第十一話 『計測』

 二つの世界が混ざってからの混乱期を収めたのが、この世界のM.F.A.の原型であり、頂点でもあった『機導魔鎧』だ。


 最初に作られた機導魔鎧は、当時世界の混乱の元となった多くの『坩堝』のうちの、最大規模を誇っていた物の一つを単騎で叩き潰し、その有用性を世間に知らしめた。


 これにより魔法の排斥・科学の排除を強行に主張していた両世界の共存否定派も態度を軟化させ、生き残りをかけた魔導と科学の合力は、二つの世界の共存にも成果を上げたのである。


 それからおよそ百年、機導魔鎧は用途毎に最適化され、対坩堝・大規模戦闘用の大型騎としてM.F.A.、中型騎としてより汎用性に富むM.F.L.、より小型化され民生品も存在するM.F.S.等というように目的に則した物となり、様々な形状に枝分かれし洗練された存在になっていった。


 原作アニメの舞台はちょうどその頃、ある意味機導魔鎧の全盛とも言える時代で、新機軸を持つM.F.A.が生まれる事が無くなり、今後は熟成を続けていく事になる、と言う背景であった。


 そこに現れたのが、主人公が搭乗しているM.F.A.だ。


 最初期の機導魔鎧の特色を色濃く残したM.F.A.で、別名「発掘魔鎧」。


 そう、本来の主人公騎は《無慈悲な混交》時代に坩堝で戦っていた騎体であり、主人公はその時代の人間だったのだ。


 それを示す証拠として、騎体そのものと主人公が持つ様々な持ち物、そしてデバイスに収められたデータが挙げられるのであるが。




「……原作内では騎体管制AIなんて出てこなかったんだよな」


『私の記憶野に収められているDL版設定集には存在していません。私のモデルとなったデバイスは、作中ではあくまで単なるデータパッドとしての扱いです』




 今、郷志らは、グラン・パクスを起動する為に各部のチェックと言う名の騎体鑑賞を行っていた。


 先ほどの話を受けて、彼及びその騎体をどう処理するか上層部に話を通すと言う事となった為に、それに伴って処置がどの様に決まるにしても、グラン・パクスの騎体データは取っておかないと話が先に進まないだろうという話になったためだ。


 スペック比較大好きな郷志は後の面倒を考慮しても興味が勝ち、それを受け入れたのである。


 この船に降り立ったばかりの際には坩堝内での未確認ウイルスや細菌等の曝露検査やらなにやらで慌ただしかった為に、折角の実物となったグラン・パクスを堪能していなかった事もあり、今現在こうして騎体の足元から仰ぎ見ているわけだが。




「実際にこうして見上げる事になるとはなぁ」




 色々とわからないことだらけだが、今この目の前にそびえ立つ機械の魔神は、まごうこと無く存在していた。


 原作に登場していた主人公騎の外観をベースに、中身は最上級の可変フレームをフル改修、駆動系や魔力炉・その他の付属機器から伝導系まで、ありとあらゆるオプションの組み合わせを試行した上での最適解と自負している騎体だ。


 外装は立体積層魔法陣を高密度に書き込める超高品質素材を元にした、最高級品の装甲材を組み合わせた逸品。


 今更ながらに感無量といったところである。




「っと、いつまでも眺めてらんねぇな」


【はい、後方で怪しい動きをしている人物もおりますし……あ、いま確保されましたが】


「なんじゃそりゃ」




 そうして騎体に乗り込んだのであるが、乗り込む際に格納庫の隅の方で、なぜだか地面に押さえつけられ取り押さえられている作業用のツナギを着た男性が居たが気のせいだと思ってそのまま見なかったことにした。




「ゲーム仕様だと、騎体管制AIが居て当たり前って感じだったしなぁ。チュートリアルも担当したりさ。そういや戦闘の時にキャラの動きが全く操縦してるっぽくないのに細かい攻撃とか弾いてたりしたから、ファンの間じゃ近接防御兵装担当の人造人間が乗ってるだの、実は機導魔鎧は生き物で、反射的に防御してるだの言われてたなぁ。実際は描写がめんどくさかったから省略されてたってところだろうけど」




