機導魔鎧エクスカベイター
でぶでぶ
第一話 『発進』
暗闇の中に浮かび上がったのは、様々なデータが表示されては流れて消えてゆく、半透明の空中投影画面。
そこに描かれ続けていた文字やグラフが、淡い緑色の明滅に包まれ消えるのと入れ替わりに『全管制異常無し』と表示される。と同時に、その投影画面の更に奥に配置されているモニター画面が外部の映像を写しだした。
青い空と白い雲のコントラストが眩しい群青の光景が、全周囲三百六十度余すところ無く映しだされている。だが、その畏怖さえ抱くような美しい光景の先には、ブツリと切り取られたかのように赤黒く変色した空間が広がっていた――。
『
それらが鎮座しているのは、空と言う広大な海を渡る巨大な航空艦の甲板上だ。水上を征く古来の船舶同様の細長い艦体は、そのまま水上航行も可能な能力を有している。
そしてそれは、全通甲板のその上に、文字通り突き出すようにせり出した無骨な、しかし繊細な意匠が凝られた骨組みで構成された籠の中に、包まれるように眠っている――いや、いた。
籠の中で今まさに眠りから覚めようとしているそれを取り囲むのは、様々な色彩で光り輝く、幾何学的な文様や不可思議な文字で構成された、力あるシンボル。
十重二十重に、まるで封じ込めるかのように展開するそれらが明滅を繰り返しながら姿を変えつつ回転し、重なり、別れ、人の目に止まらぬほどの早さでさらに複雑さを増し、そうして虚空から単なる科学では検出できない【魔力】を引き出してゆく、超常を現し世に現すためのしるし。
三次元積層魔法陣として、今やごく一般的に知られているそれは、もはや常人では展開不可能なほどの情報量で構成されており、そこから生まれ出るチカラも同様に、尋常とは言えない域に達していた。
そしてそれによって生み出されたチカラは、恐ろしいほどに高められ高純度に精製され濃縮し、更に圧縮されて今まさに注ぎ込まれようとしているのだ。
何に?
そう、今まさに眠りから目覚めようとしている、科学と魔法の結晶である、人の手により生み出された機械の魔神へと。
『マジス・コア、エンゲージ』
周囲を覆うように配置された画面を見つめる彼女の瞳の色はヘルメットのバイザーに映る照り返しで確認できないが、その発せられた声は透き通るようなソプラノであった。
唄うかのように響くその声とともに、幾つもの透き通った結晶体が彼女を囲むように現れ、その中心に向かってその先端を伸ばし始めたのだ。
まるでぬかるみに小枝を突き刺すように、結晶体は彼女の体へと突き刺さる。まるで成長するかのごとくその長さを増して。
その結晶体の成長が止まるや、痛みを感じているのかいないのか、身じろぎ一つせずに身体のあちこちに突き刺さる結晶体をそのままに、彼女は深く息を吐き出し再び口を開いた。
『ロンゲスト・ゲート級M.F.A.
その言葉とともに、注ぎ込まれたチカラに倍する何かが生まれた。
彼女の体中に融合するように突き刺さった結晶体が、ぼんやりと輝きを帯び、その内部に光のラインを生じさせる。それは細く、ひどく複雑な文様を格子状に形成しながら輝きを増し、いつしかその突き刺さったのとは逆の先端部分から膨大な魔力で編まれた情報となって噴出し始めたのだ。
『
続くように響く、鈴の音を思わせる声。
二柱目の機械の魔神が今まさに目覚めたのである。
鮮やかな光沢を見せる、巨大な宝石の一枚板で作られた装甲や、有機物と無機物が分子結合した、本来なら場あり得ない素材で築かれた骨格とそれを包み込む
歪に見え、それでいて美しく、禍々しい。
人の姿を模した、人の手に寄る機械が織りなす魔法の結晶。
『機導魔鎧』と呼ばれるそれは、誕生とともに世界を一変させた。
かつて世界を震撼させた、魔法世界の魔神人王の消失とともに訪れた『
魔法世界と現代地球、その二つが混ざり合うという、ありえないはずの、世界の混合。
魔神人王が失われ、その轡から解き放たれた悪しき存在と善なる存在のその全てが、重なり混乱する二つの、一つとなった世界を蹂躙した。
世界の半数がおびただしい数の魔の者達に食われ、侵され、犯され、焼かれ、潰され、すり潰されていった、そんな混乱の最中。
手を握った偉大な科学者達と、大魔導師達が生み出した存在。
それが、それこそが世界を救い、魔の物を押し込める原動力となり、今に続く礎を築いたのである。
そしてそれは、今も続く人の世界を守る為の、人が手にした人ならざる存在なのだ――。
目覚めた二体の巨神が、「ギロリ」とその無機質な、それでいて不思議な艶かしさを持つ瞳を動かし周囲を確認する。
「起動確認。『ロンゲスト・ゲート』『ランド・バック』、貴君らに幸多からんことを」
その通信を受けて、かたや白銀に、かたや黄金色にたなびく魔力輻射を吐き出しながら、二体の巨神が動きだす。
目指す先は『坩堝』と呼ばれる、魔の物を吐き出す次元の歪み。
それ自体が意思を持つように、時をおいてあらゆる場所に生まれ世界を害し、潰されてはまた生まれるそんな存在。
