第二話 『訪問』

 ――科学文明が発達した私たちの地球と、魔法の理が支配しているもう一つの地球。現実世界と魔法世界が、ある日一つとなり、新たな世界が構築された。

 二つの世界が重なったその原因は、魔法世界において最も強大な魔力を誇り、恐れられていた魔神王と呼ばれる存在の消失と、地球側での何らかの現象の相乗によるものが引き金ともいわれているが、今もって定かではない。

 世界を覆い尽くす混乱と戦乱の嵐の中、それは生まれた。

 魔導の探求に科学的アプローチを、またその逆を以って。

 そこに生まれたモノは、魔導と科学双方を、母とし、父として生まれ、荒れ狂う世界に徐々にではあるが平穏を齎していった。

 それは現代科学では超えることの出来なかった物理的な限界を魔導が、魔導のそれを科学が補った末に生まれた存在。

 魔導により強化された構造材を骨格に、肉に、血に。

 科学により生み出された演算能力により、血と肉を持つモノには本来不可能な域の術の構築と魔法陣の展開、そしてあり得ぬ速度の詠唱を可能にした。

 魔導の限界を、科学の限界を、お互いが隙間を埋め、お互いがお互いを高めそれぞれの限界を突破した結果生まれた、人の生み出したモノ。

 ソレは、魔導と科学の生み出した新たな神。

 人はソレを機械仕掛けの魔法の鎧、機導魔鎧――ミスティック・アーマー――と呼んだ。


 とまあ、そんな世界観のありがちなボーイミーツガールでビルドゥイングスロマーンなお話だったそのアニメ。

 そんな作品との出会いは、彼にとっては然程興味のなかったロボットアニメ関連にどっぷりとハマるきっかけを作った、人生の岐路における選択に著しい影響を及ぼした出来事と言って過言ではなかった。

 腹拵えに立ち寄ったファミレスで、少々腹立たしい、耳障りな言葉が聞こえてしまったが、だからといって本日の予定を変更するなどというつもりは毛頭ない。

 おそらくは親の死に目に会えなくなる事態が起こるレベルでもない限り、いや、下手をするとそれでさえも彼の予定を変更させる要因とは成り得ないかも知れなかった。


「初のメジャーバージョンアップ、しかも筐体も刷新、と聞いたら居ても立ってもいられないってね」


 発表から十年を数えるメジャータイトルである対戦格闘ロボットゲーム『機導魔鎧――ミスティック・アーマー――』通称『ミスマ』であったが、コレまで行われてきたのは1.00から1.01というような細かなバージョンアップ程度で、大規模な変更は無かった。

 ゲーム参加者の手によるオリジナル機体の使用が解禁された時でさえ、バージョンは2にならなかったのである。

 為に、今回はバージョン2への移行、しかも新型筐体まで設置されると聞き、期待せずには居られない記念の日であった。

 常連と化している『ミスマ』専門のゲームセンターに、彼の足は迷うこと無く進んでいた。

 この日のために数日ほど店舗を休業して改装まで行っていた為、その間は彼としては久方ぶりに『ミスマ』に触れられなかった期間が長かったのもあり、いつもより気分が高揚していた。

 自宅からでも一般の通信回線を用いて対戦を行えるが、通信データ量の問題でグラフィックが大幅に簡略化されていたり、市販されているご家庭用のコントローラーセットはいささかチープにすぎる事もあり、プレイを楽しむと言うよりも、ランキング維持に命をかける廃人――原作内ではM.F.A.パイロットのことを奏者と呼称していた――連中が、廃課金をするためだけの道具と化していた。

 とは言っても、中には高価で置き場所に困るようなシステムチェアを魔改造してリアルに『俺の部屋はコックピット』状態にまで至った強者つわものや、商用のはずの大型筐体を個人で購入して、専用回線を引き、御家庭で稼働させているという剛の者もいるが、居住空間の問題もあって一般的ではない。

 というよりも、そこまで行ってしまうと色々な意味で終わってしまいそうで気が引けるというのが実際のところであろう。

 何しろ彼ですら学生時代からこっち、社会人になってさえ、時間の許す限り電子世界での戦いに明け暮れたと言っていいほどである。

 つぎ込んだプレイ料金など、計算もしたくない。

 それこそ筐体の一台程度は買えたのではないだろうかという思いが脳裏の片隅をよぎったりもするが、考えてはいけない。

 とは言えそののめり込んだ分だけ、彼にとっては満足の行く結果を手に入れていた。

 対戦成績という形で、である。

 日がな一日ゲームをしている廃人連中と比較すると、対戦数とその勝利によって得られるポイント数ではかなり悲しくなるレベルで劣ってはいたが、勝率だけを見れば国内サーバーだけで一日辺り数十万の接続数を誇るとされるこのゲームにおいて、三桁代の順位に食い込んでいるのは十二分に実力者と胸を張れるだろう。