 身も蓋もない郷志の言葉であるが、その辺りはお約束って話しである。


 ともあれ性能試験であるが、別に戦闘しろというわけではない。


 マジス・コアを起動させて実際に魔力生成を行ってみたり、各部を稼働させるだけでもエネルギー効率等から大方の性能は把握できるのだ。


 と言っても、それでわかるのはあくまでも騎体本体のスペックのみであるが。




「それでさ、やっぱ、トンデモ武装関係は封印というか、わかんないようにしておくべきかね?」


『そうですね、と言ってももうすでに二種類のお披露目を済ませてしまっていますから今更という気もします』




 ですよねぇ、と天井を仰ぐ郷志。


 そもそも主人公の騎体には当初稼働する兵装は無く、肉弾戦のみで敵性体を倒していたのだ。


 原作においては、高速で飛び回る敵性体の奇襲によりロンゲスト・ゲートがまず被弾。


 地面に半ば埋まった状態で救難信号を発していた主人公の騎体を発見した皇国のM.F.A.二騎は、騎体内部に生存者が居るかどうかを確認するため、地上に降下しており、特にロンゲスト・ゲートは奏者が簡易接続に移行して機体から離れていた事もあって、防御も出来ずに直撃を被ってしまう。


 ランド・バックは奇襲により崩れた体勢を整え迎撃を行おうとするが、今回のように大出力兵器しか搭載していなかった為、地面に倒れ伏している同僚を巻き込む事になる大火力法撃が撃てず、じわりじわりと削られていき、遂には直撃弾を受けて大破してしまった。


 騎体から這い出たランド・バックの搭乗者は、足を引きずりながらも倒れた同僚の元へと歩み寄り、そして倒れこむ――と同時に発掘魔鎧の眼に光が灯る――。


 そんな鬱展開な中、高機動型の敵性体が倒した獲物を喰らうため近づいて来たところを、目覚めた主人公の騎体が魔力の飛沫を迸らせて、物理法則すら書き換えて極限にまで強化された騎体を只々全力で振り回してぶつけ、瞬殺したのだった。


 いわゆる攻撃魔法(物理)という奴である。


 が、その後、魔導炉のオーバーロードと騎体の魔力回路が焼き切れた事により、騎体の回復にかなりの時間が必要となったり、当然その費用もかなりの額に上るなどという面倒が山積みであった。




「ああはなりたくないしなぁ」




 作品中で主人公は、修理にかかる費用を提示され、途方に暮れていた。


 騎体さえ動かせれば、敵性体狩りを行って金は作れるのに、騎体を動かすことさえ出来ない、と言うかそもそも一般人であるその時の状況では坩堝内への侵入さえ正規の手段では無理であるのだが。


 そんな手詰まりの中で、騎体と共に皇国軍に誘われたのがストーリーの導入部分でそこで初めてオープニングテーマが流れ始めるわけだ。


 ちなみに同様の攻撃はグラン・パクスでも可能であるし、更に言うならその程度の攻撃を行った程度では魔導炉がオーバーロードしたり回路が焼き切れたりなどはしない。




「そういや竹内文子正四位って、途中で復帰してくる原作キャラだよ、すっかり人相変わってるというか、仮面の女性と化してたからなぁ、原作じゃ」




 元ネタを思い返していると、ふと少々喧しい文子の事を思い出した郷志。


 作品途中で原作主要メンバーのコーチ役として登場する鉄仮面をかぶった女性士官であるのだが、容姿は先の敵性体との交戦で酷い火傷を負った為仮面を被り、名前も「キャプテン・アヤ」などと呼ばれていたため、今の今まで忘れていたのであった。


 なにげにひどい。


 死なせてしまった同僚、近衛の事を気に病み、魔法治療を行えば顔の火傷痕も消せるのだがそれを拒否して仮面を被るという、郷志としては傷を残したのに見せたくないのはなんで?戒めのつもりじゃないん?と思ったりもしたキャラである。




