれなりに高難易度なのだが、彼にとってはそうではない、というだけの話だが。

 とは言え原作仕様の機体では、初期段階の内は各種兵装が封印されている設定で、手数的に手間取るため、自身で組んだ機体を使用することをAIに告げた。

 無論、自作の超高性能機体での無双を夢想しているのは言うまでもない。


『承知いたしました。では機体データ反映開始……完了。マスター、エンゲージどうぞ』

「うっしゃ、『マジス・コア、エンゲージ』!」


 新バージョンにかける店長らの気合を感じ取ってか、青年の言葉にも力が入る。

 さて、どれだけ楽しませてくれるやらとほくそ笑んだ彼の耳に、店員の女性からの励ましの言葉が届く。


『それじゃあ、がんばって来てくださいね。『貴方に幸多からんことを』』

「っ!……了、解っ!」


 原作で頻繁に使われた、出撃する者に贈る言葉を告げられ、青年の背中に心地よい震えが走る。

 と同時に、視界を埋め尽くす、水晶柱との結合が始まった。

 それは、原作通りの機体との合一の演出であるのだが、これまでとは違い、まるで本物のように彼の身体に向けてその先端を伸ばしてくる。

 飛び出す3D映像はどこぞの映画関連のテーマパークやらで体験した事はあったが、これはそれ以上にリアル感を見せている。

 内心「マジ原作通り過ぎる!」と興奮する彼は、そのまま原作アニメの登場人物の行動そのままに、静かに目を閉じ、エンゲージの完了を待つことにした。

 そして気を静めるためにゆっくりとした呼吸を数回行っている途中で、大和から起動完了が告げられ、瞳を開いた。


『M.F.A.『グラン・パクス』起動完了。マスター、二時の方向、距離およそ二万五千、未確認機を機感知。M.F.A.と思われます。ご指示を』

「ん、っと。それは《皇国》の機体の筈だから、こちらからは手出し無用だ――ってなんじゃこら」


 目を開けて最初に飛び込んできたのは、画面を覆い尽くす様に存在する樹々や、石塊であった。

 よくよく周囲を見ると、あたり一面が緑で埋め尽くされた、大森林であった。

 ふわあ、と感嘆しつつも慣れ親しんだ配置の操縦桿を手探りで握り、機体を起こして再度見渡してみれば、広大な森を鳥観で見下ろす視点からの、信じられないような絶景がそこに展開していた。


「こりゃまたすげえな……」


 彼の思いはそれに付きた。

 目に入る映像は、とてもコンピューターグラフィックスとは思えない精緻さを見せ、空の雲や森の樹々のざわめき、空気の質感まで再現している。


「た、立てるかな?」


 地面の傾斜に沿って斜めに寝ていた状態の上半身を起こし、足を引いてゆっくりと立ち上がる様に細かく操作を行う。

 C.A.M.であれば、レバーの入力だけで立ち上がる設定などもあって色々と楽ができるのだが、面倒だからと言って放り投げるのは彼にとっては違うだろとしか思えない。


「ははっ、こりゃまたなんとも」


 彼は操縦席に座った状態で手元も見ずに操作をしている訳だが、モニターの映像から視線を外さずにそれを行うには各スイッチ類がどこに配置されているか把握していなければならない。

 初心者には、細かい切り替えを行いつつ複数を同時に取り扱わなければいけない完全手動操作は無理があるな、と苦笑いを浮かべてしまう。

 慣れてしまえば、と彼は考えているが、実際の所それを行っているユーザーは希少であった。

 確かに目を瞑っていても操作出来るだろうが、実際の戦闘となると殆どの者はコンピューター・アシスト・モード一択なのだ。

 が、ヘビーユーザーと呼ばれる面々、その一角に数えられる彼も含めて、その使い勝手の悪さに喜びを覚えていた。

 操縦桿に取り付けられた様々なスイッチや切り替えレバー、その操縦桿の周囲にも幾つものボタンや摘みが並んでいる上、足元のフットペダルもただ踏むだけではなく捻ったり傾けたりという入力が必要になっており、完全手動操作で操作できる事、それだけでもかなりの熟練が必要なのである。