二つの世界が混ざった今も続く、混沌の証明ともいうべき存在である。
対抗する手段はただひとつ、より強い力で叩き潰すのみ。
そしてそれを行えるのは機導魔鎧、人の生み出した魔神だけなのである。
これは、世界を守り続ける、彼らの戦いの記録である――。
「てなかんじでな?案外面白いんだ、これが。久々の拾いもんだったね」
辛く厳しい仕事を終え、帰宅途上の寄り道の前に時間調整がてら食事を取るため、とあるファミリーレストランにてお一人様で四人用のボックス席を占領し、つつがなく腹を満たし終え、たいして旨くもないコーヒーを堪能しているスーツ姿の青年。
その彼の耳に、背後の席に座る、精々に人生を謳歌しまくっていると思しき若い連中の会話している内容が飛び込んできたのである。
それは、およそ十年ほど前に深夜枠で放送されていた、一風変わったロボットアニメである『機械仕掛けの魔法人形 ~マギス・マシニング・オートマータ~』という作品を見てみたら意外と面白かったという、ただそれだけの会話であったのだが。
中学時代にそれにハマり、未だにファンであり続けている彼にとっては、看過できない内容が含まれていたのである。
そのアニメは、年若い主人公たちが科学と魔法により生み出された人型魔導機械を操り、仲間たちと切磋琢磨し、時には仲違いをしつつも力を合わせて世界を守ると言う、ありがち且つありふれた話の展開の作品であった。
ではあったが、映像作品としての出来は良好、特に戦闘シーン等を中心にそこそこの評価を得、映像メディアの売上もアニメ作品と言う括りのジャンル別ランキングではあったが上位に顔を出す程度には好調で、ステレオタイプな性格設定の登場キャラクター達ではあったが造形と演出によるものか、それぞれにそれなりのファンが付き、原作なしの企画物としては文句の出ない程度には売れたと良作であったと言えよう。
とは言え年間数十作品は展開されるアニメ作品の中の一つ、いずれは新しく生まれてくる作品に埋もれ、「ああそう言うのもあったな」と言われるようになるかと思われた。
しかし、放送終了間もなく展開された同作品を元にしたアーケードゲームが人気を博したことにより、アニメ作品としての評価よりも、メディアミックスとして派生したゲームの方が知名度が上になり、結果――。
「まっさかあのゲームがアニメ化してたなんてなー」
――などという、無知蒙昧を額縁に入れて胸元に飾る如き馬鹿どもが棲息することになってしまっている現状に陥っているのである。ではあるが、彼はその思いを表情には微塵にも出さず、芽生えた若干の苛立ちは、傾けたカップから自身の喉へと流れこむ漆黒の液体の力で押さえ込む事に成功した。
そもそも元になったアニメよりもゲームの方が派手に世の中に知れ渡り、ひとり歩きしていると言っても過言ではないのだからしょうがない。であるけれども原典ぐらいは基礎知識として知っておけよ……などと、最初期からのファンであると自負する彼としては、脳内で諦観派と釈然としない派的な意見の対立があったりもしたのだが。
そう、彼としてはあくまでもゲームのほうが派生品なのだ、と声を大にして言いたいのである。いや、公衆の場で叫んだりするほど自制が出来ない訳ではないので実際に叫んだりはしない。
してやりたいけれども。
そして悔しい事にそのゲームというのが実に良く出来た代物で、作品中に登場した機体を操作して戦うゲームとは言え、よくある対戦格闘のようなレバーと複数のボタンの組み合わせによる決まった動作を入力するモノではなく、本当にコクピットに搭乗しているかのような高い再現度の大型筐体による、臨場感溢れる物であったのだ。
しかしながら操作自体は初心者にも優しい、コンピューター・アシスト・モード――C.A.M.――が設定されており、基本的な操作においては習熟訓練という苦労はする必要のない代物であった。
その為、手軽にロボットのパイロット気分が味わえるとして、その手のいわゆる『ロボット燃え』な、大きなお友達に熱烈に歓迎されたのである。
オンライン形式の対戦やアニメのストーリーを体感するが如きキャンペーンモード、細かなバージョンアップ毎に更新されるアニメに登場した機体以外の、オリジナルの機体を組み上げる為のパーツ類等、プレイヤーが個人で新規の機体を組んで戦えたりもする自由度の高さとその懐の深さは、初期の頃からドップリと浸かったヘビーなファンから、原典たる作品を知らずに参入してくる『にわか』であっても取り込んでしまい、いつしか搭乗型戦闘ロボゲー中興の祖とまで言われる程であった。
そんなわけで、青年が憤りを覚えるような輩が増えるのも仕方のない事なのだろう。
苦味が増した様に感じるコーヒーを飲み干した彼は、ため息を一つ吐きつつ伝票を手に一人、席を立ったのである。
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