『マスターはそんなだから女性にモテないんです。女心の機微というものをもう少し理解できるようになって下さい』


「うぇ? 俺口に出してた?」




 脳内で考えていただけのつもりが、突然大和に突っ込まれ、大いに焦る郷志。


 大和はわざわざ自分のアバターを映したモニターを剛志の目の前に浮かべ、あからさまに首を振って自身のご主人様にダメ出しを行った。




『はい、思いっきり。独り言、気をつけてください』


「……そーね、ごめん。なんかやばそげなこと言いかけたら止めてな」


『騎体内部の事でしたら私が何とかできますが、外ではできるだけご自身で気をつけてください』




 せいぜい出来てバイブレーションで気づかせるか、音声で窘めるかしか出来ないと告げ、大和は話を戻すように続けた。




『マスター、それで兵装に関してですが……いくつか持ってるだけで「頭おかしい」と言われる系のネタ装備などは』


「封印で」


『了解しました』




 即座に決まった封印処置に、大和は早速騎体の装備換装作業を実行した。


 これはゲーム専用デバイス本来の機能である、オリジナル騎体のセッティング画面から行われている。


 無論のこと、通常の騎体における装備換装はこのような簡便なシロモノではない。


 過去の大型兵器と比較すれば、魔法陣の刻まれている装甲や詠唱プログラムその他を取り替えれば済むだけ大幅に簡便にはなっているが、やはりそれは実地で作業を行う必要があるものなのだ。


 しかしながら郷志のグラン・パクスに於いてはその限りではない。






――――――――――――――――――――――――――――――――――


【騎体調整室】


《素体型式》機導魔鎧素体A140F5型


《騎体名称》GRAND・PAX


《魔導炉》ロ号鎧本式十二連装魔導炉


《定格出力》一五〇〇〇〇TMP


《攻性魔法陣》


 《主兵装》四五口径四六糎魔導砲(最大展開数 三連装三基)


《副兵装》六十口径十五糎五粍魔導砲(最大展開数 三連装四基)


 《その他》四〇口径一二糎七粍高角魔導砲(最大展開数 連装六基)


      二五粍三連装魔導機銃(最大展開数 八基)


      一三粍連装魔導機銃(最大展開数 二基)


      太刀(当麻国行 写し)


《封印処置》


 《特殊兵装》パクス・コレダー


 《特殊兵装》パクス・ビーム


 《特殊兵装》パクス・ミサイル


 《特殊兵装》超魔導竜巻


 《特殊兵装》超魔道スピン


 《特殊兵装》パクスライザー


 《特殊兵装》パクスガイザー


 《特殊兵装》パクスブレイザー


 etc.


※※※ 


――――――――――――――――――――――――――――――――――




「こんなもんかな、っと。まさか、お前のコンフィグ機能が使えるなんてなぁ……」


『しかもそれが実際に騎体に反映されるとは、さすがの私の目を持ってしても見抜けませんでした。まあ私タブレットなので目なんてありませんが』


「色々と混じってるな、おい。それはともかく、ちゃんと実行しといてくれよ」


『了解しております。すでに作業は完了、装甲形状の変更は流石に外見からバレる恐れが高いので行いませんでしたが……』


「それはしゃーない。でもま、装甲形状変更は、アニメの時でもプログラム次第で変更可能だったけど、さ」




 アニメにおいてもM.F.A.の装甲形状変更は奏者の任意によって行われていた。


 しかしながらそれは、待機中に時間をかけて徐々に形状を変化させていくものであって、ゲーム時のコンフィグ画面時のように、瞬時に切り替わるものではないのだ。




「正直、ちょっと装甲厚くしたりしたかったけどな、死にたくないし」


『しかしながらもし装甲形状の反映がゲーム時同様だった場合、マスターの命が危険にさらされる可能性が格段に跳ね上がるのが想像出来ますね。色んな意味で』


「おう、死にたくないための対処で死に近づくとか死ねる」




 結局彼らは、グラン・パクスが展開可能な兵装のウチ、威力はあるけど見せると恥ずかしいネタ兵器、それを使うとか人としてどうなの?的な兵器などの装甲内魔法陣を魔力サーキット回路から切り離し、その存在を隠匿する事とした。


 そうして人様に見せても恥ずかしくない、若しくは一度見せてしまった兵装を残し、回路を閉じていったのである。


 とは言え、それらの兵装があろうがなかろうが、それで戦闘能力が変わるといった事はない。


 そもそもそれらはゲーム内でのお遊び用で、最後の締めは必殺技でキメるという縛りプレイに用いられていたのである。


 威力はあるにはあるが、命中補正が大幅にマイナスだったり、発動までのタイムラグや、発動後のキメポーズのためにワザと硬直時間を長く設けていたりと、命がかかっている状況ではさすがの郷士も使いたくはなかったシロモノである。