 なお、一戦一勝だから勝率百%などという妄言は通用しない。

 規定戦闘回数というものが存在しているためである。

 戦闘の際に得られる評価ランクや過去の積算ポイントによるクラス分け、それらの要素が積もり積もって初めて上位陣という枠に足を踏み込めるのである。

 事実、今日彼が訪れる店においては、彼自身の認識はともかく、一種の有名人的な視線で見られることもしばしばであった。

 青年はいつもの様に通勤途中で最大規模の駅で降車すると、その駅前にある雑居ビルへと足を向ける。

 結構な人通りの中を掻い潜り、目的のビルへと辿り着くや、すぐさまエレベータを用いて通いなれた階層へと足を踏み入れた。

 と、そこはすでに戦場の雰囲気が漂う異世界のようであった。

 ワンフロアを丸ごとゲームの筐体で埋めた、『ミスマ』専門のゲームセンターである「ミスティック・ワールド」だ。

 『ミスマ』を運営しているゲーム会社直営のこの店は、様々な『ミスマ』商品も取り扱い、当然のことながら優先的にプログラムの更新やグッズも配布されるのである。

 それもあって、この地域の『ミスマ』に関する事柄の主管店舗として位置づけられているのだ。


「おっ、来たねぇ。うちのトップ奏者『No Go』さん」

「毎度どーも、ってやめてくださいよその呼び方」


 フロアに足を踏み入れて少し歩いたところにあるカウンターの中に立つ、少々たるんだ体型の男。

 この店の責任者であり、経営母体の社員でも有る、要するに店長なのであるが、その彼が青年に気安く声をかけてきた。

 それに軽く挨拶を返し、軽口に眉をひそめて言い返し、青年はいつもの様に筐体に向かおうとして、足を止めた。


「あの、新型が入るんじゃなかったんですか?」


 そう言いながら店内を見つめる先では、彼と同じプレイヤーが、順番待ちをしながら現在プレイ中の映像を流している、筐体の上に設置されているディスプレイを眺めていた。

 自身の機体を、後方から若干俯瞰気味に位置取ったカメラ視点からの映像は、景気良く弾をばらまき相手を圧倒している光景が映し出されている。

 そんな、いつもと変わらぬように見える店内の様子に、彼は首を傾げながら店長に問いかけた。


「ああ、新型ね。入ってるよ。で、今までの奴も中身基板だけ取り替えて使ってるのよ。見た目は変わらんけど、別もんだよ?」


 シシシと嬉しそうに笑う店長。

 およそ青年の前に来た常連たちにも、同様の言葉を発したのだろう。

 なるほど、流石に全筐体新型とは行かなかったのか、景気良さそうに見えて経費削減かなと内心納得し、青年は居並ぶプレイヤー達の後に続こうとしたところで、店長に呼び止められた。


「で、君はあっち」


 そう言われ、指し示された先に視線を向けると、以前は事務所の扉があったはずの場所が、やけにシステマチックな、まるでアニメの舞台をそのまま切り取って持って来たような扉へと変貌していた。


「うーわ、チカラ入ってますね」

「雰囲気は大事でしょ。お陰で事務所、上の階になっちゃって面倒だけどね」


 驚きの視線を向ける青年に、店長は一枚のカードを差し出した。


「これ、君のIDカードね。あの向こうに入るのにも使うから。無くさないでよ?」

「うわ、本格的。マジモンのセキュリティカードみたい」

「いや、マジモンよ?」


 受け取ったカードをマジマジと見つめて零した言葉に、店長は苦笑しながら応えた。


「高ランクの人にだけ渡されてんのよ、それ」


 そう言われて再びカードに目を落とせば、そこにはキッチリと自身の奏者IDが刻まれており、尚且つ虹色に光を反射するホログラムで飾られていた。


「ほれ、今ならスグ使える筈だから、とっとと行ってきな。あ、そこでのプレイは動画配信される事もあっから、気合入れてな」

「げ、そいつはちょいとやだなぁ」


 あからさまに気乗りしないといった顔を見せた青年に、店長は「高ランク奏者の宿命だよ」と笑いながら彼の背中を押した。

 扉の横にあるカードリーダーにカードを差し込み滑らせると、差込口のすぐ上に配置されている小さな画面に「OPEN」と表示が浮かび、プシューという圧縮空気が抜ける音と共に扉が開いて、彼を招きいれた。無駄に凝っているな、というのが利用した当人の第一印象であった。

 意外と広く明るい内部には、しかしところ狭しと様々な機材が置かれ、まるでどこかの航空宇宙局のコントロールルームのようにも思えた。

 壁際の一段高い位置には、新型であろう、歪な楕円球のような筐体が設置されていた。

 その高さは二メートル半ばを超える天井にまで届きそうで、幅は三メートルではきかないだろう。

 そんな筐体の周囲には、幾つものコンソールが配置されているのだがしかし、そこには一人の女性が腰掛けているだけであった。

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