 しかもそれで戦闘をこなせるというのはまた別問題であるのだが、この男はそれに気づいていない。


「こりゃたしかに自信満々になるわ」


 ひと通り動かし終えて、得意げな店長らの顔を思い出し、青年はキャンペーンモードの始まりを待った。

 キャンペーンモードでは、まず『皇国』のM.F.A.二機が『坩堝』へと向かうのが始まりだ。

 その途中で、地面に半ば埋まった状態の主人公機が発見される。

 そこから自分の機体を動かして、皇国のM.F.A.と共に『坩堝』から溢れだした敵性体と呼称される、いわゆる【魔物】を殲滅するのがクリアー条件になる。

 原作アニメでは、『坩堝』指定区域で地表に半ば埋もれる形で皇国の騎体に発見されたM.F.A.に主人公が乗っているのが確認され、それを守るために皇国M.F.A.が擱座――どちらも敵性体と呼称される魔物の攻撃によって騎体が大破して戦闘不能に陥り、パイロットの一人は死亡、一人は再起不能と診断されるが後に復帰――っていう鬱展開から始まるんだよな、と彼が考えていると、その二機がこちらに気がついたようで進行方向を変えて近寄ってきていた。


『キャンペーンモード開始を確認』

「了解だ、大和」


 こちら向かって飛行してくる二機を確認する様に視線を向けると、画面の中に矢印付きのポップアップ画面が浮かび上がり、そこには黄金色と白銀のM.F.A.二騎が燐光を煌めかせて空を征く姿が映し出され、現在地までの距離と到達予測時間まで表示されていた。

 すぐにココに辿り着くな、と確認するとその画面は消え、二機の位置を表示する矢印が二つだけ、視界の真ん中に浮かんでいた。

 ますます原作通りになってきましたよと小躍りしそうな青年であったが、ここまで忠実に再現してくれるのなら、こちらもそれに乗っからないと!と奮起した。とそんな時である。


『こちらは大日本皇国軍M.F.A.『ロンゲスト・ゲート』。貴騎の所属、官、姓名を名乗られたし』


 原作通り、と考えた彼であったが、入ってきた通信は、記憶に無い、全く想定外のセリフであった。


『マスター、射撃管制用と思われるレーダー波及び魔力の照射を感知しました』

「……え?」


 そんな展開、原作にはねえよ!と声を上げかけたが、よくよく考えて見れば、そもそもこの機体は地面に埋まっていなければいけなかったのである。

 それを自分で立ち上がり、普通に動いていればそりゃ危険視される……のか?とそこまで思考し、目の前に突如として現れたかのような金色の輝きによって、それ以上の愚考は中断させられた。


『繰り返す、こちらは大日本皇国所属のM.F.A.『ロンゲスト・ゲート』。貴騎の所属及び官・姓名を名乗られたし』


 接近に伴う警告音も何もなく、気がつけば、魔力で構成された魔法陣が幾重にも重なる巨大な盾を左腕に展開し、右腕にはどこに出しても恥ずかしくない、ベルト状の魔法陣をライフリングのように螺旋状に構築した長大な砲身を顕現させてこちらを警戒する金色のM.F.A.の姿が目の前にあった。

 別方向の少々離れた位置には、纏う魔力の燐光の色こそ違うが同型の物と思われるM.F.A.が、先の機体と同じようにこちらを何時でも狙い撃てるようにバックアップをしているのが見て取れる。