 それに、むしろ常時回路に流れていた魔力を回す必要が無くなった分、誤差程度ではあるが魔力運用効率が上がった可能性もある。




「ふう、漏れはないか、な?」


『はい、問題になりそうなものはコレで隠蔽出来たかと。まあ、時すでに遅しという言葉もありますが』


「そーね」




 大和と相談しつつ残した兵装は、郷志視点においては一見実に平凡な装備となった。


 基本フレームである「素組み」に装備できる、いわゆるデフォルト状態での取付可能な数に合わせて残したのである。


 主兵装・副兵装としては、既に使用した二つを。


 空を飛んでいた敵性体を落とした、騎体の頭部、人で言うとこめかみ辺りから発射される対空攻撃魔砲『四〇口径一二糎七高角魔導砲』と、撤退前に行った攻撃である通常兵装での最大火力、『四五口径四六糎魔導砲』だ。


 命名は郷志だが、AIの名前の元ネタに合わせただけの適当さ加減だ。


 基本、M.F.A.に装備される兵装は、魔導砲攻撃用の主砲・副砲・対空兵装に、小型敵性体用の近接防衛魔導砲、そうして魔法(物理)を行う為の近接戦闘武装としての刀・槍・棍などの武具や盾で、それぞれ装甲板に三次元的に刻まれている魔法陣によって展開される。


 その魔法陣にM.F.A.のマジス・コアが生み出す大魔力を送り込むことにより兵装は顕現するわけだ。


 黎明期にはそれこそマジス・コアを全力で稼働させ、付けられる兵装を付けられるだけ付けて一騎で飽和攻撃を行う等という出鱈目な事を行っていた、と言う設定もあり、ゲーム内では同じような仕様でそれを再現するぜヒャッハー的な騎体も見受けられたりした。無論、グラン・パクスにも可能である。


 ひと通りの隠蔽を済ませ一息ついたところで、ふとある事が気になった郷志は、外への回線を開き、応答を待った。




『こちら管制、近衛だ。どうした?グラン・パクス』


「ちょっと聞きた……あれ? なんで近衛さんが?」




 この母艦に降りた時の若い男性管制官の声ではなく、美しいソプラノの声が響いて来たことに、郷志は少々驚いた。


 と言うのも、原作ではM.F.A.搭乗員が艦内の雑事を行うことは基本的に無かったからだ。




『ああ、艦長からの指示でな。できるだけ、君と君の騎体については、知る者を少なくしておいた方が良かろうと言う話になってな。とりあえず私が責任をもって取り扱うことになった』




 あれ?これって俺消されるフラグ?などと考えた郷志だったが、それは即座に否定された。




『あー、艦長の森上信従三位だ。近衛従三位よりも先任なので一応上位ということになっているが、まあ宜しくな。別にこれと言った思惑が有るわけではない。後々の手間を考えての事だ』


「……あ、えっと、初めまして、鴫野郷志です。と言いますと?」




 穏やかではない話になってきたりしないだろうな、と思う郷士であったが、それは一応の所いらぬ心配であったようだ。


 早い話がデータ取り自体はやってしまわなければいけないのだが、上の考えがどうなるかわからない。


 同行していた二騎の映像記録によるこれまでに見せられたグラン・パクスの能力から察するに、現在運用されているロンゲスト・ゲート級よりも、魔力運用の効率は確実に上で有ることは推測されている。


 これに関しては情報提供を求められるであろうことは確実で、当然それは軍事機密に値すると予測される。


 為に、それらに触れる資格の持ち主以外を予め排除してデータ取りを行う、と言うことだった。


 母艦が基地に帰還してからでは遅いのかと問う郷士に対して森上は、「基地に戻ってからだと、色々と煩雑になるからな」と、自分の権限で済ませることの出来る今のうちにやれる事をやっておいた方が良いだろうという話であった。




「気を使って頂いて……」


『何、こちらの都合だ。それに近衛殿のお気に入りだしな』




 恐縮する郷志に対し、軽く笑って済ませ、あくまでも近衛に対する融通を利かせただけだと伝えると、後で報告だけ寄越してくれと近衛に告げ、マイクの向こう側からいなくなったようであった。




『とまあそういう訳だ。鴫野殿、用意はよろしいか?』


「……はい、こちらはいつでもー」




 やけに軽やかな近衛櫻子の声に、郷志は半ば投げやりな気持ちで返事を返したのである。


 そして聞こうと思っていた事をすっかり忘れてしまっていたのであった。

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