 無論、青年としては「こんな展開しらん。ゲームの分岐でもこんなん知らん」と若干混乱していた。だが。


『こちらは『グラン・パクス』。個人による自主開発騎の為、所属等は未登録。所有者および搭乗者は、鴫野郷志しぎのごうし


 AIである大和が勝手に相手に返答してしまったのである。

 搭乗者として、原作の主人公の名前ではなく、彼の本名を、だ。


「おい大和、何勝手に……」

『返答する必要を認めました』


 彼がAIに文句を言おうとすると、逆に諭すように告げられてしまう。

 その端的な言葉に、彼は「たしかにそうだけど俺に確認の一言くらいあってしかるべきだろ」と、ぶつぶつと呟く程度の反撃しかできなかった。

 ともあれ、これで相手はこちらを敵ではないと認識してくれるであろうと、それならはそれで構わないかと嘆息して相手の出方を待つことにした。

 すると、まもなく再び通信回線が開かれたのであるが。


『あー、鴫野殿、でよろしいか?こちらは大日本皇国近衛軍所属M.F.A.『ロンゲスト・ゲート』、私は近衛櫻子。階位は従三位だ。少々訪ねたいことが有る、降機願えまいか』


 そう言ってこちらに向かって近づきながら、機体正面にある装甲板を下向きに開いた。

 そして更に内側の、分厚い扉が上方へと跳ね上がると、内部からヘルメットをかぶった搭乗者と思しき人物が姿をあらわしたのである。

 無論機体はこちらに向かって動き続けている。

 M.F.A.が自立行動もある程度可能な設定であることはわかっていた彼だが、そういう事も出来るのかと感心しつつ、従三位かぁ結構な階級だなぁ、昔の貴族の位階を軍の階級に当てはめて使ってる設定なんだよなー確か。そういやゲーム中のランキングもそれに対応してたなー、などと思い出しつつ、それにしても降りろと言われてもなぁと首を捻っていた。

 ゲームの展開としては、埋まっていた機体が皇国のM.F.A.に反応して起動、そこから二機に同行して一旦『坩堝』から離れる途中で戦闘に突入するはずなんじゃなかったけか、と。

 埋まって待っておけば良かったところを自力で立ち上がってしまったのが悪かったのだろうか、というかこれもしかして隠れルート?て言うか、これはどういう展開につながるのだろう、などと思考を重ねていた。

 機体から降りろってのは、取り敢えず一旦筐体から出たらいいのかね?と考え、戦闘も何もしてないんだけど、ここで下りるって料金的に勿体無いなぁ、と愚にもつかない事を思うが、その辺は外にいる例の女性店員さんに聞けばいいやと気楽に返事をした。


「了解です。大和、一旦中断だ。開けてくれ」

『……承知いたしました、マスター。お気をつけて』


 ゲーム筐体から出るだけなのに、何に気を付けろと?と苦笑しながら、彼はシートに自分を押さえつけている安全器具が上がるのを待った。

 程なく身体に密着しているクッション部分の空気が抜け、拘束が緩むと同時に目の前のバイザーが安全バーと共にせり上がった。

 短時間とはいえ押さえつけられていた身体を解してながら椅子から身体を起こし、忘れちゃいけないとデバイスと荷物を取り出そうとしたところで、薄暗かった筐体の中に光が差し込んできたのを感じて視線を向けた。

 するとそこには、ディスプレイと一体化した筐体カバーが上へと開くのに連れて、ゆっくりと広がってゆく白い光の奔流が見え、次いで吹き込んでくる空気に混じった、濃い緑と土の香りがあった。

 なんだそれは、と驚く間も無く、彼の視界に飛び込んで来たのは、黄金色の魔力の奔流を揺蕩わせた、透き通る紅玉で彩られた巨大な人型と、その胸元の、光沢のある紫を基調とした、ボディーラインを魅せつけるかのようなM.F.A.搭乗服を纏った人物が佇む姿だったのである。


「君が」


 呆然とするしかなかった彼の耳朶を打ち我に帰らせたのは、美しいソプラノの響きであった。


「君が、このM.F.A.を?」

「え?あ、はい」


 凛とした空気を伴うその問いかけに、彼はマヌケな返事しか返せなかった。

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